閑話 あの日の面影
サザンクロスで話題になっている動画がある、と旦那様が教えてくれて、夜に娘の寝かしつけを終えて動画を開いた。
画面に映っているのは巨大なハンマーを振り回すボスっぽい敵と、そこに走っていく桃色の髪の女の子と、金髪の大柄な男性と、緑色の髪の……男性?それから茶色の髪の槍を持った男性。
背後から飛んだ矢が正確にボスの目を貫いて、画面隅に映っていた槍がボスを串刺した。
あっさり終わるのかと思ったボス戦は、ボスのHPがみるみる回復して振り出しに戻った。
EFOはやっていないのでゲーム的な詳細はわからないけれど、まあ、世間一般で言うところのギミックボスというやつなんだろう。ギミックを教えてくれるはずのNPCを無視してここまで来たらしい会話をしている。
……ロイ君がいない。どうなってるんだろう?
しばらく膠着して竜巻を殴ってみたり本体を殴ってみたりする時間が続いて、桃色の髪の女の子――たぶんセリスちゃんが、金髪の大男の方へ走り出す。
なにかの怒号が飛ぶ。
少女が竜巻に巻き込まれてぶわりと飛び上がる。
なにか派手なスキルが発動して、ボスのHP表示が砕け散った。
少女の唇が動く。その瞬間に最後の風が吹いて、煽られた彼女が吹き飛んだ。
――――クイックダッシュ!
理人の声がする。
視界が線になるほどの速度で移動した先は彼女の着弾地点。
投げ捨てた槍が地面に落ちる音。ひらりとスカート……これ水着?を揺らして降ってきた彼女を理人のキャラクターが受け止めて、そのまますっ転んで地面を滑った。
理人は彼女を膝に抱えたまま、ボスの方を見ていて。
ボスがどんどん年老いた老人になっていって。
少しだけお祖父様に似ている笑顔を残して、ふっと消えた。
――――リーダーさん……
――――ん?
――――あの……手を、離して、いただけると……
――――――――うぉわ!?ごめん!!!!!
ラブコメか?
「少し燃えてるらしいよ」
ゆきくんが楽しそうに言う。
「理人は別に、アイドル売りじゃないでしょうに」
「ロイ君とのペアが人気だからね」
「腐るのは裏でやんなさいよ」
あの子、女嫌いだけど、別に男が好きなわけじゃないでしょ。
「おねーちゃん的には、どうなの?」
「何がー?」
「セリスさん。紬さんだっけ?」
「理人が好きなら外野が何を言おうとくっつけばいいし、理人が嫌なら誰がなんと言おうと引き剥がすわよ」
コメント欄のダメだろう発言に片っ端から通報ボタンを押していく。
誕生日の後に過激発言者が一気に弾き出されたので多少は治安が良くなったけど、完全には消えないわね。
「理人くんはなんて?」
「理人からは何も聞いてないわ。お母様経由ロイ君から聞いた感じ、くっついたって雰囲気じゃないみたいだけど」
「へえ」
「まあ、覚悟決めるには少し時間かかるんじゃない?あの子は臆病だから」
「そっかー。おすすめのデートスポットとか共有したいんだけどなぁ」
ゆきくんはホント、恋愛話が好きね。
そういうところも好きだけど。
「ゆきくんのおすすめ、体動かすところばっかりじゃない」
「ダメ?」
「理人は好きそうだけど、セリスちゃんが好きかは分からないわよ?」
「うーん……他のところも仕入れとくか」
「仕入れてどうすんのよ」
「絵理奈とのデートで行くんだよ?」
「お調子者」
隣に座ったゆきくんの肩に頭を預ける。
「どんな選択をしても、あたしは理人の味方よ」
「知ってるよ。だから僕も理人くんの味方」
「……ありがと」
どうにも締まらない動画が終わり、自動再生で次の動画が流れ始める。
…………結婚?
「はぁ?」
「ああ、これも話題になってるよ。理人くんとロイくんが結婚だって」
「なんでそんな事になってんのよ……」
「EFOの結婚でもらえるアイテムが、遠くにいても合流できるアクセサリーなんだって」
「ああ……ロイ君置いてったの?別行動じゃなくて?」
「らしいよ、アーカイブ長いから僕も見てないんだけど」
「ハタ君に短めで編集しといてって言っとかなきゃ」
畑下くんも大変だ、とゆきくんが笑う。
まあ、彼はそのあたりのツボは抑えているから、多分もう編集に入っているんじゃないかしら。仕事だし。
忙しくないかと聞いたら、不動産営業をやっていたときのほうが忙しかったと笑っていた。
その隣で理人が「有給の時季指定を使うことになるとは思わなかった」と微妙に苦い顔をしていたけど、ちゃんと休んでるのかしら。
……まあ、ゲームの結婚相手がロイ君なのは仕方ないか。
ゲームの理人のアバターはリアルとは違う金髪碧眼で。
だけどその笑顔は、ロイっていうクラスメイトと遊ぶのが楽しい、と久々に笑ってくれたあの時の面影を残していた。




