26-6.コロデュスVSファイター
週明け月曜日。
予定より二時間も遅くEFOにログインして、少しばかりむしゃくしゃした気持ちのまま談話室に腰掛けた。
「セリスおはよー」
「あ、はい、おは、よう……?ございます」
今17時ですけど。おはようなんですか、無卿さん。
「そういや学校ってもう終わりなの?」
「あ、えっと、そうですね。今日成績発表が終わったので……水曜日だけ登校日で、それ以外は自由登校になります」
「お、成績発表あったんだ。どうだった?」
全く悪意のない質問に視線が落ちる。なんでこうなってしまったんだろう……。
「どった?」
「不正を疑われて口頭試問をしてきました……」
先生たちは別に不正を疑っていなかった。いつも首席を取っている前生徒会長が教室に怒鳴り込んできて騒ぎになって、駆けつけた先生は川内なら別に不思議じゃないだろうと擁護してくれたのだけど、全く納得してくれず。
仕方がないのでその場で先生を巻き込んで好きなだけ口頭で問題を言ってもらって全て答えたら、前生徒会長は顔を真赤にしながら特に謝罪もなく教室を出ていった。後から別の先生が呼び出すと言っていたので、別所で説教されていると信じている。
駆けつけてくれた先生には今回のテストは随分と張り切ったね、と言われてしまい、真面目にやれと言ったのは先生ではなかっただろうかと首をかしげてしまった。
「いつもは気を付けて5位くらいを取っていますが、真面目にやれと言われたので…って言ったら、なんかすごく微妙な顔をされました」
「そりゃそうだ」
いつも真面目にやっていないのが先生にはバレていて、最後くらい真面目にやれという警告だとばかり思っていたのだけれど。もしかして勉強を頑張る必要って実はなかったんじゃないだろうかという疑惑が頭をもたげている。すぐに調べられる事をわざわざ漢字まで覚える意味って何だろうと思いながらつまらない暗記作業頑張ったのに。
あの時ギルドの皆さんが何となく微妙な顔をしていたのって、皆さんは分かっていらしたんだろうか……。
「おい」
そんな話をしていると、上から声をかけられた。
先端だけが黒い金髪の男性が、私を見下ろしている。
「あ、トラキチさん。お久しぶりです」
「今暇か?」
「え?あ、はい、暇と言えば、暇です?」
おしゃべり中を暇と言うならば暇ではあるのですけれど。
「腐食龍行くぞ、ついて来い」
「私とですか?ニンカさんの方がいいのでは?」
「ファイター二枚だ。装備変えてこい、耐性は付けるな」
「ファイター二枚、侵食耐性なし……承知しました。すみません無卿さん、行ってきます」
「いてら。トラー、無理させんなよー」
えーと、ファイターの非魔法装備っと。この辺ですね。防具は普通に着ていていいのでいつも通りで、盾のエンチャントがないからジャストガードでもあまり軽減率が高くない。そこは気をつけないとな。
「DPに余裕は?」
「今日は特に使っていないので満タンです」
「第一形態は奥義で吹き飛ばす。第二形態は覚醒使え。お前、俺の順だ」
「覚醒……?」
覚醒技って、吸われないですか?第二形態は奥義も吸収だったし……。聞きたかったのだけど、トラキチさんはこれ以上何か言うつもりはないらしく、奥義ゲージ用の雑魚狩りを始めた。
だめだったら撤退ってことかな。
そう思いつつこちらも雑魚狩りをする。三発分の奥義ゲージって結構時間かかるんですよね。
奥義ゲージはラフェルみたいな一部ボスだと溜めたゲージを吹き飛ばしてきたりするんですけど、腐食龍は特に吹き飛ばしては来ない。バフは吹き飛ばされますけどね。吹き飛ぶと言うか、多分吸われているんだろうな、HP満タンだから回復していないだけで。
当初は後衛がひしめいていた腐食龍の前は、その後前衛がひしめく場所になり、今はぱらぱらとセージが入っている。
今後を見越して侵食耐性用の素材を集めておきたい人が多く、結構周回されているようだ。
「っし、行くぞ」
「……はい」
なんだか、トラキチさん変だな。どこがとは言いにくいのだけど……。
まあ、行けというのなら行きますよ。
羽のない龍。
皮膚はぐちゃりと溶け出していて、こう、非常に触りたくない見た目をしている。
霹靂通貫、斬釘截鉄、渾闘一掌を順に打つ。トラキチさんの方が槍奥義のダメージが大きい気がする。まだ距離管理ができていない……。槍は本当に、最大火力を出すのが難しい。
六発の奥義を受けて腐食龍の目の色が変わる。
ファイター奥義六発分の火力を二発で出すブレイダーって本当に規格外火力ですね。三〇秒かかるデメリットは大きいですけども、一日一回無視できるから……。今度職安で触ってみようかな。
「伸びよ、貫け、咲き誇れ」
最大ヘイトは槍のダメージが大きかったトラキチさん。ああそうか、奥義の順番が私が先なのは、ヘイトが彼に向くからか。
トラキチさんは一応剣盾装備だけれど、今の装備はジャストガードの軽減率があまり高くないので手動回避で躱し続けている。
回避も本当に上手い。回避盾もやらないだけでできないわけでは全然ないんですよね。
「竜舌蘭」
覚醒技のダメージは……入った。入るんだ?最大ヘイトが私に移る。
「伸びよ、貫け、咲き誇れ」
トラキチさんの声が聞こえる。こちらの装備は剣盾。装備画面を消して通常視界にして逃げ回る。
5、4、3、2、1、
「竜舌蘭」
腐食龍にはエンドロールがない。
フィツィロと同じく、倒すことは通過点で、一区切りとなる敵ではないということだろう。
ランキング記載についての問い合わせにとりあえずはいを押しつつ考える。
竜舌蘭が通った?明らかに魔法っぽいこのスキルが、通る?
今までスキルの通る通らないは、ある程度「それは確かにそうっぽい」と納得できる分かれ方をしていた。けど、竜舌蘭は完全に見た目魔法……。
「…………腐食龍が食うのは魔法、魔素だ」
「え、あ、はい」
「こいつは神秘は食えない」
「神秘……すみません、その用語はどこに出てきますか?」
「公式用語じゃねえ。名前がないと不便だから俺が勝手にそう呼んでる」
「神秘……」
神秘、神聖なもの、あるいは人知を超えたもの?覚醒は、スキルとは全く枠組みが異なるということ?確かに使うのはMPではなくDPで……
「――――お前は」
「え?あ、はいっ!」
考え込んでしまった視線を上げれば、トラキチさんの金色の目が私を見ていた。
「高校行ってんのか?」
「え?あ、ああ、はい?一応社会的な身分は高校生ということになりますが……」
外部受験をする一部の生徒はここから追い込みなのだろうけど、私の方は最終試験も終わってあとは卒業式を待つばかりだ。だけど卒業式を超えるまで、正確には4月1日になるまでは、私の職業は高校生のままだ。
トラキチさんは、金色の瞳を嫌そうに歪めて、言った。
「なんで、高校なんて行ってんだ」
「…………………はい?」




