26-7.Serenity
「なんで、高校なんて行ってんだ」
「…………………はい?」
どこの高校に行っているのか、というのは、たまに聞かれる。
どんな高校なのかというのも、聞かれることはある。
だけど、高校に通うのに何故と問われたことは、経験がない。
私は今何を聞かれているんですか?
なんで高校に行っているか?トラキチさんは私が高校に行っていないと思っていたということ?
高校は義務教育ではないから確かに必ずしも行く必要はないけれど……。普通科高校ではなく何かの専門学校のことはあるだろうけれど、一般的には何かしら高校級の学校へ行く。中学卒業から2年以内にどこにも進学しない人の割合は国内では3%を切っている。
高校へ進学しない人のほとんどは何かしらの病気で、あとは……
「…………………私は、高知能児支援施設には通っていません」
ギフテッド校なら、初等科卒業で高校卒業の認定、でしたね。
「小学校は近所の公立学校で、中学から今の中高一貫の私立に進学しました。スキップの対象ではないんです」
私の言葉に、トラキチさんの顔が歪んだ。
「高知能児発達支援は、福祉課の範囲だ。役所から連絡来なかったのか」
「分かりません。流石に小学生で家の手紙を見ることはないので……あと、あの、私、9歳くらいですかね、それくらいの頃に一応親に誘われはしたんですが、自分で断ったんです」
「なんで…」
「普通になりたかったから、ですかねえ」
トラキチさんが何かを噛み殺すように奥歯を食いしばった。端正な顔が苦痛を耐えるように歪む。
この顔を、私は知っている。
ギフテッド学校やフリースクールには行かないと伝えた時、パパが同じ顔をしていた。
「トラキチさん」
「……んだよ」
「私、今結構幸せです」
「……」
金色の瞳が揺れている。どこか焦点の合っていない目が、私を通り越して後ろ側を見ている気がした。
「多分配信見てくださったんじゃないかと思うんですが、進路も決まりましたし。ギルドの皆さんは優しいですし。ニンカさんとはオフでも連絡取るようになったんですよ。今度一緒に遊ばないかって話もしていて。シアさんは今ちょっと忙しいみたいですけど、ちょくちょく連絡くれますし、時間が合えば遊びます。家庭事情も、うちは結構落ち着いていると思います。両親は私のやりたいことを応援してくれてて。毎日楽しいです」
「そこに、学校の楽しさはねえんだろ」
「はい、ないです。でも結果的に、私は今楽しくて幸せに過ごしてます」
「それはっ」
「結果論じゃいけないんですか。施設に通っていたからって幸せになれたかどうかなんて分からないです。私が、今、幸せだっていう結果があって、それ以上の何が必要なんですか」
「俺はっ」
「『人は勝手に救われて勝手に幸せになる。そこにこの本があったかどうかなんて、関係ないんです。この本に救われたなんて言う人は、こんなものなくたっていつかちゃんと幸せになりました』」
焦点を結んでいなかった目が、もう一度私を見た。
「勝手に、ちゃんと幸せになりました。私が辛かった時間にも、幸せになったことにも、誰も、何も、関係なかったんです」
「私以外の誰も、私の人生を背負わなくていいんですよ。少なくとも私は、私の人生において誰のことも恨んでいません」
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「また飲んでるんですか?」
口の開いたウイスキーのボトルを持ち上げる。……まだそんなに飲んでいなさそうでしょうか。
「ん、お前も飲むか?」
彼はそう言ってグラスをこちらに向けた。
先日と顔つきが変わっている。安心してほっと息を吐いた。
「いえ、ウイスキーはいいです。でも晩酌はいいですね、私もなにか持ってきます」
あまりお酒に強くないので、あれを飲んだらすぐに潰れてしまう。先日買ったなんちゃらサングリアを持ってローテーブルに戻れば、彼が少し端に寄って隣に私の座るスペースを作っていた。
「何かありましたか?」
「…………少し」
「そうですか」
柑橘の香るサングリアを傾けて、それ以上は聞かない。
セリスとボスに出かけたらしいことは聞いているから、本人と何か話したのだろうか。
言いたくなったら話してくれるのだろうし、話したくなくても、彼の気分が落ち着いたのならそれでいいだろう。
「お前」
「ん、はい、なんでしょう?」
「今幸せか?」
「へ?」
思いも寄らない言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「…………なんでもない」
「それは、私がどれだけ貴方が好きで、どれだけ今幸せかを好きなだけ語れということですか?」
「んなこと言ってねえだろ」
「いえいえ、聞きたいならいいんですよ。わあ、本人に言っていいんですね?言いますね?」
「聞いたのは幸せかどうかだけだろうが。はいかいいえでいんだよ馬鹿」
「いえいえ、態度で通じていないのなら言葉できちんとお伝えするべきですよね。はい。そんな不安になるのならいくらでもいいますよ。まずはそうですね、外見からと性格から、どっちからがいいですか?」
「もう黙れ」
「いやです!」
いくらでも言えますよ!何時間語りましょうか!
書きたくて書いちゃった活動報告置いておきます。
何故かこの話より文字数が多い……。
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