18-9.XXXXしないと出られない部屋
『話し合いがあるので小会議室来れますか?』
ログイン直後に来ていたグライドからのメッセージに、なんだろう?と思いながら小会議室へ入室した。
配信の話か、就職の話か、ニンカの話か。割と相談事は思いつくので、まあ何かあるんだろう。
部屋はまだ無人で、あれ?と思いながらもう一度メッセージを見る。意外とさっき送られてきたのか、それとも随分前に送られてきて一旦出ているのか。
直後に入室音が響いて、ああ来たかと顔を上げると、目の前にはセリスが立っていた。
「あれ?」
「あ、リーダーさんもですか?ニンカさんから相談があるって言われて」
「え、ニンカ?こっちはグライドから呼ばれた」
「バッティングですかね?部屋移りましょうか?」
「あー、とりあえず二人待つか。どっちが移動するにしても勝手に移るとすれ違うし」
「そうですね」
なんとなくそわそわと待つこと5分。
グライドはログインしているのに、送ったメッセージに返事がない。
セリスの方も返事が来ないと言っている。
なるほど。なるほどね。
試しに会議室の扉を開こうとして、ノブがガチャガチャと音を立ててからロック文言が表示された。
……なるほどね。
「どうなさいましたか?」
「ルームがロックされてる」
「……え?」
会議室の外からのロック権限を持っているのは俺、ロイド、ドリアン、びっくり箱、ニャオ姉、トラキチの6人。さて、仕掛け人は誰かな。
「とりあえず、迂闊なことを言わないように」
「え?」
「これはもう確信を持って言えるんだけど――――確実に撮影されてる」
「は?」
外部ブラウザを立ち上げて配信サイトを片っ端から開く。とりあえずうちやギルメンのチャンネルでライブ配信はされていない。
一緒に閉じ込められたのがセリスなのでライブ配信企画だったら中断させようと思っていたけど、そこまでではなかったか。
「ああ、今すぐログアウトしてもいいよ。それでギルド入り直せば談話室になるから」
「えーと、何か動画でしょうか?」
「ドッキリ系か謎解きの企画だとは思う。なんにも聞いてないから多分だけど」
「まあ、聞いていたらドッキリにはならないですよね」
「それはそう」
苦笑しながら机の下を見る。
椅子の下とかにも特にこれといった不審なものはなかった。本当に何をさせたいんだ?
とりあえず確定で関わっているグライドにもう一度メッセージ。「これなにすりゃいいの?」っと。
いや別にロック解除の権限はもちろん持ってるけど、一応企画なら多少付き合うつもりはある。
ああ、返事きたわ。えーと、「部屋名を確認」?小会議室Aだろ?
「――――は?」
「えっと、どうしましたか?」
「いや〜〜〜〜〜うっそだろ……」
はてなを出しまくっているセリスに、とりあえずパーティを申請。次いでウィスパーを入れる。
「えっと?」
「ギルドマップ出して、ルーム名確認して」
「え?小会議室Aですよね?…………は?」
『話し合いしないと出られない部屋』
やりやがったな、あいつら。
微妙な沈黙。なんとなく気まずく目をそらす。
「……あの、セリス」
「はい」
「ごめん」
「えっと……それは、何に対してでしょうか?」
彼女は困ったような顔で微笑んだ。
「いや、この間のメン限で、セリスと喧嘩したって話が流れて」
「視聴していました」
「え……ああ、びっくり箱か」
「はい。あの、今更ですがあれは私が見ても良かったんでしょうか?」
「別にいいよ。そのつもりでギルド内で同時視聴していいって許可出したんだから」
「良かったです」
「じゃあ見てたと思うんだけど、多分そのせいだね」
「ですね……」
どうすんのこの空気……。
「あの」
「ん、はい」
「まず私の認識として、という話なんですが、喧嘩をしているつもりはなかったです」
「……そりゃよかった。俺も喧嘩のつもりはなかったよ」
「失言を受けたとも、思っていません」
「失言はしちゃっただろ」
「どれのことですか?」
「いやどれって……その、最後の」
瞬間に彼女の頬がじわりと赤くなった。そういう反応されると困る。
「その、思い返すとセクハラっぽかったなと…そのうちタイミングをみて謝りたかった。本当にごめん」
「……あの、」
「はい」
「制服を褒められた程度でセクハラとは、思いませんけれど」
…………………………ちょっと待とうか。
「なんて?」
「え?いや、え?最後のって、あの発言のことですよね?あの、可愛いって」
「そうだけど」
「だから、はい。え?」
