■-6.偉大な一歩
「分かりました」
話をしたドリアンは至極あっさりとそう言った。
ワークスペースにはドリアンとロイド。びっくり箱は今大変楽しそうに素材狩りに出ている。
今日の素材狩りは業務だよと伝えてある。何時間やるのかは知らない。
「俺が言っといてなんだけど、本当にいいのか?ちゃんと把握してないけど多分百人単位の数になるよね?」
あまりにあっさり言われてちょっと不安になる。少しくらい反対されて何かしら議論になると思っていた。
「リーダーがいいと言うので放置していただけで、問題に思っていなかったわけではないので」
「いつでもできるように常にリスト化しているから、作業自体はほぼない。前から言っているが、君はリスナーと言うだけで大切にし過ぎだ」
ロイドもいつも通りの顔でいつも通りに言う。
え、本当に俺待ちだったの……。
「リスナーは大切にしたいだろ」
「動画・配信への腐コメは本人が嫌がっているのでお控えください。協力者や出演者への誹謗中傷や過度の暴言はおやめください。ルールが類を見ないほど緩いと言われているサザンクロスが、その中で明確に公言していることです。これが守れない人は本来リスナーではありません」
ぴしゃりと言い放たれて、ちょっと視線を逸らす。
「"お二人の関係を教えて下さい"はもはや持ちネタなので規制が難しいですが、それ以上に踏み込む発言はNGです。違うと言ったのなら、追加の発言はしてはいけません。ナマモノを扱う以上はそこは守っていただかないと」
ナマモノ言うなよ。それBL界隈の表現だろ。
「セリスがそこを気にしていたのは少し意外だな」
「トップ外のコメントも見ていたんですね…メッセージは開いていないといいのですが」
「やっぱそういうメール来てる?」
「私がとっておきのプリンを開けるくらい来ています」
それは相当キテるな、ドリアンの精神が。
「ドリアン、今なんか食べたいお菓子ある?」
「九州のメーカーの新作菓子が入手難で…」
「あーOK、一週間くれ」
ここでさっと欲しい菓子が出てくるところがこいつだよな。特別手当で欲しい菓子リストとか持ってるんだろうか。
「反対側に過度な方はどうするかな…」
「そちらはセリスと協議させてください。結婚はゲームシステムでも使用する単語なので、NGワードにできません」
ゲームアイテムとしての結婚指輪とかは結構話題に出すからなあ、確かにNGには出来ない。
毎回結婚してくださいって書いてるだけで、当人の発言も基本的には普通らしいし、できればBANはしたくない。というかあの発言主をBANしたらセリスが気にしそうだ。
「さて、セリス関連はそんなところですかね」
「そうだな。後は頼む」
「頼まれました。じゃあ次、西生寺グループから次の打ち合わせの話が来ていますよ」
「ようやく来たか」
「前撮り動画の詳細打ち合わせになります。現地なので泊まりです。共演情報が来ていまして」
「へえ、誰?」
「トロイライト、トシさんです」
「ああ、なるほどね」
EFOをやっているそれなりに有名どころのプロプレイヤー。まあ、妥当な人選だろう。例の件は西生寺側には上げてないしな。
「どうしても嫌でしたら今からでも状況を共有します」
「別にいいよ。向こうの状況も大体分かったし。ロイドは?」
「君が良いなら構わない」
「じゃあOKで回します。次は無卿からの話ですが」
次々に話題が来る。……俺、仕事絞ったよな?
