閑話 魯魚亥豕
「セリス」
ギルドで倉庫を眺めていたら、後ろからロイドさんが話しかけてきた。
「今暇か?」
「はい、暇ですよ」
「素材を取りに行きたいんだが、タンクをやってもらえないだろうか」
ロイドさんからタンクを依頼されることは珍しい。いつもリーダーさんと一緒にいるから、私の出番が来ることはほとんどない。
「構いませんが……リーダーさんはいらっしゃらないんですか?」
「今日は外仕事で夜までいない」
「なるほどです。ファイターがいいですかね」
今日はグライドさんもいないし、それで私か。
キャラクターを選択すると髪の色がしゅるりとピンクに変わる。
純粋にタンクをやるならソードマンも作った方がいいのかなと思いつつ、結局未だにファイター1枚で、ソードマンは作っていない。
リーダーさんがいると、ソードマンが必要な場面はあまりないんだよな。でもたまに受ける方のタンクをやるとやはりファイターよりソードマンの方が固くていいなという気持ちにはなる。今度相談してみようか。
「助かる。騒がしい宵闇の森で、音を食む濡れ羽根を取る」
「煽り烏ですか……了解です」
ノイジーノイジーレイヴン。
宵闇の森が、宵闇といういかにも静かそうな名称に反して「騒がしい」なんていう枕が付いている原因の害鳥だ。
プレイヤーを見つけるととにかく鳴き叫ぶ。森林フィールドなので周囲にはそれなりの数の敵がいるのだけど、鳴き声で周囲の敵がアクティブになるので囲まれやすい。さらに鳴き声には攻撃アップバフ効果があり、あれが鳴いている間は敵が強く、かつ非常に好戦的になる。
ノイジーノイジーレイヴン自身は空から全く降りてこず、ただずっと上空で鳴き散らかしている。
ついたあだ名は煽り烏。
斬突打の全てに中耐性があり、倒すには魔法系火力が必要という、無視すると非常に面倒なくせに、倒すなら倒すでこれまた面倒な、嫌いなモンスター投票でぶっちぎりの一位を冠する通常モンスターだ。
「落とす素材が有用なのがさらにタチが悪い」とはサポートメンバーのぎんがーさんの言葉である。
「あれから落ちる素材が隠密素材っていうのが、本当に意味不明ですよね……」
「隠密という言葉の対極にいると思うんだがな……。まぁ、敵から敵の対策素材がドロップするのはよくある設計ではあるのだが」
隠密外套を着用して森の外周に立つ。
遠くの上空ではノイジーノイジーレイヴンが何やら騒ぎ立てている様子が見えた。多分誰か戦闘中なのだろう。
「目標数は20だが、行けそうなら上限はなしでいいか?」
「はい、大丈夫です」
過去世界側の村防衛タワーディフェンスで、隠密スキルや隠密装備を装着していると非常に危険だ。そのプレイヤー一人で本当に崩壊しかねない。
だけど光の壁が消える時間が7分31秒で、村から普通に戦闘しながら壁を越えようとすると、敵の密集具合などによっては到着できないことがある。
ということで、ボスに特攻するチームは間を取って隠密ポーションで隠密を付与するのがいいだろう、という結論が出ている。
今まで隠密は必要なら装備に付与するのが一般的で、サザンクロスもあまり隠密ポーション向け素材のストックがなかった。
そんな話をしながら森の中を歩く。
騒がしい宵闇の森は推奨レベル170、ソロなら190と言われている。敵のレベルは単体なら170くらいなのだけど、とにかく数が多くて見つかると騒がれて囲まれる。
「隠密のまま倒しきれるといいんだがな」
「ちょっと難しいですよね。ご無理なさらず」
隠密の解除条件はダメージを貰う、または攻撃した対象の生存。
ロイドさんが常に一撃で煽り烏を倒せれば問題ないのだけれど、相手も動きますからね。カス当たりで煽り烏が生存してしまうと騒ぎ出しますから……。
