28-12.スクリュードライバー
EFOをログアウトして、メッセージに夕飯を食べたかと送る。
『軽く食べたよー』と少し気の抜けたメッセージが返ってきて、それならきちんとした夜食は不要だろうと菓子やつまみの袋をローテーブルに並べた。
しばらく待っていれば部屋のドアが開く音がして、親友が上がってきた。
「よっ」
「ああ……おかえり」
「ただいま。まー、あれな」
理人はふふんと得意げに笑った。
「あの程度で俺を止められると思ったら大間違いだからな」
本当に、このためだけにあの動画を突貫で作ったのだろう。彼にとってはその作業そのものも息抜きになったのだろうことも含め、そこはまあ、いいと思っている。
Vログ自体はコンテンツとしても人気だし、ドッキリのその後の話としてリスナーも見たいだろう。先ほど指摘した細かい調整は畑下に投げても大丈夫のはずだ。
呼んだ理由は、そんなことではない。
「理人」
「おう」
「――――すまなかった」
頭を下げると、理人がぽかんという顔をした。
「その……臨時の方は日程を把握していなかった。知っていたら旅程を3泊ではなく2泊にしたんだが……」
西生寺本社の臨時株主総会があるということ自体は、正月に話題になったので聞いていた。
だけど共有カレンダーに記載がなかったので、まだ詳細日程が決まっていないのだと勘違いしていた。株主への正式な通達は2週間前には来るので、理人が共有したら仕事を調整しようと思っていた矢先に、株主総会が終わったという連絡が明成さんから入った。
旅程に奥様が口を出さなかったことまで含めて欠席自体が予定通りだったのだろうけれど、彼の性格上自宅に居さえすれば出席した可能性も非常に高く、今回ばかりは本当にタイミングが悪かった。
「ああ。別に、もともと出る気なかったよ?カレンダーにも予定入れてなかっただろ?」
「君は、西生寺の株主総会は一度も欠席したことはなかっただろう」
「うん。でも今回は俺出ちゃ駄目だろ。ってか情報早いな。どっかニュースでも載った?」
「いや、ニュースは分からないが、明成さんから挨拶のメールが来た」
「ああ会社宛てか。あいつもマメね」
「そのマメさも、あの若さであそこに立てた理由の一つだろう」
若い役員が必要なタイミングだったのかもしれないが、それでも僕達の一つ下でその立場に立つのは並大抵のことではない。
「それはそうねえ。あいつはちゃんと上目指してるしね」
理人は苦笑しながら冷凍庫を開けて、中に入れっぱなしのウォッカを取り出した。オレンジジュースを開けて、両方をグラスに注いでいく。
「――――俺は、もう西生寺グループの株主総会には出ないよ。もともと役職持ってないからオンライン投票だけしとけば出る必要ないし。あとはあいつに譲りますよー俺はもう会社に関わらないですよ~っていうポーズもいるだろうし」
僕の方のグラスにはジュースだけを入れて差し出してきた。
「関東引っ越すし、ちょうどいいってのもあるしね。今みたいに仕事の隙間に出席するのはちょっと難しくなるし。十年くらい不在にしとけばうるさいやつらの諦めもつくだろ」
即席で作ったカクテルを傾けて、理人が苦笑する。
「俺さ~」
「……ああ」
「気づいたんだけど。ずっと、ああいうのって出席しないといけないって思ってたんだよね」
グラスの側面の結露を弄びながら言葉を紡ぐ。
「西生寺の長男で、いろんなことに使ってる種銭は、まあデカくしたのは俺だって思ってるけど、元は父さんやお祖父様からもらったちょっと桁の違う小遣いで。なんだかんだ会社だってこの名前だからうまく行ったところも大きいしさ」
「そうだな」
会社を立ち上げた最初期に地銀から少々桁のおかしい借り入れができたのも、「西生寺の子息が始める事業」だからだ。会社が何もかもうまく行かなくても、最終的にはあの実家が払ってくれる。それが期待されているから支店長が直々に特例対応をしてくれていた。
