23-4.合同会社サザンクロス
「リーダーから連絡来ると思わなかったわ」
ドリアンに雷を落とされ、びっくり箱にやるならやるでもっと早く言えと怒られ。ロイドと合わせて3人に囲まれながら緊急に丸一日事業計画書を書き散らし。
最後のピースとして必要な相手に近日会えないかと連絡をしたら、なんと翌日にこっちに来た。
クセの強めの髪にインナーカラーで紫を差したそいつ――――おるは、当たり前のように一緒に来たねころと二人でロイの部屋に上がると慣れた動きでリビングに腰掛けた。
来月大阪でイベントがあるので打ち合わせで西の方に来ていたらしい。それにしても翌日に来るとは思ってなかったんだけども。酒は後でと言ったら何かを察したようにジュースを開けた。
「んー、まあ、色々あってな」
「急に喧嘩配信してたから何かと思ったよ。解決したの?」
「あ~~~、喧嘩ってほどじゃない。ちょっとした……八つ当たり」
「八つ当たりwwww」
「違うとも言い辛いな」
「リーダーがそういう事すんのめずらしいねえ」
ねころが笑う。
あー……結構色んなとこから心配はされちゃってんだよな。
これ終わったら意図的に配信回数上げなきゃ駄目だな。
「まぁ……たまにはあるってことにしといて。先に本題良い?」
「おう、どうした?」
「例のチーター騒ぎでトラブった時にさー、おる、一緒に事務所立ち上げねーかって言ったろ」
「言ったねえ」
「今更だけど……一緒に事務所立ち上げねえ?」
おるはゆっくりとジュースを口にして、それから言った。
「実は俺もリーダーたちと話したくてさー」
「おう?」
「一緒に事務所立ち上げようぜ」
しばらくの沈黙。
そして四人が、ほとんど同時にふっと吹き出した。
「ゼロプロはさー、俺を入れた時は、俺っていう爆弾を抱えても大きくならなきゃいけなかったのよ」
速攻で開封されたワインをぐるぐると回しながらおるが言う。
「大きくなって、今度は爆弾を許容できなくなってきたわけよ」
「まー、仕方ない面はあるよな」
ゼロプロの上半期株主総会で、例の常務の続投はほぼ確定した。
やり方は悪かったけど、会社の基本方針はあちら側ということになる。やり方は最悪だったけど。
「そうそう、それは別にいいのよ。いつかこうなるって分かってたし。4年くらいか?まあもったほうじゃん?正直2年そこそこで出ていくことになると思ってたから」
「AI判定強くなって、チート自体ほぼなくなったからな」
「それなー。あとあんまり大会出なくなったから八百長とかもなかったしね。なんにもないのが一番なのはそうだし」
爆弾が爆発しないなら、シンプルに金の卵を産む鶏だからな。
4年間一度も燻りもしなかった爆弾が急に爆発して、あっちはあっちで焦っただろうなというのは分かる。
「転生するかおるくんとして続けるかとかも考えて、一応自分が撮った動画は全部リスト化しててさー」
「え、まじそんな事してんの?」
「そうそう。俺元々個人だからさ、おるくんの初期アバター3つは俺のものなのよ。ゼロプロ入ってから作った新衣装はゼロプロのもの。だから俺個人配信ではあんま新衣装使わないんだよね」
「動画編集もゼロプロの編集さんに頼んだやつと俺達が個人でやったやつは分けてリスト化してるんですよ。おるの初期アバターで、おるが編集した動画は、おるのもんだよね、って方向で動画残したいって思ってたんすよね」
「徹底してんなー」
「そうよー。円満に抜けるために俺がどんだけ手をかけてきたと思ってんの。それをあのばばあ……」
そりゃまた、随分手をかけてんな。初期アバター好きなんだなーと思ってたけどそういう話だったのか。そういえばおるは固定挨拶にもゼロプロの名前は入っていない。
契約の円満解消を前提にこんだけ準備してたんなら、そりゃあんな形で契約ぶっちぎってきたらキレるだろうな。
「それは随分労力をかけたな……おるさん」
「んー?」
「ゼロプロの知財契約は部分保留型なので、古いアバターの配信成果はおるさんのものです。残せますよ」
…………え?
