28-10.西生寺の朝
夫が朝からずっとスマホを片手に電話をかけ続けている。
本当に、こんな日に何をしているのか。今日はこの後ずっと忙しいと言うのに。
「なにをしていらっしゃるの?」
「理人と連絡がつかない」
夫――智人さんはイライラとしてそう言った。
「企画で旅行に行っていると、伝えたはずですけれど」
「今日には帰って来ると言っていただろう!」
「ええ。今日の昼の便で帰ってくるそうですから、夕方には戻るのではないですか?」
智人さんはぎしりと音が鳴るほどスマートフォンを握りしめた。
先ほど二階に上がった時に着信音が聞こえたので、そもそも家族用のスマートフォンを持っていかなかったのでしょう。
「あなた」
「なんだ」
ロイ君からこの日程を提案された時に、あえて訂正をしなかった。
おそらくロイ君は本当に知らなかったんでしょうね。彼は西生寺グループの株を持っていないから。
そして理人自身も、旅行の早めの切り上げを選択しなかった。一日早く帰るだけなら、そして事情を伝えたなら、ロイ君も流石に頷いたはずだ。そうしないと決めたのは他の誰でもない、理人本人だ。
これでいい、と言い聞かせる。
理人はずっと、こういう日を疎かにしてこなかった。義務だと思っていたのか、あるいは惰性だったのかもしれないけれど、記憶の限り中学の頃から一度も欠席していない。
――――だから、この人が諦めきれないのでしょうね。
「理人には本来出席の義務はないのよ、わたくし達と違って」
「そんなことは!」
そんなことは、何だと言うのかしら。「わかっている」かしら。それとも「ない」かしら。
だけどそれが全てでしょう。
座る席だって、こちら側に一番近い席を用意しているけれど、明確に線引きされた場所だ。
今日という日に、そこが初めて空席になる。
「今日はあれの将来に関わるんだぞ!」
「もう理人に期待するのはおやめなさい」
「知ったような口をきくな」
あなたよりは、よほど知っているつもりですけれど。
理人にはこの家は合わなかった、それだけなのよ。
そもそも理人とあなたが反対したところで、その程度の票数では覆らないわ。理人は反対もしないでしょうしね。
あなたの子はこの家を選ばなかった。義弟の子はこの家を選んだ。それが全てなのよ。
それこそ必要なら彼と養子縁組してこちらの家に入れたっていい。彼なら、必要であればそれを受け入れるでしょう。
きちんと縁者が後に続きたいと言っているのに、これ以上の何が必要と言うのかしら。本当に、そこだけは理解できない。
「あなたが遅刻したら話が進みませんよ。先程も申し上げましたけど、わたくしたちは出席の義務があるのですからね」
用意していた鞄を持ち上げれば、智人さんは忌々しそうに、しばらく立ちすくんでいた。
2063年1月19日
西生寺グループホールディングス 臨時株主総会
療養に伴う取締役の解任
・涌井 充
‥‥‥‥‥‥可決
新規取締役の任命
・西生寺 明成
‥‥‥‥‥‥可決




