9-14.本戦 三回戦第三試合 アルマジロ先生ブレイザー先輩VSロックンロオオオルこまたな
『三回戦第三試合!』
『勝ち上がりはこちら!』
『”大剣くまさん”!ギルドですぺなるてぃギルドリーダー!ブレイダーのアルマジロ先生!』
『”ロマン砲ガチ勢”!ギルドですぺなるてぃサブリーダー!ブラックマジシャンのブレイザー先輩!』
『さあ相手は先生を出し抜いてロマン砲を止められるのか!?』
『”純正ブラックマジシャン”!ギルド777サブリーダー!ロックンロオオオル!』
『”正統派パラディンタンク”!ギルド777の隠し玉!こまたな!』
『攻撃型タンクとブラックマジシャンペアのミラーだね!』
『ブラックマジシャンがやってくることぜんっぜん違うんだけど!?』
ぼっくんとけっとCのかしましい解説が響くフィールドに立つ。
隣に立つ先生は余裕の表情を崩さず、一回戦二回戦と大暴れした大剣を一度軽く振った。
「いけそうかい?」
「大丈夫、いつも通りです」
「寝坊しなくてよかったよ」
「…………」
実は少し危なかったことを言うべきか悩むと、先生は分かっているかのように軽く肩をすくめた。
「夜更かしもほどほどにね」
「善処します」
こまたなさんが大盾を構え、ロックンも杖を持っている。
盾は流星の大盾、ノックバック耐性のあるやつだ。流石に大手ギルドは半日もあれば対策してくるか。
ロックンの杖はハムレットの聖杖、MP回復量が上がるやつか。エンチャは何だろうか。
視界の隅にカウントダウンが映る。
その場に座り込み、体を小さく小さく丸める。
カウントダウン! 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 GO!
瞳を閉じる。
世界が暗く閉じた。
―――――――
―――――
―――
…
みんながそうしているから、近所の小学校に通った。
みんながそうしているから、近所の中学校に進学した。
「みんながそうしている」から外れると、何かひどく恐ろしいことが起こるような気がしていた。
みんながそうしているから笑って、みんながそうしているから嫌そうな顔をした。
みんながそうしているから流行りの歌を聞いて、みんながそうしているから流行りのゲームをやった。
だけどある時いじめの対象に選ばれた。
先日までいじめられていた子がとうとう学校に来なくなったので、その代わりだった。
大したいじめではない。
教室移動の連絡が来ない。プリントが必ず俺の直前で枚数切れになる。なにか発言するとしんと教室が静まって、くすくすと出どころの微妙な笑い声がする。ノートに変な落書きを勝手にされ、貸した教科書はいつまで経っても返ってこない。遊びに誘われることはなくなり、クラスメイトの大半が参加していたらしいカラオケ会というものの連絡もついぞ来なかった。クラスメッセージグループに全く動きがないので、おそらく俺を除いた別グループが作られているのだろう。
一つ一つは大したことはないし、ネットで見かける「いじめ」よりずいぶんマイルドで、これをもって「いじめ」と断言できるようなことは一つもない。
クラスのリーダー格はそういうラインで遊ぶのが好きなようだ。教科書については先生に相談したら流石に返ってきたので、現実問題としてはさほど困っていなかった。
体と心を小さく小さく縮こめて、毎日をやり過ごしていた。
その日も教室移動を俺だけ知らなくて、気づいた時には教室に一人残っていた。
次の授業は理科。理科室だろうか、それとも視聴覚室だろうか。以前資料室や図書室だった時もある。ちょっと選択肢が多いな、他のクラスが授業中のところをだらだら移動するのはちょっと嫌だな。そんなことを考えて、もう理科の授業はサボろうと決めて、図書室で借りた本を取り出した。
しばらく読んでいたら、教室のドアが開いた。
バッと顔を上げる。クラスメイトが戻ってきたにしては静かすぎて何かと思ったら、つい先日産休に入った社会の水越先生の代わりに非常勤で来た、若い男の先生がいた。
「サボりかい?」
「え、あ、えと……」
「ああいや、怒りに来たんじゃないんだ。授業をサボってまで読んでいる本は何かなと思って、それが気になっただけ」
「夢十夜、です」
「夏目漱石か。いいのを読んでいる」
「知らない漢字が結構あって、難しいです」
「近代文学だからね」
きちんと辞書を引くと良い、と先生は軽く肩を竦めた。
「田辺先生が理科室だと言っていたけど、気付かなかったやつかな?」
「……はい、知らなくて。理科って結構いくつも教室を使うので、どこか探すくらいならもうサボっちゃおうかなって」
「まあ、気持ちはわかる。でもそういう時はできれば職員室に聞きに来ると良いかな。知っている先生がいれば教えてくれるし、誰も知らなくても”聞きに来た”実績があればサボりにならない」
「気をつけます」
「次からでいいよ。今日はもう今更行っても入りにくいだろう」
先生は俺が一旦置いた夢十夜をぱらぱらと捲った。
「国語課題でよく扱われるのは、多分第六夜かな」
「まだそこまで行っていなくて」
「読んだらぜひ感想を聞かせてくれ」
「……すみません、先生の名前が」
「ああ、このクラスではまだ挨拶していなかったね。――――だ」
「覚えました」
「うん、水越先生が戻ってくるまでの期間だけど、よろしくね」
先生は時折こうして俺のところにやってきて、話をした。
最初の頃は読んでいる本の感想の話で、そのうちゲームの話をするようになった。
「今度、何人かで集まって本でも読まないかという話をしていてね」
「はあ」
「君も確か、クラブには入っていなかっただろう?月曜日の放課後、どうだい?」
「いいんですか?」
「もちろん、いいから誘ってるよ。月曜日のSHR後、第二図書室だ。暇だったらおいで。17時……半かな。それくらいまでやるつもりだ。好きなときに来て、好きに帰りなさい」
第二図書室は受験用の過去問や学校紹介資料なんかが置かれている部屋で、普段は閉まっている。
月曜日の放課後言われたとおりに顔を出すと、少しほこりっぽい空気の中、同学年の女子と男子、あと一年生のカラーを付けた女の子と、三年生の男の先輩がいた。
「いらっしゃい、適当にかけて」
「は、はい」
手近な椅子に腰掛ける。
みんなは思い思いに本を読んでいて、俺も鞄から本を出して広げた。
しんと静かな部屋に、紙をめくる音だけが聞こえる。
集まって本を読むって、本当に本を読むだけ?何か喋らなくて良い?本当に?