「西生寺に生まれたんだから、必要であれば当主の名代を務めるべき。西生寺を名乗るんだから、事業の決定の場には出ているべき」
理人はそう言って、ぐびりと酒を飲み下して。
「ずーっとそう思ってたんだよな。でも別に、義務じゃねえんだなって」
「それは、そうだろう」
「ずっとそうやって生きてたから、なんとなくやめ方が分かんなかったんだよ。でも今回明成が正式に役員になるっていうお知らせが来てさあ。なんかこう……なんだろ?」
「目が覚めた?」
「ああ、近いかも。あ、そっか俺そこに座らなくていいんだーって」
指をくるくると回して少し遠くを見ている。
でもその視線にはあまり気負いはないような気がする。
「そっか~居なくていいんだな~、って思ったら、ちょっと吹っ切れた」
「そうか……」
「まーあれね、父さんには伝わってなかったみたいで、帰ってきたら鬼電入ってた」
「スマホを持っていかなかったのか」
「家族スマホあんまり持ち運ぶ習慣がねえんだよ……スマホ二台持ってるとちょっと邪魔」
「デュアルSIMにしてもいいんだぞ?」
「やだよサザンクロスのスマホに家からの着ログ残るの……」
嫌そうに顔をしかめる。コレは本当に嫌なんだな。
というか……奥様はサザンクロスの電話番号も知っているはずだが、あの方にはこちらのスマホの番号を教えていないのか?
「父さんもいい加減諦めてくれよなー。家出る話はしたんだから今更だろほんっとさあ」
理人はそう言いながら二杯目の酒を入れ始めた。
「ロイは?ここ4日くらい何してたん?」
「いつも通りだ。問い合わせ対応と、配信は短めの雑談中心。大会の話が多かったな」
「なーる」
「まあ……この時期は他のライバーの動きが鈍いので、それほど忙しくはない」
「ん?んー?ああ、はいはい、確定申告か。ロイは大丈夫そ?」
「既にまとめて税理士に投げた。と言っても、僕は個人で受けている収入はさほど多くない」
「まあそうね。来年度からは個人の部分増えるから、気をつけてくれな」
「分かっている」
そろそろギルメンから泣きの問い合わせが来る頃なので、そちらが来はじめるとまた忙しい。セリスが今回初めての申告なので少し気を使った方がいいだろうか。
「ところで」
「おう?」
「作業通話は誰としたんだ?」
ギルドで見た動画には個人名が出ていなかった。
おるさんやねころさんなら名前を出しただろうし、相手によってはあの部分はカットして話題にもしない方がいい可能性がある。
「あ、あー……」
理人は気まずげに一瞬瞳を彷徨わせて、言った。
「……セリス」
「…………なるほど」
休暇はきちんと休暇として機能したようで、なによりだ。
「あのさ」
「ああ」
「セリス、深夜に配信させんのは、やめた方がいいかもしんない」
「何かあったのか?」
「こう、眠かったらしくて最後の方会話グダグダでさ。セリスも何話してたか覚えてないみたいで」
「まぁ、それはそれで面白がるリスナーも居るだろうが」
「いや、うん……。その、多分話題リストみたいのを検索で引っ掛けて喋ってたっぽいんだけど」
「ああ」
彼女ならやりそうだ。あまり対話の引き出しが豊富なタイプではないし。
「最後に、その……好みのタイプ聞かれた……」
「なんて答えたんだ?」
「……」
「…………」
「……アクションVRが一緒にできる、髪の綺麗な人」
理人はそういって、赤い頬を冷やすようにローテーブルに突っ伏した。
28章ここまでになります!
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そして昨年同様10月から瑞穂の仕事が繁忙期でして……次回の更新はまたしばらくお待たせしてしまう見込みです。
書きたい閑話がいくつかあるので、不定期に更新する見込みです。
更新予定は随時Xに投稿しますので、気になる方はご確認ください。 @mizuho_takatori




