17-4.血の降る土曜日
「♪~♪~♪~」
「うっせえ」
「ああ、すみません、楽しくて」
「楽しくねえだろ」
「私は楽しいですよ?素敵ですねえ」
女神の森、PvPマッチングした森を揚々と歩く。
見晴らしのいい場所がいい。すべて余す所なく見届けたいから。
「中央広場タイプだな」
「ではそこですね。少し急ぎましょうか、まっすぐ向かって来られると広場まで着かないかもしれません」
手持ちのスキルをチャージせず、まっすぐ広場へ向かう。
「ここでいいですかね」
「今回はあたりだ」
「それはまあ、相変わらずよく聞こえていますね」
「クソうぜえやつらだ」
「そうですね」
大きな木の幹を背に腰掛ける。ここなら死んでも倒れないだろう。
チャージを開始する。ふふ、ああこれは私にも聞こえました。焦っていますね。
今から10秒では、間に合わないのではないですか?
「それでは、楽しみにしています、私の英雄」
女神よ英雄を歌え。私の英雄の歌を。
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「見分けってどうやるんですか?」
「遭遇後に仲間と連携を取ったり一度周囲を警戒するのが一般プレイヤー。まっすぐ馬鹿正直に最速で向かってくるのがチーターだね」
「……そうなんですか?」
「プレイヤーが二人しかいなかったら、普通は待ち伏せを警戒する。マップデータが見えていなければ」
「ああ、なるほど」
レイがうずくまった状態で珍しく声をかけてくる。
周囲の木をなぎ倒して作った即席の広場の中央で、いつもどおりの姿勢で、いつも通り目を閉じて。
「……すまないね、わがままを聞いてもらって」
「結局これが一番、俺らしいと思ってます」
「その認識はいずれ改めてもらいたいね」
さてはて、そんな見分けすら必要なく、3パーティ目にしてアタリを引いたことが分かる。そんなに大声を出すな馬鹿が。
背後からまっすぐに走ってきたモンクにスキルを叩き込む。
もう少し足音を落とすとか、そういう工夫はしないのだろうか。
「うっらぁ!」
突っ込んできたソードマンを叩き切る。せめてランナップソードくらいは使えよ。EFO初心者か。
……初心者なんだろうな、正しく。
4弾一斉に飛んでくるバレットをスキルで巻き込む。
2:2の時間差くらいはできるようになって出直してこい。
「んだよあいつ!」
「強すぎんだろ!チートか!?」
チーターにチート呼ばわりされるとは。まったく。技能のなんたるかを本当にわかっていないらしい。
「後学のためにぜひとも教えていただきたいのだけどね」
向かってきた細剣士を両断しながら問いかける。
「チートまで使って、2対6、実質1対6かな。それで負けるってどんな気持ちなんだい?良ければ今の気分を聞かせてほしいな」
――――俺には一生、味わえない気持ちだろうからさ。
「せめて魔法打ちたかったっす」
「さっきは打っただろう」
「一般プレイヤーに打つのはなんか違うんすよ」
「うん、分かるよ。まあ、地獄の門関係はこの騒動が終わったら修正が来るさ。EFO側への警告も兼ねてるから」
「どういう修正が来ますか?」
「多分だけど、オブジェクトがスリップダメージを受けなくなるかな。それなら木がマグマに飲まれなくなるから、こちらが水没で動けない内に木の上から的にできる」
「ああなるほど、俺の護衛は必須ですもんね」
「そう。水没で動けない護衛を蜂の巣にして、むき出しになったブラックマジシャンを適当に倒せばいい。バレットが精密に動かせるなら護衛の裏に回せば直接ブラマジを狙えるからそれでも良い。実質この三次元マップでは地獄の門は使えなくなるだろうね」
「まあ、強すぎるんでいいと思います」
「私もそう思うよ」
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「おる、落ち着け、本当に落ち着け」
連戦に入ろうとするおるを引き止める。
紫の瞳が、いつもの明るい光を一切乗せずにこちらを見据えた。
「うるせえ」
「ファンが怯える、一度落ち着け」
「あのなねころ」
「……ああ」
「これに芋を引くのは俺じゃねえし、そんな俺を見たいリスナーは俺のファンじゃねえんだよ」
「お前はもう個人じゃないんだ、大手所属で、上から何番っていうリスナー抱えてる事務所の顔の一人なんだよ。今のお前を好きなリスナーには知らない人も多い。そうだろ?落ち着けって」
「…………そうか」
「そうだよ」
「じゃあ事務所抜けるか」
「っ」
「なあねころ」
「……うん」
「ここで引いたら俺は俺じゃなくなるんだ、分かるだろ?」
「せめて配信を切れ」
「ここで芋を引くのは俺じゃない、何度も言わせんな」
「R18設定を入れろ、ここが最大の譲歩だ。これが認められないなら俺は付き合わない」
「ッチ、知恵つけやがって」
「おるのせいで、こういうのには詳しくなったよ。無駄にならなくて残念だ」
配信設定が切り替わる。
年齢認証に弾かれて同接数ががくりと落ちた。
「ったく、おるのいるゲームでチートなんて使いやがって」
思わず悪態が漏れる。
「いやー久々に見ましたねー、魔王おるさん」
「ゲームのルール範囲内ならどんなにずるくてもギリギリでも許すのにねえ」
「暴走ダンプトラックだって許したのにねー」
メンバーが乾いた笑いをこぼす。
次の対戦がマッチングして、フィールドへ転送された。
「……騒がしい」
「あたりっすね。ここまでわかりやすいとは」
「紅茶とカフェは左、フラッドとルインは右から回れ。ねころ、正面突っ込む」
「あいあい」
「了解」
「中央あたりで集合。一匹残せ」
「やりすぎんな」
「ねころ」
「ああ」
「俺はルールからは外れない。あいつらと違ってな」
「…………ルール内なら何してもいいってわけじゃねえでしょうよ」
「ルール外のことをする奴らには、何をしてもいい」
「ったく、あとでマネージャーに怒られろ」
「その時はまた個人でやってこうぜ。俺とお前でな」
「……この会話配信に乗ってんすけど」
「乗せてんだよ」
ため息を吐く。
正面から聞こえる害獣の足音が、耳についた。




