24-13.どんなときでも
「あ、パパおかえり」
「ただいま。紬もおかえり」
「うん、ただいま」
火曜日。学校は文化祭が終わり、12月頭の最終試験に向けて普段より少し早く試験ムードが漂い始めた。
そんな学校から帰宅するとパパが出張から帰ってきていた。
「あの、後で、相談があるんだけど、いいかな?」
「今でもいいよ」
「疲れてない?」
「昼くらいに帰ってきたから、もう大分休んだんだよ」
制服から着替えてリビングに座ると、お土産だというお菓子が並べられて、お茶が入れられていた。
ソファに腰掛け、お茶を一口。
えっと……
えっと、何から話せばいいんだろう。
用意していたはずの言葉がふつりふつりと頭から切れていってしまう。えっと……
「――――登録しているネットニュースに、EFOの話題が書かれてたよ」
「え、あ、えっと、うん、大きい告知があったから」
「西生寺グループホテルとの大規模コラボ企画で、ホテル開催の大会らしいね。うちの社内でも話題になってるみたいだ」
「……うん」
「紬は、出るのかい?」
「…………出たいなって、思ってるの」
「そうか」
「あの、前の大会で入賞したでしょ、だから、シード枠をもらってて、出たいですって言ったら出れるの」
「うん」
「でも、あの……パパ、前に、顔を出してほしくないって、言ってたから……」
パパはゆっくりとお茶を飲んで、それからふっと微笑んだ。
「紬は可愛いから、カメラの前に出たら連れ去られてしまいそうでね」
「何言ってるの」
本当に何言ってるの……今真面目な話をしてるんだけど。
「真面目に言ってるよ。あっという間に悪い大人が集ってきて、世界で一番かわいくて大切な娘が連れ去られてしまう」
「馬鹿なの?」
「親馬鹿を抜きにしても九割くらい本気なんだけどな。だけどそうだね、信頼できる後ろ盾がきちんとあるのなら、いいかもね」
なんとなく察しているような口ぶりだ。……出張前に少し話しかけたからかな。
ゆっくりと息を吸って、吐いて。
「――――私ね、配信者になってみたい」
サザンクロスでリーダーさんたちが正式に配信者事務所を立ち上げること。
その一期生として誘われていること。
VRゲーム外のVログや将来来るかもしれない案件では、アバターは使わないで生身での配信を行いたいこと。
次の大会で、現地参加したいと思っていること。
西生寺社長令息の会社に正式に所属となったら、パパの仕事が続けられるのか不安に思っていること。
顔を出すとなれば、場合によってはストーカーなどが家まで来てしまう可能性があること。
「……生身で配信を行いたいっていうのは、どうしてだい?」
「わたし、」
心臓がばくばくと鳴る。
「私、――――――――」
『本当にやりたいと思っているのならパパに何も言わなくてもできるよ。紬はもう成人したから、どんな契約でも自分だけで結べる』
『その上で、もし紬が未成年だったらパパが出した条件は三つ』
『ひとつ、必ず事務所に所属すること。個人では対応できる範囲に限りがあるから、他の人の手を借りたり意見聞いたりできる場所にいて欲しい。リーダー君のところなら、話を聞く限り問題ないだろうね』
『ふたつ、大学は卒業すること。紬はまだ若いから、自分の可能性を狭めることをして欲しくない。多くの場合で、大卒の資格があったほうが圧倒的にできることの幅が広い』
『みっつ、困ったときに信頼できる人に必ず相談すること。これはパパやママじゃなくてもいい。仕事で家族にだって話せない内容が出ることはある。だけど、所属事務所のマネージャーさんとか、そういう人に抱え込まずに相談するように。……紬は、ちょっと抱え込みすぎるから』
『配信の部屋については、一旦この家にいなさい。ひとり暮らしよりも家族が同居している状態のほうが安全だ。特にVRでは不審者の侵入に気付けないこともあるからね』
『仕事の方はね……紬には言っていなかったけれど、実は現場で色々あって、転職活動を始めていたんだ。だからまあ、さほど心配しなくていいよ。パパはこう見えて、仕事はできるからね』
パパとの会話を終えて、部屋に戻る。とりあえずベッドに突っ伏して頭の上まで毛布を被った。
現場で色々あって転職活動を始めていた……それは多分、お手伝いであろうともリーダーさんと仕事をしていることを言われていたんじゃないだろうか。
家ではそんな素振り全然見せていなかったけど……。こういう時に、どんな顔で何を言うべきなのか、全くわからない。
――――それでも。
西生寺の新しいVR施設ができる。今後、こういう場所は増えていくんだろう。
ゲームの大会やイベントで、リーダーさんたちが呼ばれることもきっとある。
その時に、顔を出さないと決めてしまったら、毎回私だけがそこにいられない。
はっきりと想像したその未来が、どうしても、嫌だった。
積極的に顔を出すというつもりはそこまでないけれど、隠れないで、彼らの――――彼の、隣にいたい。
言葉にした反動で顔の火照りが収まらない。普通の顔ができるまでEFOにログインするのちょっとやめておこうかな……。
ぎゅっと目を瞑って――――いつのまにか眠ってしまった。
□■□■□■□■□■□
『私、どんなときでも、彼の隣に立てるようになりたい』
愛娘は見たことのない瞳でそう言った。
メールを打つ手が重たい。まだまだ先の話なのに、もうすっかり嫁に出した気分だ。
リーダー君がどう思っているかは分からないとは言っていたけれど、まあ、うん。あれだ。知らぬは本人ばかりなりというやつだろう。
「――――本当に、女の子はすぐに大きくなってしまうんだから」
だけど、自分から「やりたい」と言葉にしてくれたその成長が、心の底から嬉しかった。
24章ここまでになります!
感想・ブックマーク・リアクション・評価ありがとうございます!励みになります!
閑話挟んで25章なんですが、すみませんリアル多忙でまたお待たせします……m(_ _;)m




