16-8.本日のランチ
大きめの商業ビルの最上階。
完全個室のレストランで、カチカチに固まっているセリスが目の前に座っていた。
「そんな緊張しなくても」
「いや、え……いや、む、無理ですっ」
普通の高校生に対して自分でも無茶言ってるのは分かってる。ごめんな。
「もうちょい気楽なとこが良いのは分かってんだけど、ちょっと話す内容が微妙でな。個室のほうが都合が良くて。今日は我慢してくれ」
「あの……はい」
「……夜に来たら、夜景が綺麗だろうな」
「え?ああ、そうですね。このあたりは夜もかなり明るいので」
窓の外はビル街と大通り。かなり遠くまでコンクリートジャングルが広がっている。大きな窓に面した部屋だけど、景色を楽しむという感じではない。夜だったら良かったかもな。
頼んだコース料理が運ばれてくる。
辛口の白ワインあたりが合いそうな料理だ。車で来てるから飲めないけど。
「あの……体調は、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、大丈夫。ちょっと疲れが溜まって色々嫌になっちゃってなー。ロイドにも休めって言われて休んでるけど、体壊したとかじゃないよ。丸二日休んだし疲労感はだいぶ良い」
「良かったです。今日、ロイドさんは?」
「別行動。てかロイドは俺が関東に来てることは知らないね」
「そういうこともあるんですね」
「そりゃまあ、親友だけど、休日何してるかまで全部知ってるわけじゃないから」
全休にしている日は結構別行動を取っている。
最終的に夜にプライベートルームやあいつの部屋で会うことも多いけど、お互いに何をしているのかはよく知らないまま合流したりする。
いやロイは休日ずーっと本読んでるから何してるのかこっちは大抵知ってるんだけども。
隠れ家の場所も、聞いてきたことはない。大まかな場所は伝えてあるしもしかしたら知ってんのかもしれないけど。
「昨日の配信は、面白かったですね」
「そうなの?実は見てないんだよな」
「ああ、お休みですものね。アーカイブ見ますか?切り抜きも結構上がってて」
「何やってたの?」
「ロイドさんのレンジャーチャレンジです」
「ふっ、え、マジ?」
え、えええマジ?あんなに嫌がってたのに?
「それは見たい、後で全部見るw」
「ねむ蝉さんが教えてたんですけど、もう本当に、全然まっすぐ飛ばなくて、お二人で頭抱えていらして」
「いやー、昔ちょっと見たけど、あそこまで飛ばないと一周回って才能だからなw今もダメかw」
「ですねえ。メイジ系との発動の違いに巻き込まれているので、おそらく一生実用は無理かと思います」
「……発動の違い?」
「えーと、メイジは、スキル発動と同時に杖から魔法が出るんですが、弓はスキル発動後、手を弦から離したときに矢が飛ぶんです」
「ん、んー、ああ、そうね?」
「でもロイドさんはスキル発動直後、弦から手を離す前にもう次のスキルのことを考えていて、それで視線が的からズレちゃってるんですよね」
「あ、ああ~……ああ?」
「数フレームくらいの差だと思うんですが……まっすぐ飛ばないってこういうことかーって思いましたねえ。メイジとレンジャーそんなに違うかなと思っていたんですが」
「……あの、それどこかに書きこんだりした?」
「いえ?」
「ロイドに言った?」
「言ってないです。私もリアタイはできなくて、今朝アーカイブで見たので」
「おおう、ごめん後でロイドと話す時間取ってあげて。多分気付いてないし、実はレンジャーできないの結構気にしてるから」
「え、あ、そうなんですか?」
うん、そうなんだよ。たまにレンジャー講座の動画見てるんだよあいつ。
ゆっくりと話しながら食事をする。
ここ三日ほどのギルドの様子は普通らしい。まあ、ストーリー型は異世界型と違って突然何か変わったりしないしな。そういう意味でもEFOは休みやすい。
「あの」
「ん、どうした?」
「聞こうか、悩んだのですが」
「うん」
「私、配信や動画に出るの、やめたほうが良いでしょうか」
「…………何でそう思ってる?」
言葉を探すように視線がぐるぐると動く。
「えっと、まずこっちの話をしようか」
「あ、はい、すみません」
「大前提として、うちは配信ギルドではあるけど、攻略動画以外では出演は強制してない。ただ悪いんだけど新ボス攻略はほぼ強制になる。そういう意味でセリスが全部の動画に出ないってのは無理」
