19-6.葬送
線を越えても他パーティの待機表示は出なかった。一応、レイドではないらしい。
ええ、一応。一応通常ボスですね。
攻撃の物量が完全にレイド戦のそれですけどね!
初手バフの解除、それから突風が全体に吹き荒れた。簡単に体が浮いて分断される。
ハムさん!
ぐるりと回る視界の中で彼女を探せば、トラキチさんが小脇に抱えて飛んでいるのが視界の隅に映った。
体の制御をなんとか保……てずに地面を転がって、岩に背中を打ち付け、HPが削れた。
ボスエリアの壁が光る。一番広いボス戦エリアと同じくらいな気がする。やはり通常ボスなのか。
その内側を無数の細い竜巻がうずまき、煽られた瓦礫がそこら中を飛び回る。竜巻自体も推定ランダムのタイミングでこちらに向かってくきて戦線をかき乱した。
四方八方から襲ってくる雷も軌道が読めない。
中央に鎮座するボルナデラは戦鎚を振り回しているものの、それもプレイヤーを狙ってというふうには見えない。
暴走している?これヘイトとか関係なかったやつですかね。
飛んできた矢が正確にボルナデラの瞳を撃ち抜いた。
ボスHP表示がごそっと削れたのが見て取れた。なんだか、随分柔らかい気がする。
ノックバックや挙動停止はなし。
リーダーさんとぽんすけさんの槍スキルが発動し――――HPは、本当に1ミリだけ残った。
「ギミックボス」
リーダーさんの声が通る。ええ、どう考えても普通の攻撃で討伐は無理ですね。
「勘弁してよ~」
謎解きが苦手だと公言しているぽんすけさんが、焦りに近い声を上げた。
「この物量でギミックはひどくねえ?」
「順当に街を復興して歩いてたらNPCがなにか教えてくれるんですかね」
「それはっ!そうねっ!」
ひとまず一番怪しい周囲の竜巻に攻撃を集中させる。竜巻自体にHPがあればいつか消えるはずだ。
「最後の1を削る専用アイテム」が存在するタイプだと討伐は不可能だけど、どうですかね。さすがにストーリー外のボスでそれはないと信じたいですけど。
竜巻が消えない。風に煽られて吹き飛ばされ続けた影響で、HPが結構悲惨だ。というか竜巻自体にも攻撃判定があるし瓦礫は飛んでくるしでHPは常にごりごりと削れていく。
ヘイト管理が関係なさそうということでハムさんが範囲回復を連打してくれていて、おかげで死亡は免れているけれど。既に女神の息吹も一度切っているし、クールタイム長めの強い回復はそろそろ品切れな気がする。
このメンバーでこれだけ殴って違うのなら、竜巻にはHPはないという結論で良いと思う。
他のメンバーも竜巻を消すことは諦めたようで、本体への攻撃にシフトしている。
ボスのHPは何度も1になり、そして何度もそこで止まってまた回復している。
せめて回復ソースが知りたい。HPロックの後に何が起きている。
またHPが1になる。次の瞬間に――――見えた。
その瞬間に降ってきた雷を避けそこね、私のHPが全損した。
即座に不死鳥の風切羽を使用して立ち上がる。
見えた。見えた。見えた。え、でも、どうやって。
レンジャーで足りるの?というか当たるのか?ねむ蝉さんはさっきから大技を打っていない。おそらく大技がすべて竜巻に飲み込まれている。
あの竜巻の役割は旋風によるダメージ蓄積、吹き飛ばしによる戦列の撹乱と、遠距離スキルの吸収だ。竜巻自体に被弾判定があるので、竜巻に当たった遠距離攻撃はそこで移動モーションが終了してしまい、ボルナデラまで届かない。
ああもう、汎用とか言ってないで細剣で来るべきだった!遊び人系スキルなら竜巻に当たっても移動モーション終わらないのに!
――――ロイドさんがいれば、余裕だったのに……!
「セリス!」
張りのある怒声が私を呼んだ。
黄金の髪の彼の人は、確かにそこだろうという場所で盾を構えて居る。
「飛べ!」
「っ!」
声の主に向かって駆け出す。
「ねむ蝉、ルート確保!」
リーダーさんの声に反応したねむ蝉さんが私の周囲の雷や瓦礫を矢で逸らしていく。助かります!
