ハムさんってかっこい……ぃ
三日ほど更新します~。
春から夏に変わる不安定な季節。
EFOでは梅雨イベント中で、毎日決まった時間に必ず雨が降る。――――雨の頻度は高いけれど、通常の不定期雨よりよほど天気が安定しているなとちょっと思う。
ログインしたらちょうど雨時間だったらしい。雨限定のモンスターや素材がそれなりの数あるのでサポートメンバーは採取に出払っていて、談話室にはニンカさんだけだった。
「うっぐぅ」
彼女はなにかウィンドウを見ながら突っ伏していた。
「どうしました?」
「あーセリス〜」
げっそりとした声を出しながらウィンドウを共有してくる。覗き込むと、動画のコメント欄のようだった。
琥珀の窓のコメント欄だ。動画は――錬金配信のアーカイブか。
ガチャ爆死報告、あるいはガチャに成功した報告。にんぐら尊いなどのよくあるコメントの合間に、非表示コメントがある。非表示の状態では視聴者からは表示されないけれど、ニンカさんは配信主なので内容が読める。
「……これは」
虐待仮説についての説明文、のようだ。
「動画内でさー触れるなって話をしたんだけど、なーんか手動BOTチックなのに付きまとわれちゃって……流石にブロックしたんだけどブロックしてもしても湧いてくる……」
ざっと目を通す。そもそも説明が結構間違っているな。元論文読んでないんじゃないだろうか。
……まあ、元論文は小児抑圧仮説であって虐待仮説ではないので、虐待仮説という言い方をしている時点で読んでいないのは確定なんですけども。
抑圧の具体的内容としていじめ・病気・死別・虐待などが挙げられているのだけど、研究元のアメリカでは虐待を受けるような生育環境が十分ではなかった人は基本的に貧乏で高度VRをプレイできる状況になく、検証は不十分であるという結論だった。
他のものについては可能性が高いが、虐待についてはそれによってVR行動適性が上がるかはまだわからない、という趣旨のことが記載されており、日本で紹介されている虐待仮説という言い方は本当に真っ向から論文内容とぶつかる。
「ゴミみたいなコメントですね」
「それな。あたしの小さい頃が抑圧状態だったかって聞かれたらその通りなんだけど、別に虐待じゃないからさ。グライドがガチギレしてて……」
「正当な怒りだと思います。ニンカさんはillnessが該当するはずですから」
「そうそう。たださー、これ配信サイトの仕様なんだけど、虐待をNGワードに設定できないんだよね……」
「あ、ああー!そうですね!」
「虐待」というコメントが多数つくと、巡回AIが動く仕様だ。動物虐待などに該当する動画を早期に発見するためのもので、そのため虐待というのはNGに設定できない特殊ワードになっている。
「一応仮説はNGワードにしたんだけど、みんなやってるからか最近のコメントだとすり抜けられちゃって……。他の人どうしてんだろーって思ってリーダーに聞いたら、有料のモデレーターサービス契約してあとは弁護士に任せたって」
「お金持ち配信者は本当に参考になりませんね」
「そうなんだよ!」
NGが難しい類の過激コメント系を手動で削除してくれるサービス、月額で軽く6桁後半円ですからね……。
個人チャンネル管理というのも大変ですね。
「どうしよーセリス〜。お知恵を〜」
ニンカさんはグライドがぴりぴりしてて怖いんだよーといいながらまたテーブルに突っ伏した。
いやー、配信関係は全然わからないんですよね……。
「――――どうされたんですか?」
ハスキーな声に振り返ると、ハムさんが薄い緑の髪をゆらして立っていた。
「はーむーさーんたすけてー!トラがなにやってるか教えてー!」
「ええと……内容によりますが、お伺いしましょうか?」
「なるほど、結論から言うとトラ小屋では虐待をNGワードに設定しています」
「できないよ!?試したもん!」
「運営に連絡して、コメントの内容が想定される虐待についての話題ではないこと、トラ小屋の配信はゲーム配信のみでリアルタイム性の高い虐待映像等が上ることはないこと、この状況を放置するほうが巡回AIの負荷を無駄に上げてしまって結果的に本物の虐待を見落とす可能性が高くなるという内容を送って、特殊裁定でNGにしてもらっています。期間限定で状況が落ち着き次第NGワードが外れるという旨の連絡は来ていますね」
「な……なる、ほど……?」
「ニンカの場合でしたら、自分がK類障害者である旨を送ればおそらくすぐに特殊裁定が下りますよ。障害者手帳の提示くらいは求められるかもしれませんが」
「それは全然OK!」
ニンカさんが瞳を輝かせて運営への問い合わせページを開きだした。
「サザンクロスは顔出しでの案件も雑談も多いですから、特殊裁定は下りなかったんでしょうね。そうすると弁護士を介して開示請求を送る流れになるのではないでしょうか」
「なるほどです。ハムさんはお詳しいですね」
「このあたりは詳しいものが近くにいますから。周囲に相談したのは正しいですよ。抱え込まなくてよかった」
「ハムさん大人〜!」
ニンカさんが拝む勢いで褒め称える。
本当に、かっこいいし頼りになる方だ。
………………トラ小屋のチャンネル管理権限をお持ちなんですね?いえ聞きませんけれども。聞きませんよ。その笑顔を一度仕舞っていただいて。
「おい」
「ひゃっ!?」
「うぉびっくり!」
「トラ、どうしましたか?」
いつの間にか談話室に入っていたトラキチさんが背後から話しかけてきた。
最近わかるようになった。これはハムさんを呼んでいる「おい」だ。
「イキリアンチがボコしてやるってくっちゃべってるからリスキル祭りしにいくぞ」
「ぅお~い」
「それはだめでは?」
リスキルって、それPvPじゃなくてPKじゃないですか……。
PKは確かゲーム的にペナルティありますよね。
「だめですよトラ」
ハムさんがたしなめるように言う。
「最近のお猿さんは賢いのですから、安全エリアにリスポーンされるとリスキルできないんですから」
ちょっとまってください?
「ッチ、クソうぜえやつらだ」
「ええ。私が行きますから大丈夫ですよ。可能な限り死なせませんから、存分に遊んでください」
「っし、行くぞ」
「ええ、それではお二人とも、失礼しますね」
ハムさんは今日一番の笑顔を浮かべて席を立った。
何も言えなかった……。
「あたしさ」
「……ええ」
「今かなり本気でハムさん大人で常識人でかっこいいなーって思ってたんだけど」
「そうですね、私も思いました」
コメントでたまに見る「ゲキヤバ全肯定マン」って、こういうことなんですね……。
「あの、あれは虐待風景にならないんでしょうか」
「配信はしないでしょ。トラは弱いものいじめ流すの嫌いだし。虐殺だってよっぽど粘着アンチじゃないとしてないよ。――たぶん」
「なる……ほど……」
配信に流れないなら、確かに動画サイト上には虐待映像はないですね……。そういう、問題、なのかな……。
「――――あ」
「どうしました?」
「特殊NGワード、通った」
「え、おめでとうございます」
「ありがとう……なんか釈然としない……」
「まあこの手のって、本人が通報しない限り困ってない判定ですからね」
通報しすぎると管理AIがやりすぎちゃうんですけども。
「グライドさんが落ち着くと良いですね」
「ホントに〜聞いてくれてありがとね!」
「私は本当に何もしていませんが」
「それでも!聞いてくれて嬉しいし!」
ニンカさんが、嬉しそうににへへと笑った。
ちょっと前にXの方に没話を投げ込みました。
気になる方は高鳥瑞穂Xアカウント(@mizuho_takatori)上で「お焚き上げ」で検索してください。




