26-8.再討伐
「で、これが動画なんですが」
「うーーーーーーーーーん…………」
録画していた腐食龍の動画をリーダーさんに見せれば、難しい顔をして頭をぐるぐる回した。
「討伐時間事前準備含まず一分。最速クリアであることはまあ確実として」
「はい。この動画についてはまあ、好きにしろ、と」
「あいついつもそれよな……。初手の初級奥義六連打は一旦抜きにして、ブレイダー二人、ファイター二人で行けば同じことはできるのか……」
「そう、なると思います。四人で行くとクリアスコアは下がりますが……」
「まあここはスコアよりもイージークリアってとこが大事だから、動画上げるならそっちの方がいいな。ねむ蝉ってファイター持ってたっけ?」
「ファイターは持っていらっしゃらなかったかと……武器チェンジができなくて、結局ソードマンにしたと聞いています」
「じゃあダメか…トラは動画のための討伐はあんま来てくんねえんだよなあ……」
「一応お願いしてみますか?」
「んー、まあ、ダメ元で聞いてみるか。で、それよりもなんだけど」
「はい」
「神秘」
「はい」
「…………神秘」
「はい」
神秘だそうです。
「プレイヤーは神殺し……殺してはないけど、まあ封印した1000年前の英雄で、何らかの理由でコールドスリープ的なことになって現代に蘇ったってのはまあ、今んとこ最有力考察として」
「はい」
「んー、言われりゃそうだよな、純粋な魔法で神様が倒せるのかって聞かれたら、何かしら神に近い力を使って倒したんだろうってのは理解できる。覚醒技はMPを使わないから魔法じゃないですってのは、うーん、そうな?」
「DivinePoint……PointよりはPowerあたりでしょうか」
「神の力、んー、それっぽい」
リーダーさんが頭をガシガシ掻いて悩みだした。
「あ〜もう!そういうことは自分で公表しろ〜〜〜!!手柄取ったみたいでなんかヤダ〜〜〜〜〜!!!」
「そうなんですよねえ……」
この動画をサザンクロスの動画として公開すること自体は別に問題ではない。そんな事よりも「神秘」という要素の発見が世間的にはサザンクロスになってしまう、というところに、何かちょっと言語化しにくい嫌な気持ちがある。
「セージの汝の真実を晒せも、バフを取っ払ってんじゃなくて、神秘の力で何かしらコロデュスの権能を剥奪してるわけだ。神秘による攻撃は喰えないから通っただけで、今後バフ剥奪系の通常スキルが発生してもコロデュスには通らない。超大事なことなんだけど、なんであいつは自分の名前で発表してくんないんですかねえ!?!?」
「勝手にしろつってんだろ。要素の発見者なんざ誰でもいいだろうが」
「あ、トラキチさん」
「トラ……」
誰でも、は、良くないんじゃないでしょうか……。
「んだよ、呼んだのてめえだろうが」
「いや来るの早えよ。どっから聞いてた?」
「なんで自分の名前で発表しねえんだってとこだな」
「そこだけでなんの話か分かるのあれな、早押しクイズみたいだな」
「今それしかねえだろ。んで、なんだよ」
「腐食龍の攻略動画取りたいからファイターで協力してくんねえ?」
トラキチさんはちらりと私を見る。
えっと、はい、あの、はい。お願いできればと…はい。
「……別に構わねえが、メンバーは?」
「俺とぽんすけでブレイダー、お前とセリスでファイター。初級奥義三連打は人間には難しいんで、最初はブレイダーで吹き飛ばす。あとはセリスとお前の覚醒技で第二形態吹き飛ばしてくれ。……え、ほんとに来てくれんの?」
「てめえが呼んだんだろうがぶっ飛ばすぞ」
「いや……う、うん、助かる」
「チッ」
トラキチさんは実に嫌そうに舌打ちをして、だけど断らなかった。
「えーと、このメンバー?どこ行く感じ?」
ぽんすけさんも合流して、集まっている私達を見て首をかしげた。
「腐食龍行くんで、ブレイダーになってもらってもいい?」
「ぶれいだあ?なんでまた……僕の大剣超弱いよ?」