3羽ほど狙撃を成功させて落としたのだけれど、4羽目が当たる直前に横に移動してしまい、攻撃がカスッた。
ロイドさんの隠密が解除され、煽り烏が騒ぎ出す。
まず周囲から寄ってきたのは……アーマーボアとステューピッグ。猪の親子か。
私の隠密は効いているので猪はまっすぐにロイドさんめがけて走り出す。
そのまま目の前に構えた槍で、串刺しになった。
「すまない」
「いえいえ、煽り烏に全て当てるのは難しいですよ。そのために私がいるわけですし」
煽り烏を落とし、アクティブになってしまったモンスターを一掃した。
安全地帯に移動して装備の確認をする。隠密効果の復活まで……10分か。休憩にはちょうどいいかな。
「あれ?」
「どうかしたか?」
「あ……あ、すみません気のせいでした。同じアイテムがスタックしていない気がして」
「ああ、親猪と子猪がドロップするアイテムは似ているが別物だ」
「ですね。見た目がそっくりだったので勘違いしました」
「奥の湖にいる魚、フーフィッシュからも、そっくりの骨がドロップする」
「……魯魚亥豕ってそういう意味でしたか?」
字形が似ていて書き間違いやすいって意味ではなかったでしたっけ?
「ふ」
ロイドさんが一瞬楽しげに笑った。
「えっと?」
「いや、これが通じたのが初めてで」
「そうなんですか?」
「まあ……あまりメジャーな四字熟語ではないから」
そうですかね?……まぁ、そうかな?魯って常用外でしたっけ?
しばらくアイテムやスキルなどの元ネタの話をして……ロイドさんはその後一度もスキルを外さず、気がつけば結構な数の羽が溜まった。
「終わりにしよう、助かった」
「いえ、結局ほとんど出番はありませんでしたが」
「一人だと外した時がかなり面倒だからな。居てくれるだけで心理的に大分軽い」
「なら良かったです」
ロイドさんはしばらくこちらを見て、それから言った。
「……リーダーが」
「え、あ、はい?」
「プレゼントを気に入って貰えなかったかもと言っていて」
「え?…………あ、ああ――あの、配信とかに映って何か言われるのが嫌で、今はお部屋に飾っています。あの、気に入らないとかでは全然なくて、可愛くて好きです」
「そうか、ならよかった。あー……その、今更だが、誕生日おめでとう」
「メッセージで言って頂きましたけどね。ありがとうございます」
当日の11時直前くらいにメッセージは来ていた。
多分リーダーさんと一緒に配信後に来てくださったのだろう。
「プレゼントも用意していたんだが」
「いえ、あの、いいですよ?」
「友人の成人祝いに何もしないというのも、違うかなと」
「え、あ、ありがとう、ございます」
友人。
そっか、ロイドさんにちゃんとそう思っていただけていたんだな。よかった。
「用意していたものよりも喜びそうなものを知って、良かったらそちらを渡そうかと」
「喜び、そうなもの……?」
特に欲しいものとかはないのですが……ロイドさんに何が喜びそうと思われているのかは、少し気になる。何だろうか。
てててん♪
ギルド通知?
開いた通知に書かれていた内容に、思わず崩れ落ちた。
知ったってどこで?動画?誰か撮ってた?いや、えっと、嬉しいです、本当に、本当に恥ずかしいだけで……。
「まぁ、いらないようならべつのものを「謹んで拝領いたします」……うん」
被せるように言ってしまった言葉に、ロイドさんが苦笑した。
いえ、はい、あの……間違いなく今一番欲しかったものです…………。
「まぁ、ほどほどにな」
「……………………………………善処します」
非常に長い空白からの微妙な回答に、ロイドさんはもう一度笑った。
後日ペットルームでもふもふに埋まるセリスが目撃される。
※魯魚亥豕は多分漢検準1級配当




