18-8.メン限配信の向こう側
「違います、違うんですっ」
目の前の配信を見ながら、誰にでもない言い訳が溢れ落ちた。
「え、喧嘩してたの?」
「喧嘩やなかったんか?」
「喧嘩なんてしてないです!」
何で喧嘩なんて話になっているんですか!?
というかびっくり箱さんにまで言われるのは本当に意味がわかりません……。
「まあ、ちょっと喧嘩っぽかったよな」
「どこが……ですか……」
グライドさんがうーんと首を捻った。
「今までなにかあるとリーダーに真っ先に聞いてたのが、ロイドになった。予定確認とかも最近はドリアンと話すことが多いよな。なんていうか、セリスさん一番リーダーに懐いてただろ、それがこう、徐々に移るんじゃなくて、一気にぱっと分散したじゃん」
「まあ……はい」
「それが、こう、喧嘩っぽい。言い方アレだけど、カップルが別れて友だちになりましたみたいな空気が近いな」
「かっ……!?」
「あーそれやな」
どれですか……。
「えー、リーダー何言ったのさ」
「特に、失言も受けていません……」
リーダーさんもリーダーさんで、何の話をしているんですか……。
「え、あの曲知らなかったの?」
「曲どころかアニメも存じ上げませんでした」
「まじか、よく歌っ……8時間?」
「あの、すみませんこれ実は虚偽申告でして」
「ああ良かった、そうだよね」
「8時間のカラオケの後VRルームで6時間やりました」
「ちょっと待とう?」
「リアルで歌うのはその辺が限界だったんです……」
「そういう話をしとるんちゃうわ」
「過小申告なのかよ」
リーダーさんの歌ってみたの上手さに合わせようとしたらこれくらい必要だったんですけど、どうやらやりすぎだったらしい。
本当にすみません……。
「ニンカさん達の歌も素敵でしたね」
「あのアルバムでは朝焼けが一番好き」
「毎回歌うもんな」
「いいじゃん」
「うん、好きなだけ歌え。あーこのドッキリ楽しそうだったよな」
「皆さん楽しそうにクラッカー作ってましたよね」
「一人爆弾やったけどな」
「おもちがクラッカー何個持てるかチャレンジしてたな」
「あれ結局何個持ってたんですか?」
「多分片手6個?」
「すごいですね」
3個くらいが限界な気がするんですが。
「無卿さんのチャンネルって見たことないんですよね」
「そうなの?あー、でも基本アニソンだからなぁ」
「アニメ見てないならそんなに楽しめないかもな」
「クラシックのポップス風アレンジとかもやっとるで」
「そうなんですね、今度見てみようかな……EFOって楽器あるんですか?」
「あるよー、ピアノとかギターとか」
「ただ精密物理演算乗ってないから音はイマイチだな」
「へえ……ああ、おるさんの話来ましたね」
「ん、んー……?」
「ああ、なるほど……」
「なるほどねえ」
「え?どゆこと?二人で分かり合わないで?」
「ニンカは分からんか」
「むしろ皆は今ので何が分かったの……」
「まぁ、やめましょう」
「だな」
「やめないで!?」
ギルドで話すのは多分ダメだ。ニンカさんへの説明はきっとグライドさんがやってくれるだろう。
「あの曲、お二人のために作ったんじゃないんですね」
「あー違う違う、普通にああ言う曲なの」
親友の君へは、ゲーム上でチャットだけでやり取りしていた友達と初めて会って、でもずっと前から親友だったよね、という曲だ。
〽️一緒に虫取りをしたことも、海を泳いだことも、山を登ったこともないけれど、
一緒に龍を狩って、大海原を旅して、霊峰の頂に登った。
ずっと一番近くにいた 僕の一番の親友へ
普通に、お二人のために作られた曲だと思っていた。何の曲なんだろう?今度調べてみよう。
「ロイドさん甘党なんですね」
「あー、ロイドはめっちゃ甘いもの食うな」
「頭が砂糖使っとるんとちゃうか?」
「それ血糖値すごいことになってそうですけど…」
「そこらへんは本人の体調にゃ不調出てへんし、健康診断受けつつ様子見やな…」
「ああ、そろそろ終わりますね」
「今年は短かったな」
「去年は長かったからなぁ」
「だから喧嘩していません!」
『だから喧嘩してねえって!』
「ハモったな」
「ハモったね」
もうやだ……。なんで今のところハモるんですか……。