「ああ、プレイングはどーでもいいんだ。初手羅刹ぶっぱで、あとはひたすらぐる逃げ」
「ほー?あと僕大剣の侵食耐性持ってない」
「いらん、ドワーフでいい」
「なにそれ何すんの」
「――――僕もしかしてファイター作っとくべき?」
腐食龍を文字通り瞬殺してリザルト画面を見ながら、ぽんすけさんが頭をかかえた。
「今なんにも育ててなくて枠があるなら頼みたいかも」
「槍装備のままでファイターでいい?武器チェンジは無理なんだけど」
「武器チェンジは人類には無理だから」
…………さっきからナチュラルに人外判定されてるんですが、リーダーさんならできるんじゃないかと思ってるんですけど、どうなんですかね。
「あートラ」
「んだよ」
「今回の動画どうする?」
「勝手にしろ」
「んー……セリスと二人でクリアしてるやつはお前の方で上げてって言ったらできるか?」
「…………」
「そんな顔すんなって…。あれをサザンクロスで上げるのはちょっと違うだろ。編集とかいらんから上げるだけ上げといてくれ。ウチの動画からそっちに誘導つけるから」
「チッ、いらねえよ誘導なんざ」
「そーいうわけにもいかないの!リスナーに怒られるんだから!お前が書かねえ解説はこっちで書くから!」
トラキチさんはとても面倒くさそうにリーダーさんをしっしと追い払った。
追い払われたリーダーさんがこちらを見て――声をかけてくる前に、トラキチさんが私の前に立った。
視線を斜め下にやって、頭をがしがしとかいて、
「あー……昨日、悪かった」
とても気まずそうに、そう言った。
「え?あ、ああああ、い、いえ!こちらこそ生意気なことを言ってしまって、申し訳ありませんでした!」
慌てて頭を下げる。
しばらくしておずおずと顔を上げると、まだ気まずげな金色の瞳が私を見下ろしている。
「……大会」
「え、あ、はい。大会?」
「俺以外のやつに負けんじゃねえぞ」
「――――はい。頑張ります」
その返事に満足したのか、トラキチさんはすいっと離れて、そのまま帰還ポータルに入って行った。
「……トラって謝るんだ」
「昨日なんかあったの?」
「え、あ、えっと、あの、なんでも、ないんです!本当に!」
慌てて手を振る。流石に言えません。
ぽんすけさんはふうんと首をかしげ、リーダーさんは不思議な表情で少し視線を彷徨わせて、それからこちらへ向いた。
「そっか。ま、とりあえずギルド戻りますか」
「あ、はい。そうですね」
帰還ポータルへ入り、転送先はギルドを選択する。
一瞬の浮遊感とともに、見慣れた――最近また飾りが変わったのである意味見慣れていない――ギルドの談話室に戻ってきた。
「おかえりなさい」
談話室にはハムさんがトラキチさんと並んでいた。
「はい、戻りました」
「腐食龍は本当にお役に立てる所がないですね」
「まあ、たまにはそういうこともあるでしょ。悪い、これから動画編集だから落ちるね」
「お疲れ様です」
「おつかれーがんばー」
「おう。トラ、そっちもよろしくな」
リーダーさんはそう言い残してログアウトしていった。
「動画ですか?お手伝いしますか?」
ハムさんがトラキチさんに問うと、彼は少しだけ無表情で彼女を見下ろして、
「わっぷ!?」
彼女の頭をぐしゃぐしゃとちょっと乱暴に撫で回した。
「動画上げる、手伝え」
「え、あ、はい!」
お二人がログアウトしていき、談話室にぽんすけさんと二人残される。
わあ、とてもいいものを見ました。
しばらくぽかんとしていたぽんすけさんが、そっと私の方を向く。
「あの、さ、セリスちゃん」
「はい?」
「ハムさんって、もしかして、女性……だったりする?」
あ、あー。なるほど、そこから。
「あの……基本的に公開はしていないとのことなので……」
人差し指を口に当てると、ぽんすけさんは一瞬で色々な表情をしたあと、わかった、と言った。
ぽんすけの「大剣超弱い」は「サザンクロス基準の超弱い」です




