人魚姫の決意 上
「ふっざけてんのか!?」
ログイン直後に聞こえてきたのは、グライドの怒声だった。
「だからふざけてなどいない。実際どうするかは彼女が決めるべきで、何にしても一旦話をするべきだ」
「それがふざけてるって言ってんだ!知る必要すらない!」
グライドが一方的になにかに怒っているのは珍しい。彼はあまり怒らないタイプの人だから。
「え、何事?」
「ごめんニンカ、あれなんとかしてきて」
「いや、え、あたしが?」
「あんたの話してんのよ、アレ」
ニャオ姉が困った顔で指差す。
えーと、はい、まあとりあえず行ってきます。
「グライドー?どした?」
「ニンカ」
「ニンカ、ちょっと離れてろ。今からPvPで決着つけっから」
「タンクソロPvPとかアホみたいなこと言ってないで。何があったの?」
「それが「知らなくて良い!!!」」
ロイドさんが何か言おうとしたことに、グライドが被せる。
あーはいはい、なるほどそういう感じね。
「グライド」
「あ?」
「ちょっとこっち向いて」
むぎゅっと頬を捕まえて。きちんと顔を見て。
「何か、守ろうとしてくれてるんだね?」
少し強めに言った言葉にグライドが一瞬たじろいで、それからああ、と頷いた。
やっぱり。みんなそうだ。
「あのね」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「あのね、守ろうとしてくれてありがとう。それは、とっても嬉しいよ。グライドが、あたしを守ってくれる。それだけですごい嬉しい」
だけど。
「だけど、あたし、何から守られてるか分からないのは嫌。何があって、何から守ろうとしてくれてるのか、ちゃんと知りたい。最終的にグライドが守ってくれるのは変わらなくても、ちゃんと何があったのかは知っていたい」
私は、置いてけぼりにされたくない。
「聞くことで傷つくかもしれない。怖いことかもしれない。悩んじゃうかもしれない。だけど、それってグライドだって同じだよね。あたしのことを思って傷ついてくれたグライドの、傷を知らないままでいたくない」
真っ直ぐ目を見つめて。
「分かった?」
おでこをこちんとぶつけて、鼻先を掠らせる。
「…………悪い」
「ううん、守ってくれるのは嬉しいの。でも、ちゃんと話してね」
「分かった」
グライドが優しく頭を撫でてくれた。うれしい。
「あー、話してもいいか?」
「すっっっっみません、どうぞ!!!」
ごわっとグライドを突き飛ばして飛び上がる。
後ろからニャオ姉の笑い声がする。ちょっと後でOHANASHIしておこう。
「謝罪?」
「ああ、ニンカ、最近BBSのエゴサはしてるか?」
「したらあたしは死にますが?」
ちょっとばかし有名になってしまったせいで、今もうエゴサーチとかできる状況では全くなくなってしまっている。
しないよ?絶対しない。したら死ぬ。
「ニンカのヘイトコメント、お前が放っておけって言うからこちらからは何も対処していなかったんだが」
「うん、それでいいっす」
「すごい勢いで削除されている」
「…………なんで?」
「凍結対策だな」
「…………………なんて?」
このゲームの公式BBSには、ヘイトコメントや粘着や晒し行為に対し大きく3段階の対応がある。
一段回目が警告。自主的な削除要請だ。
二段階目が強制削除。管理AIが削除する。自主削除に応じない場合や、匿名希望のようにめちゃめちゃ嫌がっている場合、コメントが別の晒し行為を助長している場合などに起こる。挙動が大雑把で、関係ない前後の書き込みや該当者の新規書き込みが即時削除されたりするらしく、「警告段階でちゃんと消せ」と周囲から怒られが発生するのが一番の罰だと言われている。
三段階目が短期凍結。アカウント自体が凍結するので、BBSはおろかゲーム自体ができなくなる。繰り返す粘着行為や特に悪質とされる行為などで起こる。最長30日間までは聞いたことがあるが、該当者はそのまま引退したというウワサだ。
そしてその先に、永久凍結がある。
EFOはこの段階対応が今のところ効いていて、BBS理由の永久凍結が出たみたいな話は聞いたことがない。
「EFOの管理がどうなっているかは不明だが、一般的なMMORPGのコミュニティ管理として、という話で」
「うん」
「一発永久凍結を食らう書き込みというのが存在する」
「そうなの?」
「ああ。身体的ハンディキャップを理由にした差別発言だ。大抵の場所で一発アウトだな」
「…………あー」
「ところでニンカ。自分が時の人になったという自覚は?」
「自覚しないようにしてる」
「あるようで何より。ニンカが傀儡師になったことが既に知れ渡っている。あれは現状車椅子ユーザーしか使っていないから、ニンカが車椅子だと言うことも知れ渡った」
「それで、今まであたしに飛べ避けろクソボケって書き込んでたやつを慌てて削除してんの?」
「そういうことだな」
「クソダサ」
「それについては同意する。で、ここからが本題なんだが」
「まだあんの」
「”ニンカに謝罪したい”という趣旨のメッセージが、今現在進行形ですごい量ゲーム内外で届きまくっていてな……」
「はぁ~?」
「生活に支障が出るレベルで届きまくっていてな……」
「え……まじ?」
「大真面目だ。それでまあ、対応を決めたいという話だ」
――――なにそれクッッッソダサ
※ニャオニャオがめちゃめちゃスクショ撮っててこのあと身内で超ネタにされる




