26-4.酔い
リーダー視点
「リーダー!?」
「リーダーさん!?」
みんなの慌てた声がする。
気遣ってくれていると分かるその声と人が駆け寄る足音が、今は頭にがつがつと響いた。
「ご、ごめ、ちょっと、うるさ……」
「ほら」
ばさりと頭の上から布が降ってきて視界を塞いだ。
……あ、これ少し楽だな。
「だから無理をするなと言ったんだ。ログアウトするか?」
「少し、休めば、多分へいき……」
親友の落ち着いた低い声が本当に助かる。
それはそれとして今フルダイヴオンオフの浮遊感が襲ってきたら多分吐く。どちらかというと落ち着くまではこのままの方がいい。
解説業というものを舐めていたわけではもちろんないんだ。
下手な試合よりも解説のほうが疲れるというのも実感として持っている。
ただ、20画面並列視聴4時間は、ちょっと経験がなかった。前回の大会予選で30画面同時視聴はしたけれど、あれは20分くらいで一区切りだったので「疲れたな」くらいで済んでいた。
ロイドってもしかして普段からこんな世界で生きてるの?無理じゃない?
あと俺前に「トシさんが高校大会や若年大会の解説にいつもいるの、プレイヤーとしては引退すんのかなー残念だなー」って少し思ってたんだけど、とんだ勘違いだ。
若年層向けの大会は参加人数が多い。ヘタをしたら今回の予選よりも一度に見なければならない画面が多いくらいだ。
それだけの数の、びゅんびゅん飛び回るプレイヤーに合わせてぐらんぐらん揺れる画面を、内容が分かる程度にきちんと見ながら、長時間の解説をできる人間が、いないんだ。
え、トシさんはともかく佐々木さんって頭どうなってんの。
ってか明日からは俺とロイドとトシさんは持ち回り解説で時間減るけど、佐々木さんの時間って減らないんじゃなかった?は?うそだろ?
そんなことをつらつらと考えていたら、ようやく足元が揺れる感覚が薄れてきた。
よかった、これならログアウトして普通に寝ればなんとかなりそうだ。
明日は今日よりは解説時間短いしな。
ロイドが被せてくれた布……隠密外套からようやく顔を上げれば、目の前には今にも泣きそうな黄色の瞳がこちらを覗いていた。
――――なんか、この前もこんな顔させちゃってたな。
「あー、えっと」
「あの……体調は、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ちょっと画面酔いしただけ。もう落ち着いたから、そんな泣かんで」
「泣いて、ないです」
「そう?」
今にも泣きそうだけど、まあそう言うなら。
「本当に、大丈夫ですか」
「だいじょーぶだいじょーぶ、乗り物酔いみたいなもんだから落ち着けば治るんだよ。そんなに心配しないで」
「倒れたら心配します!」
やばいなー、これ結構嬉しい。俺だからってわけじゃなくて、この子はきっと誰が倒れたって心配するのは分かってるんだけども。
アニメとかでめちゃめちゃヒロインに心配かけながらむちゃを繰り返す主人公って多分こんな気分なんだな……。
うん、馬鹿なこと考えたらちょっと冷静になった。
隠密外套をばさっとセリスに被せる。ちょっとだけその顔は隠しておいて。あとちょっと俺の顔見ないどいて。
「大丈夫だよ、でもありがと」
被せた外套の上からそう声をかけて立ち上がる。
少し離れたところにいるメンバーがこっちを見ている。そのなにか言いたげななまぬるーい視線をやめろ。
微妙に緩んでいる気のする頬をべしべしと叩いてロイドの向かいに座った。
「明日は大丈夫そうか?」
いつの間にか俺の傍からは離れていたロイドが、こっちに声をかけてきた。
「ほんとに大丈夫。明日は時間も結構短いしな」
明日の俺の解説時間は今日の半分しかない。
今日も最後の1時間くらいがだめだったから、そのくらいの時間だったら平気だろうし。
あとねむ蝉がぐわんぐわん走り回る画面が一番やばかったから明日以降はましになるはずだ。
「無理だったら早めに休め。僕は20画面程度では酔わないからいつでも代わる」
「お前の頭ん中ってどうなってる感じ?」
20画面は「程度」じゃねえよ。
「ずーっと画面ちゃんと見てないといけないのやっぱつらそうね」
ぽんすけが横から声をかけてきて、テーブルにわいわいと人が集まってきた。
「うーんそうね。ここまで酔ったのは初めて。何時間も見ることってないからなあ」
「編集作業やプレイング研究をするときは自然に少しずつインターバルが入るし、確かに長時間休憩もなく戦闘を見ていることは少ないな」
「急に倒れてびびったよ」
「悪い悪い、ほんと大丈夫だから。カッコ悪いとこ見せちった」
「カッコ悪いってか、カッコつけよな。カメラの前では絶対倒れねえんだから」
「まじで吐く死ぬって思いながら立ってた。俺ちゃんと喋れてた?」
「ふつーに喋れたよー」
「ならよかった」
話しているとセリスがおずおずと近づいてきて、真っ赤な顔のまま外套をロイドに渡した。
「ああ、すまない」
「い、いえ…あ、あの、私は、今日はこれで落ちますね」
「承知した」
「そっか、お疲れ様」
「はい、お疲れ様です。明日は所用でギルドにはいないんですが、解説頑張ってください」
「うん。ありがと」
セリスはそう言ってぺこぺこと方方に頭を下げてログアウトした。そしてぽこぽこが俺に爆弾を投げつけた。
「うぉわびびった!なに!?」
「べつに」
「いった!?なんかその爆弾やったら痛いんだけど!?」
「べぇ~つぅ~にぃ~?」
悪ノリした他のメンバーに爆弾を投げつけられまくり、気づけばギルドは煤だらけだった。




