【受賞記念】26-7.5.晩酌
アンケート2位、トラハム
「それでそれで、何から聞きたいですか?」
「いらねえつってんだろ」
うきうきと心を弾ませてお酒を傾ける。
そんなものいくらでも語れますのでね、それこそ朝までだって語りますよ。
龍哉の、グラスを持つ大きな手にそっと触れる。
「大きくてきれいな手が好きですよ。照れると髪をぐしゃぐしゃに撫でてくれるこの手が大好きです。美味しいものを食べると瞳が少し細くなるところが好きです。あなたは好きではないみたいですけれど、メガネをかけている姿も好きなんですよ。そうですね、背が高いところもとても好きで。私は女の中ではずっと背がかなり高い扱いだったので、あなたの隣に並ぶと自分が少女になれたように思うんです。電車に乗るときに時々頭をぶつけているところも可愛らしいと思っています。本当に稀にですけど、とても痛そうなぶつかり方をしているのに、気付かれないように声に出さないようにしているところもいじらしいですよね。絶対に荷物を持ってくれるところも好きなんですが、私としては荷物を全部持ってもらうよりも、片手を空けていただけるほうが嬉しいんですけどね、でもそういう不器用なところも好きです。会った時は料理なんて全然できなかったのに、いつの間にか私より上手になっていたところも、やっぱり努力家だなあって思います。私が美味しいと言った料理を律儀に覚えてくれているところも好きです。コーヒーが飲めないところが好きです。ホットミルクに山程はちみつを入れるところも愛おしいです」
最初のうちに黙らされるかと思ったのだけれど、龍哉は意外なほど辛抱強く聞いてくれている。
「私はね、きっと、あなたと出会わなくてもそれなりにやっていけたと思うんですよ」
「……だろうな」
「高校を卒業して、専門学校に行って、デザインの仕事をして、時々ゲームをして、そういう普通を、それはそれで満喫したと思っています」
こてんと肩にもたれかかる。
「あなたに出会ってから、大変なことばっかりでしたよ。家に帰らないあなたをこっそりうちに泊めてお母さんから特大の雷を落とされたり」
「俺は出てくつったろうがよ」
「出ていく先が自宅なら喜んで送り出しましたけどね。別の女のところに行くのなら、無理をしてでもうちにいてほしかった」
「野宿だと補導される歳だったんだからしかたねえだろ」
「ええ、あなたの言い分は理解しています。だけどあれ未だに怒られるんですよ。なので怒られる時は一緒に怒られてください」
「チッ」
軽い舌打ちが聞こえて、それから髪をぐしゃりと撫で回された。こうやって撫でられるのが本当に好きなんです。
「一人暮らしを始めるときに、あなたの保護者にうちに泊まる同意書を書かせに行ったり」
「聞いた時はぜってえいらねえって思ったんだけどな」
「いちばん大事な書類でしたよ。成人に合わせてあなたが生活費を入れなくなったら、自称保護者さんが怒鳴り込んできましたからね」
「親父から養育費も受け取ってたはずなんだけどな。何に使ってたんだか」
龍哉がウィスキーの少なくなったグラスを回して、カランと中の氷が音を鳴らす。
この「親父」というのが大学に上がる頃に呼び方を変えたのだと知っているのは、おそらく世界に私だけだ。
「派手に暮らさなくとも、お金というものは生きているだけで消えていきますから」
誠に困ったことに、本当に何もしていなくても通帳からはお金って消えてしまうんですよね。
「代理人になるのに仕事をやめたり」
「……悪かった」
「いいんですよ、あれはあれで得難い経験でした。私今なら映画業界に就職できる気がします」
「すんのか?」
「しませんよあんな激務の職場」
新卒の頃なら飛びついたと思いますけどね。今は大規模制作そのものにそこまで情熱を持っていない。
「私があなたの代理で忙しくしている間に、気付いたらギルドが存続の危機で?」
「…………」
「止めるのも聞かずに突っ走って?」
「…………いや、その」
「お酒の量が倍以上になってて?」
「……………」
「ギルドを閉じる話すら、決まってから教えられて?」
「……悪かった」
意地悪を言い過ぎましたかね。でもバツの悪そうに目を逸らす姿もそれはそれで愛おしいのです。
「ふふ、すみません。怒ってないですよ。実際リーダーとは何を話したんですか?」
「…………」
「それくらいは、もう聞いてもいいでしょう?」
「…………"帰ってこい"ってさ」
「……ふふ。彼らしいですね」
くすくすと笑うと、彼はとてもとても嫌そうな顔でウィスキーを注いだ。
「大変なことばかりでしたけど……私はきっと、何回人生をやり直しても、やっぱりあの日あなたを家に泊めようとするだろうし、仕事をやめてでも代理人になろうとするんだろうなって思っています」
ぽすりと大きな肩に頭をあずける。
「人生をやり直せるとしても、今この時間につながっている選択はすべて同じように取るでしょう。幸せって、きっとそういうことなんですよ」
ちらりと見上げると、薄い茶色の瞳がこちらを見下ろしている。
「今まであったどんな苦労も、辛かったことも、大変だった時間も、今ここに繋がっているのならそう悪くない。それくらい、幸せです」
そう言って、ゆっくりとお酒を傾けた。
私はぽつりぽつりと昔の話を零しながら、彼も時々相槌を打って、その日の夜は静かに静かに、だけど隣が温かいままに、更けていった。
ホントは四つ全部書きたいんですけど、まーじで時間がなくてですね……一旦二つでご勘弁ください。
29章も執筆中ですので、今しばらくお待ち下さい。