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細々した打ち合わせを終えて、リーダーは向こうの様子を見に行くと言ってEFOへ戻っていった。
「まずは偉大な第一歩というところですかね」
「そうだな」
依頼されたユーザーブロック作業はボタン一つで完了して、ロイドと二人、ワークスペースの椅子にぐったりと背中を預けた。
チャンネル登録者数がごっそり500人超減ったが、必要な犠牲だ。
「長かったですねぇ……」
「4年、もう5年だったか?」
「4年と少しです。まあ実際には貴方の正式加盟前からなので、もっとですけれど」
純粋な誹謗中傷をしてくる、いわゆるアンチに対する対応は全面的に任されていたし、コメント禁止措置や、一部に対して行った法的措置などにも彼は一切口を出さなかった。出会った最初から自分ではやりたくないから全部任せたいと言われていたし、それを任されるだけのサラリーも受け取っている。
一方で「ファンだがコメントが過激」という層への対応は、難航した。
チャンネルからの弾き出しはしたくない、とリーダー自身が難色を示したからだ。
最初は意味がわからず困惑したものだ。
非表示処理の方が手間だし、回数基準を決めてBANしてしまったほうが動画の治安も良くなる。
彼の精神衛生のためにも明らかにそちらのほうが良い。
「リーダーは、西生寺を介さないで手に入れたものにひどく執着するからな」
「雇われた当初は、ロイドよりリーダーのほうがヤンデレだとは思ってもみませんでしたね」
「言い回し」
「メンヘラの方が良かったですか?」
「精神が少々不安定という意味では、まあそうかも知れないが」
二人で苦笑を交わす。
ここにきて急に過激発言者のBANが許されて、困惑はあるものの肩の荷は一つ降りた。
「女性との共演、彼が避けたがっていたから案件以外では避けてきたが、もっと積極的にやればよかったな」
「結果論ですね。ギルド自体は男所帯なのでそこに女性をいれてトラブルにならないかどうかは賭けですし、セリス以外の女性をここまで気にかけたかどうかもわかりません」
セリスが気にしているからブロックしたい、と言い出すなんて思ってもみなかった。
腐りきった果実まで後生大事に抱えていた彼が、ようやく「切り捨てるのは辛いけれど切り捨てないともっと辛い」という現実と向き合った。
本当に、偉大な一歩だ。
「うんと年下なのが良かったんだろうか」
「案外顔が好みとかないですか?」
「まあ、好みそうな外見ではあった」
「いただいている経歴書の写真、加工なしですか?」
「証明写真だから、少々写りが悪い」
「……そうですか」
あれより良いんですか。一度会ってみたいものです。
「結局、二人自体の進展はなしですか」
「少なくとも僕は何も聞いていない。カメラにも音声は入らなかったしな」
「そこは本当に亀の歩みですね」
「そもそも彼にその気があるのかすら分からない。……彼がいらないのなら、僕が欲しいくらいなんだがな」
「……え?」
「ビジネスのパートナーとしてかなり適性が高い」
「あ、ああ。なるほど?恋愛の話かと」
「僕にそこを期待しないでくれ」
「だからびっくりしたんですよ。彼女が配信業に来るかどうかは、どうですかね……微妙なラインでは」
「――――そうだな」
シンプルに研究方面が向いているでしょうから、難しい気がしますね。
「セリス宛のコメント周りは、なかなか難しいですね」
「細かい調整は任せる」
「まあ仕事ですからね。任されました」
ロイドはその後何か考え始めてしまった。こうなったロイドはなかなか帰って来ない。
私もこの後EFOの方に行きますと声はかけたのだけど、はたして聞こえているのか。
「……本当に、偉大な一歩ですよ」
突然のBAN祭りに荒れ狂うつぶやいたーを横目に、心からの声がまた溢れた。
18章ここまでとなります!
Xの方で少々話したのですが、原案高鳥(夫)の仕事状況が大変に大変なところでして、執筆瑞穂の執筆時間が全く安定しません。
誠に申し訳ありませんが一旦更新の方はお休みとさせてください。
なるべく早く戻ってきたいのですが、瑞穂の仕事も10月から繁忙期のため、復帰時期のお約束ができません。
必ず戻ってまいりますので、気長にお待ちいただければと存じます。
元々間章を挟んで19章予定でしたため、間章の方は不定期に更新する、かもしれません。
最新の執筆状況はX(@mizuho_takatori)の方で呟く予定ですので、気になる方は確認お願いいたします。