「で、実際リーダーとはどうなんや?」
突っ伏した頭上からからかうような声音が降ってくる。
「――――何もありませんよ」
返した言葉が、自分でも嫌になるくらい平坦だった。
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「終わった終わった、おつかれ」
配信を停止し、理人が食器を運びながら言う。
「なんとかやりきったな」
「いやー色々無理かと思ったわ」
「仕方ない、重なる時は色々重なるものだ」
「重なりすぎだろ……」
ケーキの箱と機材を片付けて、配信サポートをしてくれていたドリアンは明日は寝ますと言って家を出た。
「今日はどうする?泊まっていくのか?」
「あーいや、帰るわ。俺も明日は休みたいし」
「そうだな」
「お前も休めよ」
「まあ、いつも通りだ」
全休の日は基本的にずっと本を読んでいる。
明日も積んでいる小説を読む予定だ。
「そういやさ」
理人が食洗機をセットしながら言った。
「今回俺本当に何もしてねーんだけど、お前何したの?」
「何も」
「何もってことはねーだろ。一回母さんとランチに行ってたか?」
「まあ……高い確率で西生寺からゼロプロへ大型案件が動いているだろうと思って、新しい常務の話は少しした」
もともと新入従業員の紹介のために食事の予定は組んでいた。まあ完全に調べ尽くされた後ではあったけれど、こちら側からの誠意のようなものだ。
誕生日の話から配信の話へ、そこからゼロプロまでまっすぐに話題を移した。
その後奥様が何をしたのかまでは聞いていない。
理人は食洗機のスイッチを入れて、何か苦い顔でこちらを見た。
「あのさ」
「ああ」
「お前が母さんのお気に入りなのは別にいいし、そのあたりはお前のこと信用してるんだけどさ」
「ああ」
「あんま、母さんに借り作んない方がいいよ」
「借りは作っていない」
「なんかしてんの?」
「……説明する許可を得ていない。奥様に直接聞いてくれ」
「嫌なこと言うね」
「家族だろう」
「家族、ねえ。西生寺家っていう事業を回すための歯車だよ。俺も、母さんも。特に母さんは父さんと結婚したんじゃなくて、西生寺に嫁いだ人だから」
「あまり他所の家庭事情にとやかく言うつもりは無いが、もしかしたら違うんじゃないか?」
「何がだよ。母さんとの関係はずっと事業の上司部下だろ。仲は悪くはないけどさ」
彼があまり良くない笑顔を浮かべる。
「姉さんは、多分家族なんだけど。でも今は他所の家の人だしな」
「それは、絵理奈さんが聞いたら怒るんじゃないか」
「そうかも」
「……君の方こそ、本当に何もしていなかったのか?」
「事業計画は立ててた。要らなくなったけどな」
「後で見せてくれ」
「圧倒的に人手が足りないんだよ……ねころに入ってもらう前提でももう1人くらい欲しい。秘書系じゃなくて営業系だな。それかメディア管理を外に投げるか」
「なかなか難しいラインだな」
「それなー。まぁ解決したらしいからもういらないんだけど」
事業計画書自体は後で一度見せてもらいたいところだ。
理人はもう1つ2つ話をして、帰って行った。
一人になったリビングでソファに腰掛ける。
「……君は、どうしてそんなに自分に向けられる愛情に無頓着なんだ」
奥様が大切にしているのは僕ではなく理人だ。
僕は理人が急にいなくならないための鎖で、その役割を果たしている限りは多少の願いが通るというだけだ。
奥様は奥様なりに、息子である彼を愛している。今回だって、巻き込まれると過労死しかねない仕事量で、彼は友人を見捨てないので、と言ったら次の瞬間には仕事の調整を始めていた。
一番最初に間違えてしまったのだ、と彼女は言うけれど。できれば一度話し合う場を作ってあげたいのだが、奥様側が望まないので控えている。
セリスの件も、どうにも何もないという空気では無い。
何もない事にしたいというのは伝わってくるのだけど。
正直彼がセリスをどう思っているのかすら、なんだか掴みかねている。
ギルド自体は現状奇跡的なバランスでよく回っている。様子見するしかないだろうか。誰かに一度話してみるべきか。
相談相手として思い浮かんだ数人が、脳内で何故か全員愉しそうな笑顔を浮かべた。




