閑話 ふたりで歩く
グライド視点
『第五回公式大会、予選Day4、最終結果の発表です!』
『前衛の部、優勝……あ、ENの方ですね。改めまして――Frontline Section. Winner, Mr.A_Garde, a member of "OperationGreat". Congratulations on your winning.』
選手用控室で聞こえたのはロイドの流暢な英語だった。
リーダーが続けて何か言っている。多分、大会で会えるのを楽しみにしています、みたいな感じだな。
ふーと息を吐いて、外部ブラウザから大会ページに飛んだ。登録プレイヤー用の問い合わせに1月予選を辞退する旨を入力して送信。
最高順位八位。俺の第五回大会は、これで終了した。
・・・
・・
「予選、残念、だったね」
入り直したVRプライベートルームで、目の前に立つ六花が言った。
「んー、まあ、そーな。予選通らないだろうなーってことは分かってたし」
長い一本通路にしたルーム内で、六花の手を取ったままゆっくりと後ろ向きに歩く。
六花はおっかなびっくりといった様子でふるふると足を前に出す。まだ絶対に手は離せないけれど、この状態で喋れるようになったのは偉大な進歩だ。少し前までは話しかけないで!と怒られていた。
「六花もありがとな。ギルドで騒ぎたかっただろ」
「んー、まあ、そう、だけ、ど。でも、絶対言っちゃうっわ!」
「よっと。はい三回、休憩な」
バランスを崩した六花をひょいと抱き上げて、視線操作でルームを変更する。一瞬で普通の四角い部屋に転移していつものソファに座らせる。
三回転んだら歩く練習は一旦終了。ここ最近のルールだ。
「はー。今回は結構もったんじゃない?!」
「いけてたいけてた。そろそろ俺がいないときでもアルコー使ってもいいかもな」
「孝宏がいないとき……うん、やってみる」
そう言ってぐっと手を握る六花の頭を撫でた。
「無理すんなよ」
「無理じゃないよ!孝宏と同じゲームしたい!」
気持ちは嬉しいけど、ちょっと力入り過ぎだな。
「――――ふにゃ」
唇を離すとなんともかわいい声を上げて、それから「うー」と猫のようなうめき声を上げて俺の胸に頭を埋めた。
「…………ごめん、ちょっと焦ってた」
「うん。ゆっくりやってこう。時間はいっぱいあるだろ?」
「いっぱいある?」
「いっぱいある。」
焦っている理由は分かっている。サザンクロス新事務所に所属が決まって、六花自身は専業配信者になる方向で動き出した。
俺は就職が決まっていて、兼業になる。そうするとどうしてもチャンネル活動としては六花が主体になっていく。
六花の活動可能範囲が、琥珀の窓の活動上限になる。
六花は本当に、自分が足かせになることを嫌うからな。
でもこういうのって焦ってもいいことなんにもないんだよ。
俺は別に50万とか100万とかのチャンネルの間で5万くらいの登録者数のチャンネル運営しててもいいと思ってるし、多分リーダーたちもそのあたりは気にしていないだろう。
「今更思うけど、EFOの歩行補助、ほんとに良く出来てんだな」
「すっごい良く出来てるよ。ほんとにVRマシンの基本機能としてほしい」
「実際組み込む動きってあんのか?」
「……ねむ蝉が、少なくとも大手にはないって」
そっか。本職が言うならそうなんだろうな。
障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律、K類障害者の配慮に関するガイドライン。手足の障害を持つ多くの人から歓迎されて改定・設定されたそれは、ものの数年で「始めてしまった配慮が大赤字になっても廃止することができない」という状況を作り上げ、そして今はガイドラインそのものがデッドロックを起こして廃止もできない悪夢のような状態になった。
始めてしまったらやめられないけれど、始めない分には問題ないのだから、そりゃあ多くの場面で多くの人がやらない方向に舵を切るだろう。
EFOの歩行補助も、オンライン専用ゲームという形式だからこそ実装されている。各種配慮へのメンテナンス費用が採算ラインを超えたときはサービスを終了する時だ。これが買い切りのゲームで実装してしまうと、かなり長くVR機のアップデートに合わせたメンテナンスを行わなければいけないので余計に面倒なことになるらしい。
EFOに車椅子ユーザーが異常に多いのは、EFOを転ばせるわけにいかないからだ。EFOが短期でコケてしまったら、次の歩行補助システムは向こう十年は登場しない。
このあたりの法律はまだ勉強し始めたばかりだけど、ほんっっっっっっとうにめんどくさい事になっている。
「――――世の中って面倒くせえ」
「ほんとに」
笑おうとして失敗した顔をした六花を抱き寄せる。
本当は女性らしい甘い香りがするのだけど、VRではしないのが少し残念だ。
柔らかくてふわふわした髪をわしゃわしゃと撫で回す。
しばらくそうしていたら、とうとう手を弾き飛ばされた。
「いつまでやっとんじゃ!」
「いや止めないから、つい」
「もー、ぐしゃぐしゃじゃん……」
「へーきへーき、VRならログインし直せば元通りだから」
「そーいう話じゃなーい!」
少し空元気感はありつつ、でもいつも通りのテンションになった六花が笑う。
「ねーそれよりもさ、大会の件ちゃんと黙っていられたご褒美を要求します!」
「ああ、はいはい。そうだったな。何がいい?」
「孝宏の作ったオムライスが食べたい!」
あー……洋食、あんま上手くないんだけどな。まあ、作るけども。
「期待すんなよ?」
「期待してる!」
「期待すんなっつの。あと、当日までちゃんと黙ってろよ」
「……………………がんばる」
「いやほんとにそこは頑張ってくれ。セリスさんにも内緒だからな」
「…………………………………がんばる」
大丈夫か、これ?
※アルコー
医療用歩行補助器。
にんぐらの使っているプライベートVR内でそれっぽいものが「歩行補助カート」という名前でアイテム化されているが、ニンカが一生「アルコー」って呼ぶのでグライドもつられている。