その日は本当にみんな一言も喋らず、17時過ぎ頃にぱらぱらと勝手に解散した。
そんな謎の集まりは毎週月曜日に必ず起こって、ほとんど全員が毎回必ずやってきた。時々人数が増えたり減ったりしながら、細々と続いた。
いつしかぽつぽつと本の感想を言うようになって、面白かった本の貸し借りをするようになって、その中の数人とは家に帰ってから一緒にオンラインゲームを遊ぶようになった。
クラスの方でも、変化があった。
――――――先生の社会科の授業が、荒れたのだ。
クラスのリーダー格の男子生徒が、授業中わざとふざけた態度をとり、大声の雑談をする。先生が板書をしていれば背後から物が飛ぶ。質問には誰も答えず、ひどいときには教室を出て廊下で騒いでいた。テストの答案も、数名はかなりふざけた物を書いたようだ。
先生の授業は、まあ、普通だ。特別おもしろい訳では無いが、特別つまらないわけでもない。
ただひたすら、気に食わなかったんだろう。
いじめられている子達を集めて、居場所を作っている、先生のことが。
二人ほど、図書室に来なくなった。
自分が先生と集まっているから、先生の本分に迷惑がかかっている。
俺も来るのをやめたほうが良いのか。先生が離席したタイミングで、時々話すようになった同学年の男の子と話した。
「僕は、ここに来たいな」
その子がぽつりとこぼした。
俺も、ここに来たかった。
結局ずるずると決断できないまま集まりは続き、先生も何も言わずに図書室を開け続けた。
そして学年末試験が迫った2月後半。
「みんなに言わないといけないことがあってね」
久々に、本当に久々に最初のメンバー全員が集まったその日。先生が言った。
「来年度からは、別の講師が来ることになったんだ」
先生は、寂しそうに言った。
「だからこの集まりは、3月末までになる。ごめんな」
みんなボロボロと泣いた。
俺たちのせいで、先生が学校からいなくなってしまう。
「先生」
俺が言った。
「連絡先、交換しましょう」
「生徒とは私的な連絡を取らない規則でね」
「3月末でおしまいなら、良いじゃないですか。4月までは連絡しません」
「…………ずる賢いやつだな、君は」
「私も、交換したい!」
「僕も!」
結局先生は折れて、4月までは絶対に連絡しないようにと念を押して、連絡先を交換した。
「先生、一緒にゲームやりましょう!」
4月1日、午前零時。先生をゲームに誘った。当時やっていたクリスタルシティオンラインだった。
「エイプリルフール?」
「今どきそんなの流行んないですよ。普通にやりましょ!」
中学校の卒業まで、先生のいない学校で、卒業式までの日付をひたすら数えながらやり過ごした。
その後高校には進まず、家の中で過ごした。
父は何も言わず、母はオンラインの高校のパンフレットをいくつか押し付けてきた。
「みんながそうしている」から外れた世界で、先生と、あのときの皆とゲームをした。
「”ものが欲しければお金を払え”というルールがあるだろう。このルールがなくなるとどうなるか、というのが、バーリータウンのクエストのお題なんだ」
「”物資を流通をさせるために必要な箇所はどこなのか”というのを、常に考え続けないといけない。このクエストのSランク評価の肝はそこにある」
「植物図鑑がよく作り込まれているんだ、読んだかな?今回の採取クエストの植物は実は似た植物がもう一種類あって」
先生はゲームの中にも常に学びを見つけて、みんなと話した。
先生の勧めでオンライン高校に通うようになっても、それは変わらなかった。
メインゲームがCCOからEFOに移っても、変わらなかった。
ギルドがなんとなくうまく行って、人が増えても、変わらなかった。
それが別のプレイヤーの目に止まって、先生はその人の勧めでオンラインフリースクールの講師になった。
…
―――
―――――
―――――――
スキルのチャージメーターだけが映る暗い視界の外から、剣戟が聞こえる。
先生は、どこまでも先生だった。
授業の評判もいいらしい。
評判がいいのなら、もしかするとコマ数が増えたりするのだろうか。
臨時講師ではない正規の先生になったりするのだろうか。
もしかするとこの大会が最後かもしれない。
もしかすると違うかもしれないけど、その保証はどこにもない。
だから、できるだけ長く、この大会に立っていて欲しい。
俺たちが、先生が、ここに居るって、知ってほしい。
その場から動かないことでチャージ速度が早くなる「不動の決意」と、視界を塞ぐことでチャージ速度が早くなる「不明の覚悟」の併用でチャージ時間が4分まで短縮されたスキルのチャージが、ようやく溜まる。
目を開ける。
さあ、時間だ。
体を支えていた杖を、振り上げた。
『勝者!アルマジロ先生&ブレイザー先輩ペア!』
『ぐっどげええええむ!』
『この戦法つええよなあああああ!ぐっどげえええむ!』




