25-8.テスト期間の少し前
セリス→ドリアン
「セリス、ぽんすけ、今いいでしょうか」
ログイン音とほとんど同時に聞こえた声に、談話室のほぼ全員が振り返った。
「ドリアンさん」
「ドリアンじゃーん!そっちは落ち着いたん?」
「お?リーダー達まだおらん感じ?」
「すみませんまだ完全には……来週くらいには通常に戻る見込みです」
「ありゃ……」
「今回は長いねえ」
「本当に。ご迷惑おかけしています」
「ま、しゃーないね」
皆さん仕方なさそうに肩をすくめる。
来週くらい、か。本当に何もかもタイミングが悪いですね。
喉の下のあたりがじくりと痛む。
それをぎゅっと握りつぶして、前を向いた。
「あ、で、えーと、お呼びでしたか?」
「ああ、そうなんです。毎年恒例年末ファンサイベントがありまして……セリスは参加したことはなかったですよね?」
「参加したことはないですが、昨年のでしたら配信は見ましたよ。鬼ごっこのやつ」
ねむ蝉さんがとんでもない回避技を披露したり、グライドさんにリスナーのみなさんがよってたかってのしかかってポーションをむしり取って行ったりしていたやつですよね。
「そうです。今年なんですが、ちょっと12月31日に開催が難しく……」
「そうなんですか?」
「ええ、色々ありまして。それで日程を変えての開催にしたいので、ご相談です。今回はセリスとぽんすけに活躍してもらいたいので」
「セリスちゃんはともかく、僕も?」
首をかしげるぽんすけさんの前に、ドリアンさんが企画書を広げた。
「やるのは過去世界の禁書の防衛です。フルレイドになるように事前に希望者を抽選し、リーダーロイドチーム、ニンカグライドチーム、セリスぽんすけチームで行えれば、と。お二人のご都合はいかがですか?」
ほうほうと談話室にいた人たちも一緒になって企画書を覗き込み。
「…………ドリアン」
「ドリアン?」
「え、これ正気?」
複数人がほとんど同時に、同じ場所を指さした。
開催日時:2062年12月24日(日) 14:00~
「えー……はい、正気です。本当にこの日以外開催が難しく……」
「……あいつ馬鹿か?」
ぽんすけさんが低い声で何か言ったのだけど、うまく聞き取れなかった。
「えっと……?」
「あー、気にしないで。僕は大丈夫だけど、セリスちゃんは?友達と予定とかない?」
「私は平気ですが…ニンカさん達は大丈夫なんでしょうか?」
「ニンカとグライドはもともと配信予定だったので問題ないそうです。……ニンカは、クリスマスの外出を嫌がるので」
ああ、車椅子だと人混みは大変だって言ってましたね。それは仕方ないのかな。
「なら大丈夫です」
「……ま、僕は平気だよ、ご存知のとーり悲しき独り身ですんでね」
「ありがとうございます、ではこれで告知します」
ほっと息を吐くドリアンさんの隣で企画書をもう一度読む。
セリスぽんすけチームを希望したリスナーで抽選し、34人プラス私たちのフルレイドチームを作る。
申し込み条件は150レベルで、消耗品についてはある程度サザンクロスから持ち出すけれど、装備は持ち込み。
ふんふん。今は二次転職まではゼロからでも1週間くらいでいけるので、初心者でも参加可能なラインですね。
「あの、すみません実は私来週からしばらくテスト期間でイン率が落ちるので、告知配信などには出れないかもしれません」
「おや?」
「「「「「え?」」」」」
「え?進振りまで決まったのにテストあるの?」
「実は本来の内部進学決定はこのテストの後なので、先生に釘を刺されてしまいまして」
うちの学校の内部進学の学部振り分けは、本来11月末の最終試験の結果で決定する。
だけどそれだけだと最終試験まで勉強を頑張る必要がなくなってしまうので、それよりも前の9月に、高校三年間の総合成績上位者数名のみ先行で決定する制度が設けられている。私の進学はこちらの先行決定で決まった形だ。
なので私の進学自体には最終試験は関係ないのだけれど、最終試験でふざけた成績を出してしまった人が、時々大学入学後に嫌がらせを受ける事案があるらしい。そういったトラブル防止のためにも、まじめにテストを受けるように、という通達が出た。
今までテスト勉強らしい勉強はしたことがないので、試験前週くらいからしっかり時間を取ってテスト対策をしてみようと思っている。
あとこれは言わないけれど、大学は卒業するように、というのは、ほとんどなにも条件を出してこなかったパパがほぼ唯一出してきた条件だ。対人スキルははっきりとマイナスに振り切っているので、必要以上にやっかみを受けることはするべきではないだろうと、最終試験は言われた通りまじめに受けようと思う。
「…………」
みなさんが何か言いたげに目を彷徨わせた。
え、なんでしょうか。
「……ま、まあ、分かりました。学業は学生の本分ですからね、頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
ドリアンさんが微妙に上ずった声で言った。本当になんだろう。
「たっだいま~!」
「戻りましたっす……あれ、ドリアン」
ちょうどその時に、出かけていたニンカさんとグライドさんが戻っていらした。
「おかえりなさい。どうでした?」
「はっはっはっはっは!見よ!!!」
ニンカさんはそう言って、公式ページのボス討伐記録の一覧を開いた。
「「「「おおおおおお~!!!!」」」」
「これはすごい」
腐食龍コロデュス討伐スコアランキング。
1位にニンカさんとグライドさんの名前が書かれている。スコア自体、2位にほぼダブルスコアをつけていた。
「通常攻撃であたしに勝てるやつはいなーいのだー!」
ニンカさんがそれはそれは楽しそうに言った。
いや、本当に。当初の武器耐久吸収だと思っていた時に、ニンカさんは話を聞いたらもう速攻で「お疲れさまでした~素材集め必要だったら呼んでね~」と言って抜けてしまっていたのだけれど、まさかの特攻でしたね。
「セリスセリス、行けそう?」
「あ、はい。私の武器もできました」
「よっしゃ次はアサシン二人だいってきまーす!あ、無卿これよろ!」
「っと、素材か、さんきゅー」
「あああニンカ!グライド!年末の件、24日で決定です!」
「あいよー」
「了解っすー」
ドリアンさんが慌てて一言共有して、そしてほとんど引っ張られるように、腐食龍討伐に駆け出した。
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「あのさ……」
無卿が非常に微妙な顔をしながら声を上げた。
「はい」
「ふざけるなって、ゼロ点とか取るなって意味じゃ、ないんかね?」
「…………はい」
「まあ、そうだよね……」
今までテスト勉強らしい勉強はしたことがないのに成績上位者だった彼女に、テスト勉強をさせる意味ってなんなんでしょうね?
いえ、まあ、高校生がテスト勉強のためにゲームをお休みするのは非常に健全なのですけれど。
「セリスってさ」
無卿がこれまた微妙な顔をして。
「やっぱちょっと天然だよな……」
この言葉に返事をした人間は、いなかった。




