閑話 それぞれの新年
「「「あけまして、おめでとうございます」」」
パパの実家に来て――本来ならこういう時"田舎"と言うのだろうけれど、ここ、都内なのでまったく田舎ではないんだよね――新年の挨拶を口にすれば、おばあちゃんは嬉しそうに口角を上げた。
「まあまあいらっしゃい、さあ上がって上がって。やーちゃん!紬ちゃん来たよ~!」
やーちゃん、従兄の八尋君はもう着いているらしい。
「おー、紬でっかく、はなってねーか」
「なってるわけないじゃん、夏休みにも会ったでしょ」
「いやもうなんていうか、周りおっさんばっかだからなんかこう言いたくなる」
「なにそれ。どう?会社」
「程々?部署配属はされたけど、うちはVRワークだし今んとこ残業もあんまない。難しいことまださせてもらえねーしな」
「あー、そういう感じなんだ」
「うちの部署はって感じな。忙しい部署は連日残業らしくてさー。あそこは行きたくねえわ」
こっちの家の従兄は二人。
5つ年上の八尋君は去年大学を卒業して今は社会人1年目。
7つ年上の悠真君は、今年は勤めているデパートの年始スタッフに選ばれて来れないと聞いている。
みんな忙しそうだ。
「紬は4月から大学生?」
「うん、そのまま持ち上がり」
「勉強つまんねーつまんねー言ってたのに、やったら一番できんだもんなー」
「小学校の勉強はつまんなかったんだもん」
「出来すぎてつまんねーとかぜーたくな悩み〜。ってか受験ないのマジで羨ましい」
「八尋君は赤点とって夏休みなくなってたもんねえ」
「ほんっと。一点足りないだけだったのによお」
「いや平均点の半分に一点足りないのは、全然"だけ"じゃないよ」
「はいはい二人とも、お皿とお箸配って」
「「はーい」」
そうこう言っている間に目の前には各家が持ち込んだ料理が所狭しと並べられ、おばあちゃんが作ったおせちのお重が開けられて、正月らしい準備が整った。
「それじゃあ改めまして」
全員が座って、おじいちゃんがビールの入ったグラスを持つ。私もジュースの入ったグラスを手にした。
「明けましておめでとうございます、乾杯!」
「「「「「おめでとうございます」」」」」
グラスの合わさる硬質な音が、楽しげに響いた。
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「おはよー、お母さんあけおめー」
「あけましておめでとう、紫亜。まったく、新年の挨拶くらいちゃんと言いなさいな」
「寝る前は言ったじゃん」
お母さんはまったくもう、と言いながら、デパートで注文していたお節を並べ始めた。
母方の祖父母は早くに亡くなっていて、もうあちらの親戚との付き合いは絶えて久しい。
父方の祖父母の家は青森なので、この時期に行き来するのがとても難しい。――――小学生の時に実際に雪で閉じ込められて帰れなくなって、一週間くらい学校を休んだことがあって、それ以来正月に集まるのはやめている。
そんなこんなで正月はもう何年も家族水入らず。勝手知ったる我が家の冷蔵庫を開けて。
「りーあー?」
「んー?なにー?おねーちゃん」
「りんごジュースおいしかった?」
「オレンジジュースだったよ?」
「さようか。まぬけは見つかったようだな」
「やばっ」
しゅっと逃げた妹を追いかける。
いつも通りの、慌ただしい新年が始まった。
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「あけましておめでとうございます」
「来たなトラ〜!今年こそ負けねえぞ!」
新年はいつも実家に帰っている。
挨拶もそこそこに、長兄のところの長男が龍哉につっかかった。
「こーら、挨拶からでしょ!」
「んー!今男の会話してんだよ!」
「男の会話はちゃんとご挨拶してから!」
「べー!あけおめ!」
「おう、あけおめ」
「まったく……すみません毎年毎年」
義姉は疲れ切った顔で言う。まあ、なんだかんだ龍哉も楽しんでいるようなので、あまり気にしないでもらいたい。
「あー、いえ、別に。これ、開けてください」
「ありがとうございます、あの、向こうの部屋にいつものが出ています……」
「っし、行くかヤン坊」
「今年こそかーつ!」
向こうの部屋、こと旧私の部屋には、家を出る際に置いていった型落ちの古いディスプレイが置かれている。
セットされているのはコロシアムファイトⅪ。ゲーム機と専用コントローラーは毎年兄が「今年も運ぶの?」と言いながら持ち込んでいる。さすがに持ち運びが大変だろうしこの家用に買っておこうかと提案したら、値段を調べてしまったらしい義姉に強く固辞された。
うんうん、去年よりはぐっと強くなっている。でも、龍哉にはそれでは勝てません。
「がーーーー!トラぜってえなんかチート使ってんだろ!?」
「てめえが弱いのをチートと言い出すたあいい度胸だな?お年玉が惜しくないのか?」
「ごめんなさーい!」
甥の笑い声と悲鳴をBGMにリビングに入れば、長兄はもうビールを片手にだいぶできあがっていた。
「あけましておめでとう。すまんなー毎年」
「おめでとうございます。いいですよ、彼も楽しんでますし」
「年末になるとトラに勝つんだー!って特訓しだすんだけど、こりゃ今年もだめっぽいね」
「年末の付け焼き刃で勝てるような人じゃありませんから」
「ほんとにうちにもあのゲーム買おうか?毎回持ってくるのも大変でしょう」
キッチンから追加の料理を持ってきた母が言う。
「絶対に駄目です。あのレベルのものをホイホイ買ってもらえると思われたら困ります」
料理を受け取って義姉が言う。うーん、確かにそれも一理あるんですよね。
そう思いつつ、受け取ったお皿に料理を少しずつ乗せていく。
「今年は陽向兄さんは?」
「陽向は今年は愛媛の方ね。成人式の三連休で遊びに来るって」
「そうですか。じゃあ母さん、これとも君とさっちゃんに渡しておいてください」
「はいはい、渡しとくね」
小兄は今年は義姉側の実家らしい。向こうの甥と姪へのお年玉を母に預けると、勝利音声が流れてきた。
「がーーー!」
「勝負ありましたね」
「今年もだめだったな」
見えていないけれど音でわかる。
甥がばたばたとリビングに駆け込んできて、むんずと肉を掴んで頬張った。
「箸を使いなさい、箸を」
「ふんふほははふおふいふんはほん」
「食べながら喋らない。もー、ぜんっぜん落ち着かないんだから」
やっ君はあまり落ち着きがなくて、義姉さんも大変そうだ。
そう思いつつ、隣の椅子を引いた。
「お疲れ様です」
「おう」
後ろからやってきた彼に席を勧めて、彼はいつも通り私の隣に腰掛けた。
「どうでした?」
「まあ、小学生ならあんなもんだろ」
「おや、随分評価が上がりましたね」
くすくすと笑いながら取り分けておいた食事を置けば、彼は小さく礼を言って受け取った。
「おばちゃんお年玉はー!?」
「そのおばちゃんをお姉さんに言い直したら、出てくるかもしれませんね?」
「むつきおねえさまお年玉はありますでしょうか!」
「はい、ありますよ。無駄遣いしないようにね」
「ありがとおおおおおおおぅ!ひゃっほおおおおおおおい!」
「ママが預かっとこうか?」
「やだー!!!」
やっ君の絶叫に、大人の笑い声が重なった。
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「わたし、ろいのおよめさんになる!」
小さな淑女の大きな声が、裏庭から宴会場に響く。
隣にいた義兄さんはその声にがばっと振り返って、わなわなと震えだした。