「はい、分かります」
「グライドやニンカは露出多いけど、あれは当人たちが希望してやってる。サポメンの中には本当に一切出てない人も結構いるよ。半分くらいは紹介動画すら撮ってないね。だから出たくないなら出なくて良い。当たり前だけど、サザンクロス外の動画については、出たくないなら一切出なくて良い。付き合いとかも気にしなくていいよ、なんとかするから」
「はい」
「その上で、出たいならいくらでも出て良い。サブチャンネルで素材集めの様子を流してもいいし、物によっては雑談配信のゲストに来ても良い。他所のチャンネルも出たいならこちらでつなぎを取る。今本数絞ってるのは、純粋に君の体力を心配してる。加減が分からなくてコラボ入れまくって体壊すって、結構新人あるあるなんだ。ただでさえセリスは学業とのダブルワーク状態だしな」
「はい」
「俺達の方の収益に関しては、本当に一切気にしなくて良い。――――まずこの前提は通じてる?」
「通じています。私の希望を最優先していただいていて、無理のない範囲に落としてくれているんだなって」
「うん、良かった。じゃあさっきの発言に戻ろうか。君の希望として出たくないって話ではなくて、出ない方がいいかってこっちに聞いてるの?」
「まぁ、えっと、はい、そうです」
「公式な回答としては、どちらでもいい。今こっちは君が出演する意志を持ってる前提で進めてるってだけ。疲れたから今後は出たくないって言うならそっちに舵を切り直すよ」
「疲れた、とかでは、なくて」
「うん」
「ええと、動画に出るのは、思っていたより楽しいです」
「そりゃ良かった」
ひとまず息を吐く。ここで動画苦痛で仕方ないですと言われたら文字通りの土下座案件だった。
「ただ、あの、先日のトシさんの企画で」
「うん」
「リーダーさんが、とても、怒っていらして」
手にしたナイフが肉を貫通して、勢い余って皿からカツンと音が鳴った。
「ごめん」
「いえ、あの……ジンさんが、サザンクロス通さないで動画に誘ってきたじゃないですか。私も上手く断れなくて……。サザンクロスチームでラフェル戦した後、何か話してましたよね。トシさんの顔色が悪かったので……話の続きは後でって言っていたのにそのまま解散になって、特に連絡も来ないので、何かこう、釘でも刺したのかと」
「本当に、よく見てる」
「すみません」
「謝ることじゃないよ。動画出演はウチの会社を通してくれってちょっとキツめに言った」
「リーダーさん、そういうの、嫌いですよね」
「……」
「何ていうんでしょう。警告?政治?すみません適切な語句が今出てこなくて」
「大丈夫通じてる。まあ、嫌いだね、やりたくない。やりたい人のほうが少数だと思うけど」
「リーダーさんがわざわざ怒ったのは、私が自分で断れないからなわけで。動画には一切出ませんってなったら、もうそういう事ないじゃないですか。その方が、いいのかなって」
出そうになった悪態を寸前で飲み込む。
ゆっくりと肉を噛みしめるふりをして、気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと水を飲んだ。
「――――セリスは」
「はい」
「根本的な話を聞きたいんだけど、EFO楽しい?」
「え?」
「いや、ゲーム自体ほとんどしたことがないって言ってただろ。だから、どうなのかなと」
「あ、ええと……実は、お二人に会うまでは、さほど楽しくなかったです」
「え」
「あの……私、ずっと"変な子"だったんです」
「変な子?」
「はい、小学生の時ずっとそう言われていて……あの、どうも自分はギフテッドと言うらしいというのは中学に上がってから知ったんですが、小学校は公立で。学校ではずっと変な子って言われていて。本を読んで思ったことを言えばそんな事書いてないって言われたり。考えを話し出すと止まらないし、私はつながりのある話をしているつもりなんですが周りからは脱線しすぎだと言われたり。変だ変だって言われて、でも自分じゃどこが変なのかって分からなくて。先日、アルマジロ先生に、ギフテッド級というのはまさしくそういう体験を減らすためにあるって言われたんですけど……普通にならなきゃってずっと思って、できなくて、もう何を喋っても変って言われてしまうから、ずっと、黙って生きてたんです」
