8-2.少年は太陽を見上げる
小学校の3年時に父の仕事の都合で越してきた地域には、既に小学校は存在していなかった。
父は仕事の人で、海の外で生まれ育った母は土地勘に疎く、車で通える近隣の私立学校を探すよりも、完全オンラインの学校に子供を入れることを選んだ。
その時、間違いなくホッとしたことは、よく覚えている。
当時はまだダイヴVRはなく、オンライン授業といえば団体通話による画面共有配信のことで、つまり同年代がそばに来ることがないということだ。
同年代の子供達のよくも悪くも旺盛な好奇心に晒される生活は、今にして思えばかなりストレスだったのだろう。
白に近い金髪の髪をぐいと引っ張って、どうせオンラインなら顔も黒髪のアバターにさせてくれればいいのにと思っていた。
授業速度が遅く、勉強がどんどんつまらなくなることだけが目下問題だった。
選択したオンライン学校は、飛び級制を導入していなかった。
1年分のワークをやり終え、授業画面をBGMとして本を読むようになった5月後半。プライベートチャットに着信があった。
『ヒマ?』
クラスメイト――といっても顔くらいしか知らないんだけど――からのチャットだった。
『ヒマですね』
『一緒にゲームやらね?素材集め手伝って』
誘われたのはMMORPGだった。
画面では大柄な男が巨大な剣を振り回している。
相手が剣士なら、魔法のほうがいいのだろうかと、なんとなく魔法師になった。
チュートリアルを終わらせるとピロンとパーティ申請が届いて。
『オレがリーダーだ!よろしくロイ』
『よろしくリーダー。なにするのか全然知らないけど』
授業と2窓でゲームをやっていたが、リーダーは全然授業を聞いておらず、指されても気づかないことが多かった。毎回僕が「呼ばれてる、32ページ4行目から読む」と伝えていた。
授業中の暇つぶしに始めたゲームは、次第に生活の中心になった。
授業はまったくもってつまらないので母との会話はほぼ消えていたが、ここに来てゲームの話をするようになった。
母はクラスメイトと一緒にオンラインゲームをやっていることは喜んでいるようだった。同年代の友達に全然会う機会がない事を、母なりに心配していたようだ。
小さな世界には、僕と、リーダーと、少し心配性の母だけがいた。
『ゲーム配信ってのしてみたい』
『まあ、やるだけやってみるか』
小学校のない地域には当たり前に中学校もなくて、中学もオンライン学校に通った。
その頃からリーダーと二人でゲーム配信のようなものをやり始めた。
最初は録画したゲーム画面を切り取って動画投稿サイトに掲載して。
次第に少しずつ編集を入れたり、効果音を足したりするようになって。
二桁が当たり前だった再生数は、次第に三桁、時たま四桁と再生されるようになり。
時々やる生配信に固定のファンがついて。
そしてある時、投稿したグリッチ紹介動画が、バズった。
信じられないくらい再生数が伸び、過去動画のいくつかも急激に伸びた。
コンスタントな動画投稿がよかったのかチャンネル登録者数も跳ね上がり、急激に伸びた再生数は流石に急激な萎みを見せたが、それでも元の再生数より随分高い位置で安定した。
世界は少しだけ広がって、僕と、リーダーと、母と、それから視聴者と、たまーに連絡がくるネットニュースの人がいた。
『オレさ、ゲームで面白いことして生きていきたい』
『専業配信者になるってことか?』
『今はソレが一番現実的かなー。高校、そっち系の技術高にいこうと思ってるんだけど』
『そうか』
動画の編集技術などを主とする専門学校は数多く有り、リーダーはそのうちの一つに進学を決めた。
『僕は父の意向で普通科に進級する』
『そっかー。さすがに時間合わなくなるかねー』
『まあ、いつでも誘ってくれ』
『あいよ。めっちゃ誘うから覚悟しろ!』
リーダーは言葉通り、よくもまあそこまでという頻度で遊びに誘った。
その頃になると一人で遠出もするようになり、リーダーと実際に何度か会った。
毎回人混みに酔う僕を、彼はけらけらと笑いながら気遣った。
フルダイヴVRというものが開発されたと世間を賑わせ、リーダーが目を輝かせていた。
リーダーは専門校卒業後、言っていた通り専業配信者になった。
その頃には固定ファンも随分付いて、一応微小ながら収入にもなっていた。
僕は父の勧めで大学に進学した。学部は僕の希望で法学部を選択した。
学業の傍らゲームはやめなかった。
リーダーと一緒にゲームをして、可能な限り配信にも参加した。
フルダイヴVRが一般発売されると一緒になって調べまくり――発売当時のその金額に一緒になって頭を抱えた。
『ロイは、卒業したらどうするの?弁護士とか?』
人気配信者の末席に入り込むレベルになったリーダーが、あるとき尋ねた。
『――もし、君が嫌でなければ、という話なんだが』
『お?』
『一緒に配信者になりたい』
『…………は?』
これ以上規模が大きくなるなら、法律に詳しいスタッフがいたほうが便利だろ。
そう言ったときの豆鉄砲くらったような顔を、いつも思い出す。
リーダー自身に随分と止められたし、父にはさんざん怒鳴られたが、母は少しさみしそうな顔で背中を押してくれた。
世界にはいつも、リーダーがいた。
僕の小さな世界を広げてくれたのは彼だった。
僕の薄暗い世界にいつも輝く太陽だった。
強くあれ。賢くあれ。相談者であれ。聞き手であれ。話し手であれ。
太陽である彼の横に立つために、必要なことは何だってしてきた。
僕は、俺は、人気配信者サザンクロス「リーダー」のビジネスパートナーであり、
ゲーム内でも彼の隣に立つプレイヤーに、
【――――本当に?】




