閑話 水着アバター着用中
無卿視点
ゆるくウェーブを描く長い金髪。
フリルの隙間から伸びるすらりとした腕。
パレオから覗く脚の先には繊細な飾りのミュールを履いている。
「おお~~~」
「どう?」
目の前の彼は今年も今年とて、レディース水着アバターを着用していた。
「いやまじで、毎回思うけどそのキャラメイクだと女にしか見えんわ」
プレイヤー名ぽこぽこ。身長160cmという男の中ではかなり小さい、女性の中に入ってもさほど背が高いことにならない彼は、キャラクターの顔を限りなく女顔にしたサブキャラを保有している。
EFOのアバターは男女関係なく着用できるので、課金アバターが出るたびに購入してはこうしてファッションショーをしている。
リアルでもレディースコスプレをしていた時期があるらしい。VRが出てからはリアルではやっていないと言っていた。
「やっぱVR女装はいいねえ」
「違う?」
「ぜんっぜん違う。俺結構関節がゴツいから、リアルでやると関節隠すのが大変なのよ。こういう肘とか膝が出る水着はむずかしい」
ほーん、なるほどねえ。
「無卿はやんないの?」
「170オーバーのヤローがやってもそんな楽しくねーっしょ」
「えー、楽しいよ。すらっとして節の少ない感じのキャラメイクして、無卿ならすこーし目のあたりいじったら長身美女になるって」
「言いたいことは分かるけど自分で着る趣味ねーのよ」
PC版MMOをやっていた時代は女キャラだって使っていたし、コンシューマゲームでは女性主人公を選択することも多かったけど、それは自分がそのキャラを見る立場だからであって、別に自分が女になりたいわけではないんだよ。
EFOは男性向けアバターもかなり凝っていて、女キャラのが優遇されてるよなー感はかなり低いので、そういう意味でもあまり女性型を作る気にはなれない。
見てる分には楽しいから、女装キャラもいいと思ってるけどね。長身美女ってリアルにはそんなにいないし。
「なにやってんす………………ああ、ぽこか」
ログインしてきたグライドが一瞬固まって、それから正体に気付いて近場の椅子に座った。
『ぽこぽこです、よろしくおねがいしますね』
「ミックスボイスやめろwwww」
「いやー最近やってなかったからイマイチだわw」
「結構それっぽかったっすよ~」
VRのミックスボイス、リアルより難しいからなー。ぽこはリアルだとまじで目を瞑っていると分からないレベルの女声が出る。
歌ってみたに一度誘ったんだけど、本当にリズム感が終わっていて金を取らない範囲のレッスンで矯正できるレベルじゃなかったので諦めた。
「今年は水着がガチャじゃないからお財布に優しい……」
「去年、ひどかったからな……」
「錬金配信中に最後の一着が出た時は本気でニンカ拝んだわ」
絶対ただの偶然だけど、錬金配信の信者が消えない所以だよな。本人めっちゃ嫌そうだけど。
「そういやグライド一人?ニンカは?」
「今日は病院。夜は入るって言ってました」
「なるる。試験はもう終わったのよね?」
「終わりましたよ。後は野となれ山となれっす」
「それはダメなヤツww」
うーん、ニンカが勉強苦手なのは知ってるけど、それは本当に大丈夫なのか?
