閑話 霊峰のボス倒しに行く - トラ小屋
リスナー視点
曇り空の下で、その巨鳥は透けるような薄青の翼を大きく広げた。
氷を纏った霊峰の主、グラン・クルーデ・ドムナ。
始めて対面したレイドボスに、一行は吹雪に巻かれ、突風に吹き飛ばされ、戦線はぐちゃぐちゃになり、落っこちてきたドデカい氷の塊に押しつぶされ。
そんなこんなで挑んだトラたち3パーティ18人はわりとあっさり敗北した。
風切羽は使わずにさくっと近場のタウンに戻り、全員でワイワイと感想を言い合う中、しばらく黙っていたトラが突然『っし』と言った。
『行けそうだな』
どこが?
配信コメントがそれ一色になった。俺も入れた。どこが?いけそう要素あった?
ざっくりしたことを数言ハムに伝えたかと思うと、ハムがテキパキと全体に装備指示を出していく。
耐氷装備から吹き飛ばし軽減へ。耐氷はポーションでつけるらしい。
高耐性ポーションって効果時間5分とかじゃないっけ?5分で勝てんの?
周りのメンバーがあんまり見ないタイプの装備に続々と変わっていく。
ほうほう、そのコートに耐風効果があるの。毎度解説コメント助かる。トラ小屋はトラが基本的にあんま解説してくれないせいでコメント欄が実に洗練されている。うん、そのブーツが吹っ飛び軽減なのは知ってる。へえ、その杖にそんな効果が。
あ、ごめんトラの話聞いてなかった。なんて?もう行くの?
そして4度目のチャレンジ。
火力後衛10人、ビショップ4人、サポート型奇術師3人、そしてファイター1人の総勢18人。
敵意の塊に反応して最大ヘイトはトラ。
初手奇術の時間からの、山のようなバフが飛ぶ。
おお、本気だ。さっきまで奇術の時間は打ってなかった。
バフエフェクトが終わり、今度は道中で雑魚狩りして溜めてきた奥義が飛び交う。
本来は武器覚醒上級奥義を使うと誰かヘイトを持っていきかねないところだけど、トラは下級奥義を三連打するのでヘイトを保っている。
ライブ配信してるから、そろそろ大規模ギルドが攻略に来るかもしれない頃だ。時間的にはこれか、この次あたりが独占攻略の限界だろう。
上位ギルドが36人引っさげてきたら流石に初回クリアは取られかねない。
画面ではクールタイムの長いスキルや一日の使用回数に制限のあるスキルがバンバン飛んでいるので、トラたちもこれがラストアタックのつもりなんだろう。
大量の魔法と矢が飛ぶ。
一瞬別プレイヤーに向いたヘイトをハムが広域回復で奪う。ハムに向かって放たれた氷の礫をトラが全てたたき落とした。
からの、このゆびとまれ、百裂拳、ヘイト奪取、ジャスガ。
やばい呼吸止まりそう、ハラハラする。
広域吹き飛ばし、だけど全員ガチ吹き飛ばし耐性装備なので大丈夫。からのドデカい氷の塊が空に生成される。
炎系魔法職が全力で氷に魔法を当て続ける。おお、初回よりも大分氷が小さい気がする!効いてる効いてる!
トラの頭上に落下した氷塊を……おおお!盾変わった!巨人の小盾で、ジャスガ!ハムの女神の息吹、からの……
『伸びよ、貫け、咲き誇れ』
ホーリーベール、プロテクション、後方からホーリーベール、ハイプロ、なんちゃらヒール、マジックシールド…。女神の息吹の過剰回復で最大ヘイトを取ってるハムを周囲が全力で守っている。頑張れ、頑張れ!ハムを落とすと後でトラが微妙に怖いぞ!
『竜舌蘭』
突き出した槍から放たれた覚醒技で、グラン・クルーデ・ドムナは甲高い鳴き声を上げて……
ゆっくりと、地面に落ちた。
<ワールドアナウンス:霊峰の主 が討伐されました>
MVP:トラキチ(サザンクロス)
ダメージランキング
1位:トラキチ(サザンクロス)
2位:けんのさや(サザンクロス)
3位:ブルーブルーブルー(サザンクロス)
サポートランキング
1位:ボンレスハム(サザンクロス)
2位:トラキチ(サザンクロス)
3位:マウンテンロスト(サザンクロス)
「いやったあああああああああ!初クリア!ワールドアナウンスとったどおおおおおおおおおお!!!!!っとうわっ、いてっあばっ」
勝鬨を上げた拍子に勢い余って椅子からすっ転びそうになって足を強打した。でもそんなことはどうでもいいのだ!
やったあああああ!トラ小屋チームだけでとったああああああ!嬉しい!スペチャしちゃう!
『おや』
『ああ"?』
『見たことのない素材のオンパレードですね』
『そうかよ』
『ええ、びっくり箱が喜びそうです』
あー、ハムからびっくり箱の名前が出ると、こいつもサザンクロスに入ったんだな~って気持ちになるねぇ。合流できてほんと良かったわ。ところでドロップ品の一覧くらい見せてくれても良くない?見せてよ。見たいよ。
そんなコメントはサクッと無視して、トラは『撤収』とだけ声をかけると、一瞬画面にしっしと手を振って配信が終了した。
いやー、手に汗握る戦いだった。イベント配信たんのしー。
さーて、トラの配信も終わったことだし、俺もEFO入るか。
どこぞの結婚式も終わったらしいから、転送石復旧もぼちぼち終わりそうかねえ。
楽しさに浮足立ちながらVRヘッドギアを装着。フルダイヴの浮遊感が気持ちとリンクして、いつも通りのそれすらちょっと楽しかった。
――――どこぞのイベントブッチ結婚野郎がクエストの順番までブッチしていると知るまで、あと1時間。