「「「え?」」」
「契約文こうなってるんじゃないですか?」
「まって、待って今見る…………え、あ、なってる。ってかそれゼロプロの契約書?」
「ええ。うちもゼロプロから所属を願われたことがあるので、知財の扱いにかかる部分は検討のために貰ってあります」
ロイドはしれっと言ってのけたけど。
え、まじで言ってる?
「そもそも知的財産周りは過去にトラブルが多すぎて色々規制が強くなっていて、最近は企業側があまり強い権利で買い取らないのが普通です。部分保留のない完全な帰属契約は後から無効になった事例もあるので、まともな企業ならまずやりたがりません」
「「え、ええ……」」
今ってそんな感じなの?
ロイドに睨まれた。あ、はい、任せっぱなしですみません……。
「本格的な商品化権の移行周りは流石に正規の弁護士をつけたほうが良いんだが…リーダー」
「いいよ、うちの弁護士に頼もうか」
「悪くね?」
「こっからはもう共同体だろ。変な遠慮すんな」
最悪転生かなと思ってたけど、こりゃ大分話が早いな。
「そんでな、おる」
「はいはい?」
「他のメンバーは、まあ琥珀の窓とセリスには声かけんだけど」
「うん」
「そっちは最悪入らなくてもいいんだ。入ってからなんかあって卒業って形になってもいいと思ってる」
「そうね」
「でも、お前が抜けたらこの話は立ち行かねーんだわ」
100万人チャンネルが加入して看板になることが、この話の大前提だ。
本体だろうが転生体だろうが、こいつの人気なしには立ち行かない。
「わーってますよ。どうする?一筆書く?」
「書いてほしいけど、書くのはこれだ」
用意していた書類を渡す。
「お前、うちの社員になれ」
「――――あの、俺会社法とかあんま詳しくないんだけどさ」
おるは渡した書類を矯めつ眇めつ眺めた。横から見ても文章は変わんねーよ。
「おう」
「合同会社の"社員"って、一般的な株式会社の役員のことで合ってる?」
「会社の原資の出資者のことで、かつ会社の業務執行権や代表権を持つ人間です。株式会社の、株主と役員を合わせたものですね」
ロイの説明に、おるは頭をぐるぐると回した。
こういう時株主総会とか無視して俺とロイの二人で全て決定できるのは合同会社のいいとこだな。今後はここにおるも加わることになる。
「――――まじで言ってる?」
「大真面目に言ってる。悪いけど代表の名前はやれん。俺とロイドの下だな」
「それはそうだろうけど。え、待って本気で言ってる?」
「だから本気だって。会社の決定権の一票をお前に渡す。その代わりお前の名前と人生とカネの一部を会社によこせ。これはそういう契約書だ」
まあカネについては気持ち程度出資してくれればそれでいい。会社役員レベルになると簡単にやめられないということが大切だから。
おるは書類をしばらく眺めた後、
「あの、ここに来て逃げたりはしないんだけど、流石に酒入ってないときに全部読んでからのサインでいい?」
「酒は後って言ったのに勝手に開けたのお前だろうがよ……。別にこの場でサイン欲しいとは思ってないよ。渡しておくからリーガルチェックなりなんなり好きにかけてくれ」
「さんきゅー」
書類をカバンに仕舞い、もう一度ワインを飲んだ。
「ねころさんはどうしますか?」
「あのね、流石に会社役員は勘弁して欲しい」
「社員でもいいよ?業務執行権限を持たない、いわゆる株主的な社員枠も作れるし」
「か ん べ ん し て く だ さ い」
まあ、そうよね。
「今まで通りフリーでおるの手伝いするのと、うちの従業員になるのだったらどっちがいい?」
「従業員で」
「あら意外」
就職したくないんかと思ってたわ。
「ゼロプロはいつか辞めるだろうと思ってたんで、就職するのはどうかなーと思ってたんすけど……いい加減親戚が就職しろとうるさくて……」
「あー……」
ねころの実家結構田舎だもんな。そういうのもあるのね。
「役職なしの平従業員的なので全然いいんだけど、名刺にできれば芸能っぽくない部署名が欲しい」
「OK、最高技術責任者でいい?」
「ちょっと待って?」
「というのは冗談として、内部にIT技術者は欲しかったからちょうどいい。そのへんで役職準備するね」
「まじで仰々しい役職はご勘弁しろください」
「わかったわかった、そっちは別途書類作るからちょっと待ってくれな」
っし。話はだいたい終わったな。
さて、酒入れよ。シラフで話すのムリ。




