閑話 Lullaby
「さって、結構喋ったな。他になんか気になるコメントとかあった?」
「あ、その、気になるというか、気にしてくださるコメントが結構ありまして……」
「お?」
『お?』
『どれだろ』
「私の受験なんですが、推薦で受かりましたので、心配なさらないでください」
「おめでとう!」
「おめでとう」
『おめでとうございます!!!』
『おめでとう!!!!!!!』
「ありがとうございます。学校の成績も問題ありませんので、なんというか、心配なさらずに配信見てくださいね」
ローテーブルの上に置いたタブレットから、何回目かの動画が流れている。その前でビールを傾けていた彼が、空になったらしい缶を置いた。
新しい缶に伸ばした手を途中で止める。
「……んだよ」
「その飲み方はだめですよ」
長時間拘束の仕事が終わったのだから好きに飲ませてあげたいという気持ちはある。彼がこの程度では明日に響かないことも分かっている。
だけどこの飲み方はだめだ。ただ世界をぼやかすためにアルコールを摂るのは、心を蝕んでしまう。
「彼女が気になりますか?」
「……」
そう問えば、視線を下げて黙ってしまう。
何をそこまで悩んでいるのかが、いまいち掴めない。
動画で何度も見ているのはセリスの進学のこと……配信では推薦と言っていたけれど、ギルドでは本当は内部進学だと言っていた。この時期に決定したということは、私立大への進学になる。
まあ別に私立が国立に劣る訳では無いので、金銭的な問題がないのならそこは好みの問題だと思っている。受験が終わった事自体は喜ばしいことのように思うのだけど……。何が気になってここまで見ているのだろうか。
「――――大学の付属で、十月の第二週までに内部進学が決定する高校は、調べた限り都内には二校しかありません」
「……」
「片方は高校としてはそれなりの進学校ですが、大学としてはさほど有名ではないところ。もう片方は高校大学共に名門校です」
片方は大半の生徒が自校よりも上位の大学を目指すため進学枠に空きがあり、内部進学を希望をすれば必ず通るというところ。もう片方は九月に成績優秀者向けに指定校推薦のような形での進学枠があるところ。
進学決定時期が調べられなかった学校もあるけれど、文化祭の日程も合っているので、おそらく後者の高校だ。
「…………」
「気になるなら、会いに行きますか?」
オフ会の写真はギルド内で公開されたので、顔自体は分る。あれが加工なしならまず見間違えないだろう。
ゲームやギルドを介さずに会いたいと思えば、会うこと自体は可能だ。
セリスはそのあたりのガードが少し心配になるくらい緩い。サザンクロス以外のギルドだったら色々とトラブルに発展していたのではないだろうか。
「………………いや、いい」
しばらく黙っていた彼は、そう言ってビールの缶を握りつぶした。
「私のことでしたら気にしなくて大丈夫ですよ?」
「いい」
まったくもって、いいという顔ではないのですけれど。
「眠りたい」
「おや。膝でもお貸ししましょうか?」
冗談のつもりでそう言えば、彼はずるりとこちらに倒れて、本当に私の膝に頭を乗せて眠り始めた。
すぐに寝入ってしまったのか規則正しい息遣いが聞こえる。硬い髪を梳くようにその頭を撫でた。
随分と精神的に参っている様に見える。
この様子は、私に持てない方の荷物でしょうか。
「愛していますよ、龍哉」
私が、貴方を愛しています。
他人がなんと言おうとも、貴方が他人の目にどんな意味を見出してしまおうとも。
貴方のことを何も知らなかった時から、ただただ離れ難いほどに、強くて脆くてぶっきらぼうで優しい貴方を愛してしまったから。
だからどうか、貴方が疲れてしまった時にも、隣にいさせてください。
愛しい貴方が、少しだけでもいい夢が見れますように。
そっと頭を撫でながら、ゆっくりと、子守唄を口ずさんだ。