「ちょっと待ってほしい。本当に。そこに強烈な齟齬が出てるとは本気で思ってなかった。あのさ、逆に聞きたいんだけどそれ以外のなんの理由で俺のこと避けてたの?」
「避けては、ないです」
「いやそこは避けてただろ」
「あの……普通に、ちょっとべたべたしすぎていたかな、と思って……避けていると言うよりは、適切な距離にしたつもりでした」
「最初からあの距離なら、間違いなく適切だったよ」
「ええと、はい」
「後からアレになると、なんかこう、ちょっと精神に来る」
「えっと……すみません、そういうものなんでしょうか?」
「まあ、うん、割と」
やっちまったなーと地味に気にしていたし、少しばかりさみしいなとも思っていた。適切な距離だと言えばその通りなのと、原因が間違いなく俺なので甘んじて受け入れるつもりではいたけど。
「俺別に、嫌とか言ってねえだろ」
「言っては、ないですけれども……」
「本当に入った最初の頃に話したけどさ。セリスこそ、嫌なこととかあったらちゃんと言ってくれ」
「嫌なことなんて、特にないです」
「急に態度変わったら何か嫌なことしちゃったかなって心配になるんだよ、普通は」
「それは……すみません」
セリスが胸のあたりを握りつぶして、それからぽつりと言った。
「私、ギルドのこと好きです」
「ん?そりゃ、よかった」
「だから、空気を壊したくなくて」
「うん」
「配信のコメントでも、トップ表示外ですけれど、結構言われていますよね。ベタベタしすぎとか、色々」
言われている。薔薇に挟まる糞女とか、間女とか。もっと過激な発言も散見される。死ぬほど来るので見ないようにしても目に入る。
少なくとも百回は俺とロイドはそういう関係じゃないって言ってんだけどな。
「すぅ――――わかった。配信のその手のコメント、全部BANしようか」
「へ?」
「大体トップ非表示って、つまりそういうことなんだよ。うちだけじゃなくてそこかしこで似たような微妙な発言してて、ユーザー自体の信頼スコアが低いの。ウチでは実害ないから放置してたけど、実害出るならBANするわ」
「え?えっと?あの?」
「セリスも、そういうコメントは見ないほうが良い。非表示コメントは非表示になっているだけの理由がある」
「え、あ、……え?」
「他は?この際だから気にしてること全部言いな」
「え、いえ……今の、ところは、特には……え?あの、本気ですか?」
「俺とロイドで掛け算してる人たちがいることは知ってるけど、そういう事実はまじでひとつもかけらもないからさ。実際ちょっと嫌ではあるんだ。ロイドが正式に加盟したときに覚悟はしたから飲んで来たけど。見えないとこでやってくれよな、本当に……」
「ええと、まあ、はい……」
LRとRLで別タグが存在していることも知っているし、なんならLDとDLとかいう訳のわからない物があるのも知っている。棲み分けて見えない配慮がされているものについてはあまりとやかく言うつもりはない。見ないで放置の方針だ。……いやドリアンは多分全部見てるんだろうけど。
だけど見える場所に書き込んで、それを気にするメンバーが出るのは話が別だ。
「放置してた俺も悪かった。ごめんな。逆に、セリス好きすぎるコメントが結構あるんだけど、それはどう?」
「あー、毎回結婚してくださいって赤スペで言われるのはちょっと困っています……どうしても嫌と言うほどではないのですが……」
「ん、分かった」
「あ、の」
セリスが言い淀む。
「全部言え」
「……リーダーさんは、私が近くにいるの、嫌ではないですか?」
「嫌だと思う距離に踏み込まれたらちゃんと言うよ。今のところは思ってない」
「分かりました」
「この際だから、俺からも一点いいかな」
「はい」
「俺は察しが悪いから、察してくれという態度で来られると分からない。何かあったら言葉で言ってくれ」
少し長い沈黙。
一瞬瞳を伏せた彼女は、次の瞬間にいつも通りに近い笑顔で顔を上げた。
「――――はい、分かりました」
「ん、まあ、こんなとこか」
ぐっと体を伸ばす。実際VRで体が凝るということはないのだけど、気分の問題だ。
「ありがとうございます、聞いてくださって」
「うーん、閉じ込められて聞いたのでお礼言われんのも微妙……」
「ああ、そうでしたね、そういえば」
もう良いだろうということでルームのロックを強制解除した。
「さて。首謀者を探してサポメンの素材集めに放り込むか」
「ああ、いいですね、やりましょう」
最低でもグライドとニンカが確定だから、いい狩りになるだろう。
ひとまずびっくり箱に「グライドが素材集め付き合うって言ってる」とメッセージを送った。