「そりゃ、しんどいな」
「話したいことを話せないのは、少し。友達がいた事がなかったので、友達がいなくて寂しいという気持ちは、持たなかったのですが」
友達のいない教室で、喋りたいことを飲み込んでじっと本を読んでいる。なぜか金髪の親友の顔がちらついて、瞳を伏せた。
「高校で、VRゲーム機が買える値段まで落ち着いて、買ったってクラスの子が話していて。全然違う見た目になれて楽しいとか、街歩きが楽しいとか、そういうことを言っていて」
「うん、街歩き系ゲームも結構楽しいよ。海外旅行気分になれたり」
「はい、それをやってみたくて、父にねだって買ってもらいました。あの、結果はご存知の通りなのですが……」
「深淵に飲み込まれて進行不可ねw」
「人の足音のしない街があんなに怖いとは思いませんでした……」
ここ1年くらいで出たゲームだと疑似人混みなんかも再現されているけれど、古いものだと本当に街が無人だったりするからな。
……ホラゲー企画とかやったら怒られるかな。
「で、ええと……色々あってEFOに来て、私ここで始めて、空気になれたんです」
「空気になる」
「ずーっと、空気になりたかったんです。でも学校って狭いので何となく目は合うし、何が変なのか分からないのですが遠巻きに見られてることも多いし、1人で歩いてるとなんか声かけられて、みたいな……」
「あーまぁ、言わんとしてることは分かるよ」
それは言動じゃなくて完全にその顔のせいだと思うけど。
「EFOでは、私が一人でいても誰も気にしないし、周りの人はゲームが好きでやってますから皆さん楽しそうで、その様子を空気になって見ているのが好きでした。まぁ初心者平原で指さされたりはしましたけど、あれは自分でも変なことしてる自覚があったので……プレイそのものが楽しかったかと聞かれると、実はそこまで……」
「なおのことアサシンやる流れじゃねーな」
「本当に……でも今は、アサシンやっていて良かったって思っていますよ」
ソードマンあたりをやっていたら、きっと今も空気のままゲームの中に溶け込んでいたんだろう。
「リーダーさんとロイドさんが、私の初めての友達です」
「フレンドって意味じゃなくて、まじの意味なのそれ」
「そうです。あ、えと、勝手に友達って思ってて、そこは申し訳ないのですが」
「いや友達でいいでしょ。俺もそう思ってるよ。多分ロイドも」
「よかった」
彼女はいつも通りふわりと微笑んだ。アバターよりもリアルの方が顔がいいとかいうバグみたいな存在なので破壊力が高い。うーん、画面にこの笑顔出したらガチ恋勢がすごいことになりそう……。
「今、友達と遊べるようになって、すごく楽しいです。だから、その……前にも言ったかなと思うんですが、自信を持って、友達の隣に立ちたかったんです」
「本当にそれだけで大会出たのか」
「はい。あの、入賞までする予定はなくて、予選と、できれば一回戦くらいは勝ちたいかな、くらいの気持ちだったんですけど」
「まあ順当に行ったらアルさんには勝てなかっただろうからね」
「アルさん…アルデバランさんですね。はい。麻痺対策を切ってなかったら負けていたので、おっしゃる通りです」
「実際ウチ入って、動画出てみて、どう?思ったより楽しいって言ってたけど」
「あの……動画の私って、多分変なことをするのが求められてますよね」
「違うって言ったら大嘘だね」
変態プレイやちょっと外した回答をすることを求められているのは、まあそうだ。
「それが、少しうれしいです。変な子って、いつも馬鹿にされたりけなされたりする言葉だったので、褒められてるのが分かって、なんか、ええと……素のままでお喋りしても怒られないんだな、と。自己肯定感?承認欲求?そういうところが満たされる感じがあります」
「溺れないようにな」
「はい。麻薬だな、とは思っています。気をつけます。頑張って普通になろうとしてずっと黙って生きてきて、今、初めて普通じゃないことが認められる場所で呼吸ができていて、楽しいです。ただやっぱり喋ると喋りすぎてしまうので、おしゃべり系の企画はちょっと怖いですね」
「なるほど」
「ただ、」
儚げな笑顔がこちらを見た。
「この楽しいが、リーダーさんの苦痛の上に成り立っているなら、やめたいんです」




