18-7.次のリミット
「はい三週間ぶりの配信おつっしたー」
「はいはいおつかれ。ったく。やっぱあの時辞めとくべきだったかなー」
おると二人で酒の入ったグラスを合わせる。時刻は深夜2時を回ったけど、この3週間ですっかり昼夜が逆転してしまって眠くない。
「まーだ言ってんの。ってかねころいい加減プログラマやめてこっちに来いよ。専属マネになってって」
「いーやーでーすー」
「年収上がるよ?」
「プログラマは好きでやってんだからやめねーってば」
「ちぇ」
プログラミングは好きではあるのだけど、今はもう親戚連中への言い訳のためにやっているだけで、仕事としては殆ど受けていない。
配信業種のマネージャーなんて言ったら毎日電話が来ること請け合いだ。勘弁してくれ。
この3週間ずっと黙っていた反動で2時間喋り通しだった目の前の男は、まあ多分すべてわかっているのだろう、仕方なさそうに肩をすくめた。
「リーダーにも振られちゃうしさ〜」
「あれは仕方ない。ってか、リーダーから伝言来てるよ」
「え、何?」
「ただでさえクソ忙しいのに俺を過労死させる気か、だって」
「……仕事抑えてるっぽさあるけど、忙しいのか」
「みたいだね。まー、もしかしたら拘束時間長い系の案件が被ってるのかもよ」
「あーあり得るな」
新しい常務とかいうおばさんが謝罪を流せと言ってきた時、おるは「じゃあゼロプロ抜けますね、お世話になりました」とノータイムいい笑顔で言い放った。
コンマ五秒でスマホを抜き放って「俺俺、俺だけど、一緒に事務所立ち上げようぜ」と目の前でリーダーに通話し始め、もう事務所は上を下への大騒ぎだった。
比較的新しいスタッフは謝罪しろ派、古いスタッフはしなくていい派で意見はぱかっと割れた。
マネージャーと古株の役員達から全力で引き止められた。というかここでおるが抜けたら古株配信者はもう会社を信じられないだろう。書面まで残した契約条項を役員が変わった程度で、手続きも踏まずに反故にしにきたわけだから。
社の存続をかけた内部抗争に巻き込まれること2週間。
ずっと強固な姿勢を見せていた常務が、何故か突然折れた。
事務所立ち上げは一旦保留にするにしても、とりあえず個人に戻る方向で税関連調査やら機材準備やら動画をどうするかなどの準備・根回しを進めていた矢先の事で、諸々の再調整に死ぬほど奔走させられた。
明日からは詰まっている案件の急速進行が待っている。
「結局リーダーがなんかしたんすか?」
「さあ?今から株買うのってインサイダーにならねえか?って意味わかんないことは言ってたけど。大株主情報って動いてる?」
「主要株主情報は半期ごとの更新だから今見てもわかんねーっすね」
なぜかマネージャーが真っ青な顔で絶対にリーダーの誕生日に間に合わせるって言ってたし、これはなんかしたかなー。今度こっそり聞いてみよ。
「復帰一発目がリーダーのとこのお誕生日歌配信なんて、俺ってば結構粋じゃね?」
「おかげさまでアーカイブ再生数がすごいことになってるらしいよ」
「うっけるー。まあなんかめっちゃめちゃレアな事してたしな。どのみちアーカイブは伸びてただろうけど。今度また俺の方でも歌枠やるか、リーダー呼んで」
「来るかね?」
「リーダーは時期選べば来るだろ。本音を言うとセリスちゃんに来てほしい」
「それは無理だろ」
「意外と押せばいけるんじゃねーかなー」
今日の誕生日配信アーカイブの該当箇所を再生する。
うん、上手い。ハモリパートまで歌えるのはまじかよって感じだ。
「そういや」
「んー?」
「セリスさんには会ったって言ってたっけ?」
「あー、会ったよ、ちらっと顔見て挨拶だけした」
「どうでした?可愛いとは聞いた気がするけど」
休みをねじ込んだ日はリーダーの様子ばかり聞いていて、そういえばセリスさんの話はあまり聞いた記憶がない。
「俺が今まで実際に会った中ではベスト3には入る可愛さ」
「…………おる」
「おう」
「自分がアイドルコラボをしたことがあるってことは覚えてる?」
「覚えてっけど、箱売りのアイドルだったしな」
「それ絶対言うなよ?」
「言わねえって」
「うん。それはそれとして、え、マジ?」
「会ったことないような女優とかならもっとかわいいって思う子もいるね」
「そこまでかー」
「そこまでだねー」
「写真とかは?」
「リーダーの目の前で撮れるわけねえだろ」
「くっそ……気になる……」
人に打ち合わせ押し付けて休みをねじ込んで、リーダーオススメの美味い酒を飲んだ後かわいい女の子の顔を拝んできたらしい。殺すぞ。
その後リーダーとセリスさんの2人を残して帰ってきたとドヤ顔で言っていた。
「で、2人はどんなもんすか?」
「……聞いてくれよ」
「はい?」
「なんか失言したらしくて避けられてるって……」
「ぶっ、え?ええええ?その流れで?嘘でしょ???」
「マジらしいんだよ〜〜」
「へー、じゃあ今季の賭けは俺の勝ちっすね」
「くっそ……!何言ったか知らねーけど普通に可愛いねって言っときゃいいだろヘタレイケメン野郎が……!!」
「はっはっは、じゃあ今度酒ゴチになります」
「いやお前はいつも俺の酒飲んでんだろ、今も」
「え!この棚の中から好きなの飲んでいいんですか?!」
「だめ!絶対ダメ!」
「なーら仕方ない、またオススメの店教えてよ」
「くっそー!」
「次はいつリミットにしますー?夏イベ?」
「夏イベかなー、8末」
「くっつかない」
「くっつく」
「ゴチになりまーす」
「まだ始まってねえだろ!?」
「いやぁ、無理でしょ」
「わかんねーよー?そろそろセリスちゃん誕生日だろ?」
「そうなの?」
「いや聞いてはないけど、絹なら6月くらいじゃね?」
「知らんて。絹って季節関係ない名前じゃないの」
「20年くらい前かー?6月の衣替え時期に絹代とか紬とかって名前付けんのが流行ったんだよ。歳もそれくらいだしそんなに外れてないんじゃね?」
「へえ」
文化人類学科はその辺詳しいねえ。
「まぁそれ聞いても変わらないスけどね。くっつかない」
「強情な……」
「いや賭けが成立した方が楽しいし」
「それもそうか」
ウィスキーを舐めながらつまみのチーズを食む。
「――来年の4月」
「4月がどうかした?」
おるがぽつりと日付を言う。
「4月の人事再編で常務が変わんなかったら抜ける。その時には腹を決めてくれ」
「……しゃーないっすね」
あのおばさんをいつまでも居座らせる会社にはいられないってことね。
まあどのみち来年には腹くくりますよ。半端なことしてられる年でも無くなってきたしな。
ちょっとばかり噂好きの母の顔がちらついて、溢れそうになったため息を琥珀の酒で飲み落とした。
10章でちらっと書きましたがセリスの誕生日は8月13日です。おるくんは予想外してます。