「ニンカずーっと水着だけど、彼氏さん的にはどうなの?」
「EFO内だけなら自由にすりゃいいと思ってますよ」
「ほーん」
意外。
「あいつ、リアルで着れない服着るの大好きなんで。過激発言は片っ端から通報してるんでそろそろ減ると思います」
「ああ……なるほど……」
ニンカはちっちゃくてスレンダーな女の子だから、水着着ると妖精チックでかなりかわいいからなぁ。彼氏も大変だ。
「たまにきぐるみアバター着てんのって、なんか罰ゲームとかじゃなくてガチで好きで着てんの?」
「そうっすよ。つなぎ系とか、足の出るスカートとか短パンとか、背中側に装飾の多い服もそうっすね」
「あー」
「まあガチャ運アレなんであんまり種類は持ってないんすけど」
「「あ~……」」
ぽこぽこと声が完全に被ってしまった。
いやまぁなぁ。なーるほどねー。ガチャ運ねえ。
「ってのをこの間配信で話したら意味わかんない量のアバタープレゼントが届いちゃって、まあまあ大変なことになってます」
「そりゃそうだろ」
「もしかしたら贈与税かかるかもってことでちょっと調べてもらってます……」
「そのレベルかー…」
いやーでも気持ちは分かるなー。俺も好きなライバーの配信でその話聞いたらアバターとかあげちゃうかも。
「水着アバターとか、去年一昨年のやつまで全部揃う勢いで……」
「去年一昨年って全部ガチャだもんな〜」
「ファッションショーでもすんの?」
「ファンサ的にはしたほうがいいでしょうけど、やったら増えそうでそれも困る」
「そうな…」
「受け取らないで返す選択肢も含めて、今相談中っす」
「返すなら返すで面倒よな」
「そうですね。割と返却できないこともあるらしくて、それもどうすっかなーと…」
「リーダーとセリスはどうしてんだっけ?」
多分アバタープレゼントはあの二人が多いだろうけど。
「リーダーはもらったものリスト化して税理士に投げてるらしいです。EFOのプレゼントがあってもなくても贈与税かかるらしいんで」
「リーダーのとこの税理士まじで大変そうよな」
「ほんとに」
「セリスさんは受け取らないって宣言してるんで、返却試みて、返却できなかったログを残して、返せなかった分は全部ユーザーマーケットに放流してるらしいっす。売却益全部ギルドに入れてるって聞きました」
「律儀。こっそり受け取っちゃえばいいのに」
「まあ、セリスさんなんで」
そうな。
「セリスちゃんといえばさー」
アバターの細かいところをいじっていたぽこぽこが言う。
「アレ、自前なのかね?」
「…………」
「……………………」
うーん……、とりあえずウィスパー入れようか。
「で、どう思う?」
「そうな…」
現状VRアバターの高さを変えることは、強く非推奨とされている。EFOでは簡易生体スキャン結果を提出したら身長は変えられない。
だけど、太さは多少変更できる。俺はやってないから知らないけど、あんまり変えすぎると警告が出るらしいから、それほど変えられないって聞くけどね。
一般には腹のあたりを細くする人が多いけど、一部の女性に一部を太くする人は、まあ、いる。
その上で、セリス、セリスねえ……。
一般的な衣装アバターや和風装備を着ていたときにも大きいなとは思っていたのだけど、水着アバターを見るとかなり目を引く大きさだった。
でもまあ、
「セリスがサイズいじってることは、ないんじゃないか?」
「アレで?」
「アレで」
「その心は?」
「体格の変更ってオプショナルだから、設定項目わかりにくいとこにあるだろ」
「あー」
「EFO始めた初期の彼女がその項目をいじれると思えない」
メッセージ着信音の設定方法が分からなくて半日鳴らしてたとかいう噂の彼女が、なんなら最近ですらギルド設定の招待コード破棄の方法を調べられなかった彼女が、どちらかというと非推奨寄りの体格変更を行うとは考えにくい。
「つまり、自前か……」
「楽しんでるニンカとニャオ姉には悪いんだけど、ちょっと目の保養すぎるんだよなぁ」
「ニンカもニャオ姉も細い系だから、可愛いけどすっごい目のやりどころに困る感じではないからな……」
「絶対上着脱がないの正直助かってます」
グラビアとかなら気にならないけど、流石に目の前にアレあるとなんというか、ちょっと困るよね。
「あ、グライドさん」
「うっぶっべ、ば」
「ひゅあ!?」
「あっ、あ!セーフ!ウィスパー!」
「よかった!入れててまじ良かった!」
「……?あ、お話し中ですか?」
藍色の髪を揺らしたセリスが、困ったように首をかしげた。
「かいじょかいじょ。えーと、おつおつ。大丈夫よ」
「あ、なんかすみません……あの、グライドさん、ニンカさんのログイン時間ってわかりますか?」
「あ、ああ……今日病院の日だから、夕飯とか終わったあとになると思います。20時過ぎかな」
「そうなんですね、わかりました。あの、お邪魔しちゃってすみません」
「いや、馬鹿話してただけだから大丈夫」
内心冷や汗をだくだくとかき、視界の隅に心拍数急上昇のアラートを出しつつ、配信とコンサートで鍛え抜いた笑顔で手を振る。
「ウィスパーなの気づかなくて、すみませんでした。ぽこぽこさんのそっちのアバター、可愛いですね」
「ありがと〜背が低い分これくらいは楽しまないとね!」
「一瞬知らない女性がいるなって思っちゃいました」
「ふへへ、ちょっと嬉しい」
「あ、えっと、すみません、じゃあ、お邪魔しました」
「おう〜」
「おつおつー」
セリスがぺこりと会釈をして遠ざかっていく。しっかり姿が見えなくなったことを確認して。
「提案があるんだけど」
「うん」
「この手の話題は、誰かのルームでやろう……」
男三人で、神妙に頷きあった。




