20-6.眠れぬ夜のプレゼント
お誕生日会は慌ただしく閉幕し、予定より大分早くログアウトした。
特に意味もなく出産について調べてみたら、初産の出産にかかる時間は10時間以上という情報も出てきて、兎にも角にも一旦眠ろうと思ったのだけど、寝付けなかった。
何度もねむ蝉さんやニャオ姉さんのつぶやいたーを覗き込むけれど、当たり前に動きはない。
落ち着かない。
私が今心配したって何も変わらないことは分かっているのだけれど、心がそわそわして、なんだかじっとしていられない。
結局数時間ほどごろごろして、深夜の2時という半端な時間に、もう何もしないよりは素材採取にでも行こうと思い立ってEFOにログインした。
ギルドの談話室に入ると、リーダーさんがなにか作業をされていた。
「あれ、セリス?」
「あ、えっと……お疲れさまです?」
「お疲れ様。なんかそっちも大変だったみたいだね」
「聞きましたか」
「いやー……ほら、11時くらいまでいるって言ってたろ?」
……あ。言いました、メールで……。
「10時過ぎに配信終わって顔出したらもうほとんど人がいなくて…何事かと思ったよね」
「すみません、あの、頭がそこまで回ってなくて」
「いやいいんだよ。セリスがこんな時間にいるのは珍しいけど、どうした?寝れなかったか?」
「あ、はい。なんか……落ち着かなくて」
「似たようなのが何人かいるよ。ドドンガが乱獲するって出かけてて、ニンカはさっきから錬金配信してる」
「ああ、そうなんですね」
自分だけではなかったことに安堵して、ほっと息を吐いた。
「どうする?なんかするなら行ってきていいし、喋り相手が欲しいなら付き合うよ」
「え、っと……」
「――座ったら?」
「あ、はい。おじゃま、します」
正面の席に腰掛ける。
リーダーさんはなにかいじっていた画面を閉じてこちらに微笑った。
「リーダーさんは落ち着いてらっしゃいますね」
「んー、まあ、ねむ蝉がちゃんと病院連れてったんなら、心配することはないよ。これが家に1人でいたとかだったら心配するけどね」
「あ……、そう、ですね」
「うん。即応できる家族がいて、すぐに状況共有できて、病院行ったんでしょ。天気もいいし、台風とかも来てないし。夜だったのはいっそ暑すぎなくていいんじゃない?熱中症の心配もなさそう」
ぽんぽんと状況を列挙すれば、確かに心配することはなにもない。
出産そのものが大事なことに変わりはないけれど、その中では良さそうだ。
「そっか……そうですね」
「まあ、姉さんの時の感じだと何か連絡来るのは早くても明日の朝とか、場合によっては昼過ぎるんじゃないかな」
「お姉様はお子さんいらっしゃるんでしたっけ」
「うん、姪っ子と甥っ子が1人ずつ。子どもはすーぐ大きくなるねえ。なんか姪っ子が会う度に別人みたいにできることが増えてんだよな」
深夜だからか、リーダーさんはいつもより落ち着いた静かな声でゆっくりと喋っている。
「リーダーさんは、なにかしているところでしたか?」
「んー、まあ色々連絡取ったり、調べ事したり。さっきまではぽこぽこと無卿がいたから喋ってたよ」
「眠くないですか?」
「実は配信前にちょっと昼寝しようと思ったらなんか気づいたらガッツリ寝ちゃって…全然眠くない」
「昼夜が逆転しちゃいそうですね」
「配信者なんてそんなもんだよ。あー、ロイドみたいな例外はいるけど」
「ロイドさんは逆転しないんですか?」
「あいつは全然だね。昼寝しても夜も寝れるタイプだから、ちょっとリズム崩れてもすぐ持ち直す」
「羨ましいですね。私寝付きが悪いので」
「そうなんだ?いつも日付変わる前には落ちてるよね」
「まあ…寝る時間は確保しようとはしてます」
生活のリズムが崩れると本当に全然直せないので、気をつけてはいた。今日みたいに、気をつけてもどうにもならないこともあるけれど。
あと私がいると深夜配信ができないので、そこも少し気にしていた。企画に呼ばれたわけでないのなら映り込みは問題ないらしいのだけど、やはり気になってしまう。
「少し落ち着いた?」
ぽつりぽつりとおしゃべりをして少しした頃、リーダーさんが言った。
「え?……あ、はい。ありがとうございます」
「いや俺はなんも。――――セリス」
「はい」
「日付超えちゃったけど、誕生日おめでとう」
フレンド:リーダー から プレゼント が届きました。
「え、あ……あり、がとう、ございます」
恐る恐るプレゼントボックスを開く。
課金アイテムでは……なさそう、よかった。
「そんな”よかった課金パックじゃなかった”みたいな顔しないでよ」
「え、そんなに顔に出てましたか?」
「ただのカマかけだけど、思ってたんね?」
「あ、あう…いや、あれはリーダーさんが悪いじゃないですか……」
「言い返せないけどもw」
アイテムは……狂い咲きのクロウエア(イヤリング)?あ、アバターですね。
クロウエアの花が、白から濃いピンクにグラデーションになるように3つ連なった耳飾り衣装だ。
「クロウエア」
「そ。まあ、贈るならこれかなって。一周年記念イベントで作れたやつなんだけど、一周年のときはセリスまだEFOやってなかったって言ってたから、持ってないかなって」
「持ってないです。可愛いですね」
装着してみる。あ、しまった着けると自分で見れない。えーと鏡、は、さすがに手持ちにはないな。
「どうでしょうか?」
ちゃり、と触れた感覚は少し硬質で、頭を揺らすと耳の下に何か揺れている。こういうアバターは普段付けないので似合うかどうかよく分からない。
「うん、似合うよ」
「あ……えと、ありがとう、ございます」
その言葉に、何となく気まずく視線を逸らしてしまった。
微妙な沈黙。
「――――あ、あのっ」
「あー、うん?」
「ち、ちょっと落ち着いたのでっ、今日は、もう落ちます」
「あ、うん、了解。えーと、おやすみ」
「はい、ありがとうございました。あの、おやすみ、なさい」
リーダーさんの顔を見れないままそそくさとログアウトを選択してVRポッドを抜け出して、ベッドに潜り込んだ。
そっと耳に触れると、先程までそこにあった硬い感触はなくて、――――ただ、多分いつもより熱かった。
一周年特設フィールド『狂い咲きの島』
多種多様な花々が狂い咲く島。採取した花は全て「狂い咲きの○○」という素材になり、花に関するアバター、ハウジングアイテムを作成できるイベントだった。
クロウエア
5つの花弁が星型に広がる花。別名サザンクロス。