盾を構えるトラキチさんの後ろに立つ。
武器は一番射程のある槍に。
「まだだ」
瓦礫をジャスガしながら目の前の彼が言う。
体にヒールの緑の光。自分でもエリクサーを使用する。それから防御アップが更新されてアイコンがきらめく。
「まだ、まだ、……いけ」
一瞬だけ屈んだトラキチさんの背中を踏みつけ飛び上がる。
すみませんすみません次はちゃんと細剣で来るので今だけ許してください!
竜巻に巻き込まれて体が浮く。
「伸びよ、貫け、咲き誇れ」
このゲームでは、チャージと溜めは明確に挙動が異なる。
チャージはスキル発動前の状態。スキルが発動していないので普通に自分の意志で移動できるし、発動前なので別のスキルに切り替えることもできる。その代わり集中が切れればチャージも消えるし、吹き飛ばしやノックバックなどの外的要因による強制行動の影響を受ける。
溜めはスキル発動後の停止時間だ。スキル自体は発動しているので他のスキルへの切り替えはできないし、自分の意志で移動できない、殴られ放題だ。だけどすでに発動しているので集中を維持する必要はなく、スキルに割り込むという効果を持っていない限りは吹き飛ばしやノックバックを受けない。
竜舌蘭の前すきは、溜め扱い。
竜巻の旋風、吹き飛ばしをすべて無視して体が自由落下する。竜巻の中を突っ切るので、ダメージ判定やら瓦礫の追突やらでHPが急速に削れていく。プロテクションかなにかが一瞬体を包む。HPは多分ギリギリ、足りそうだ。
ボルナデラは村人にとても慕われているおじい様だったはず。
それなら、埋葬は丁寧にされたことだろう。あの体はおそらくハリボテで、実体はないのだ。
じゃあ彼はどこにいるのか。
埋葬されなかったか、あるいはそのまま副葬品とされたであろう大きな戦鎚。
その中でHPが1になった後に一瞬紫電を発するそこは。
ボルナデラのレアドロップ。
「竜舌蘭」
貴方の戦鎚を支える、柄舌だ。
ばきり、と嫌な感触がした。
無理やり開けた引き出しの留め具が割れるような。引っ張る方向を間違えた箱が壊れるような。あるいは――誰かが大切にしていた宝物を折ってしまったような。
雷を発していた戦鎚が、光をなくして崩れていく。
「――――ごめんなさい」
言葉にした瞬間に突風が吹き荒れた。
「え、あ、わっ!?」
体が浮く。まったく構えていなかったので姿勢が制御できない。
HPは竜巻の中を自由落下したので赤ゲージ。ちらっと見えた地面は遠い。直感的にこれは落下ダメージを受ける高さだとわかる。
ヒールⅡはさっき打ってもらってしまった。プロテクションも受けたばかり。エリクサーは使用直後。あ、これは、死んだかも。
「ク■■■ダ■■■」
「ダブ■■ウェ■■ ヒ■■」
なにか声がする。だめだ、風が耳を切って音が拾えない。視界が回って状況がわからない。倒せた?倒せてない?
地面が急速に近づいてくる。胸の奥がヒュウと縮こまる嫌な感覚がする。とっさに目を閉じて体を丸めた。
背中がなにかにぶつかる感覚。だけど思ったよりは柔らかいなにかに包まれるよう地面を滑って、HPが削れ――HP、思ったより残った。あ、ヒール?ヒール受けた?さっきの声、片方は「二重起動 ヒール」かな?
そっと目を開ける。
視界にまず入ったのは体を支える大きな手。
見上げると、リーダーさんの顔が至近に映った。
息を呑む。
え?……え?どういう状況?なんで?なにが?
真剣な瞳が一点を見つめている。
目線の先を追う。
ボロボロと崩れ落ちる武器を眼の前に、ボルナデラの精悍な大男の姿がみるみる年老いていく。
そしてくしゃりと目元にシワをよせ、こちらに微笑み、
<ワールドアナウンス:ボルナデラの葬送 が果たされました。>




