閑話 琥珀の窓を閉じて
人の少ない20番サーバーへ移動した。
夕暮れから夜に変わる薄墨を溶かしたような空が海に飲み込まれている。
常昼サーバーのブルービーチは同じ様な撮影会をしているプレイヤーが沢山いたけれど、こちらのサーバーにはあまり人がいない。
「ふんっふふんふふん」
隣の六花は楽しげに波打ち際をぱちゃぱちゃと弾いて遊んでいる。
「楽しそうだな」
「楽しいよ~あ、あたしばっかり楽しくてごめん?」
「いや。お前が楽しそうなのが一番嬉しい」
「そう?」
「そう」
リアルでの外出時はやはり緊張するのか、純粋に心から楽しんでいるこの笑顔は、VRでしか見られない。
「んーでも今度グライドも楽しめることしたいなあ」
「EFOじゃないんだけど、この間見かけたホラゲーやりたいんだよな」
「お、いいじゃん夏っぽい。一緒にやろうよ」
「お前ホラー大丈夫か?」
「ゲームはやったことない~。でもホラー映画とかは見るから多分大丈夫」
「そっか。まあ初ホラゲーってのもいいかもな」
「そうそう。どうしてもダメだったら泣き入れて中断も、それはそれで美味しいんじゃない?」
「すっかり配信者思考な」
「まあねー」
本当に配信業として生きていくのならどこか事務所に所属したほうがいいんだろうと思いつつ、ニンカの所属要件は結構難しい。
企業オファーも今のところ俺宛のみか、あるいはよく分かっていなさそうな小規模な所からしか来ていない。
そんな彼女は目の前でひらひらと衣装を変えて遊び始めた。
「その組み合わせいいな」
「これかわいいよねー。セット衣装をバラして着たことってなかったけど、結構面白いねー」
別々のイベント衣装のスカートとカットソーの組み合わせ。しようと思ったことすらないな。特にそのスカートはセット衣装の上下揃いで模様がつながるやつだ。ぶった切ってもかわいいんだな。
こちらも適当に水着から衣装を変えた。
「……えへへ」
「どうした?」
「グライドかっこいいなーって、わっぷ」
ぐしゃぐしゃと少しばかり乱暴に赤い髪をかき乱す。
「照れ隠しが乱暴だと思うんだけど!?」
「照れてない」
「そういうのはぐしゃぐしゃをやめてから言えー!」
小さな妖精がふわりとスカートを揺らして手から逃げていく。
白いスカートがひらりと翻って夜の近づいた世界に浮かんで見える。
その姿を追いかけて走り出せば、彼女もゆっくりと、楽しげに笑いながら逃げ回った。
「捕まえた」
「つかまってあげたんですー」
知ってる。だけど捕まえたんだからいいだろ。
身長差で顎の下くらいまでしか背のない彼女は、腕の中にすっぽりおさまってこちらを見上げている。
体を屈めて、幸せそうなその笑顔に、吸い込まれるように唇を重ねた。
電気が弾けるような音と痛み。
だけど以前と違って弾かれて体を離すような無様なことはしなくなった。
ゆっくりと顔を離すと、ニンカの苦笑した顔が目の前にある。
「それに慣れちゃうのは、どうなの?」
「……まあ?」
「まあじゃないんだけど」
痛みが来るとわかっていれば案外我慢できるもんで。
「そのうち運営に怒られるよー?」
「まー怒られてから考えるわ」
「まったくもう」
人前にその顔を晒す気はないので、他のプレイヤーから見える場所ではやっていないから、多分まあ、大丈夫だろうけど。
ぴろん♪
「ん」
「どうしたー?」
「いや、びっくり箱からメッセ来た」
「何かプレゼントでも来た?アバター送ってくれそうなコメントあったもんね」
「…………っぽい、けど……」
『アバター募集でもしたんか?』
――――どういう意味だ?




