16-5.アースクエイク
無言で部屋に上がり込んだ理人が、キッチンの棚に入れっぱなしになっている「一番ダメな酒セット」を取り出した。
ジンとウィスキーとアブサンを入れてレモン果汁を少し混ぜただけというおよそ人間の飲むものとは思えないカクテルを、本気でその量飲むのかと聞きたくなるサイズのグラスに作り、その隣にチェイサーのつもりなのだろう炭酸水をジョッキグラスにどぼどぼと注いでどかりと置いた。
薄緑に濁った酒をグビリと飲み下し、胃の中に押し込むように炭酸水を飲み込む様は、まさしくやけ酒だ。
流石にこの酒には付き合えないので、こちらはレモン果汁を少しもらってレモネードもどきを作った。
「やりたくない」
カクテルをもう一口飲み下し、ようやく発した言葉はこれだった。
「やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない!」
「何がだ」
「何もかもだよ!!!!!」
駄々っ子モードか、面倒くさいやつだな。
「企画通ったんだからさあ!」
ぐいと酒を飲む。
「それ以上は普通にしてくれよ!仕込みくじなんてしねえでさあ!明らかに接近目的でこっち見下してる同年代なんて連れてくんなよ!こっち無視して話進めんなよ!下の暴走ならちゃんと止めろよ!!!」
その酒をそのペースで飲むのを止めるべきかは、少々悩むところだ。
「普通に楽しく遊べりゃあさあ!こっちも安心して彼女を預けられるんだよ!二回目の企画にセリス単品でくれって言われたら、当人がいいなら笑顔で送り出せたんだよ!!こんな事されたら二回目には繋がらねえだろうが!いいかげんにしろよ!」
「それはまあ、そうだな」
「普通に企画やってくれりゃ、あんな釘刺さなくて済んだんだよ……」
今回の件は、分かっている相手にはサザンクロス名義で直接抗議をするというのが真っ先に案として上がった。
それを嫌がったのはまさしく目の前の彼で、知り合いだし相手の状況をちゃんと知りたい、きっと会えばぶっちゃけて相談してくれると思うと言っていた。
トロイライト側から相談してくれればそれで良かったし、真っ当に企画が進行して真っ当に終わるのであれば、こちらからの相談という体で穏便に話をする予定だった。
着地地点は沼の中で、アルコール度数50%の酒に溺れる駄々っ子が完成しているわけだが。
「勘弁してくれよ……普通にゲームを楽しませてくれよ……。あの子が、安心して遊べる場所をあげてくれよ……」
「ペースが早い、潰れるぞ」
「潰れたいんだよ」
空になったグラスに二杯目を入れ始める。これは今日は本当にダメだな。
酒だけなのは流石にまずいかとつまみになりそうなものを適当に探して戻ってくれば、何故かまたグラスにカクテルを作り足しているところだった。3杯目?正気か?
野菜チップスとチーズを口に放り込み、また黙り込んでしまう。
流石に酒は回っているのか、体が小さく揺れている。
「最初に」
「ん」
「最初にあの子の遊べる場所を奪ったのは俺だから」
「彼女はそんなことは思っていないだろうけどな」
「ただの事実だろ」
「まあ、君の認識がそうなのは知っている」
「……次は、まもってやりてえんだよ……」
彼女は守られているだけの少女ではないと思うけれど。
「何なんだよほんとに、次から次から……クソおやじに、トラに、ニャオねえに、としさんに、かんけいねえばかどもに、せりすほんにんも」
「彼女の方も何かあったのか?」
呂律が怪しくなってきたな。
「わかんね」
「何だそれ」
「わかんねえんだもん」
体をぐらぐらと揺らしてぼやく彼に、とりあえずチェイサーのグラスを前に出す。
「たいせつってなに」
「は?」
「それふつうのことばなの?ともだちとかにつかう?」
「え?ええと、僕は君のことは大切に思っているけれど……」
差し出したチェイサーは無視されて、絶対にそんな速度で飲むものではない薄緑のカクテルがぐいと消費される。
「ほかのひとは?」
「ギルドのメンバーも大切だし、まあ、改めて言葉にすることは少ないかもしれないが…」
「ことばにするときってどんあとき」
「……言葉にしないと通じない時、あるいは相手が不安に思っている時、だろうか?」
「おれふあんそう?」
「今は不安そうだな……本当に何の話をしているんだ?」
「わかんない」
そろそろ酒を取り上げるべきだろうか。
「――――じゃあ、やめるか?」
「はあ?」
「配信をやめて、ゲームは……EFOならサザンクロスを非公開にして、全員にリネームカードとアバターチェンジアイテムを配布して見た目が変われば、とりあえずいないことにはできるだろう」
「なにいってんの?」
「人付き合いも、政治みたいなやりとりも、全部やめて、家も適当に引っ越して、今のメンバーで遊ぶだけにするか?僕は別にそれでもいい」
「―――――」
「……」
「―――――――――なんでそんなこというの」
「悪かった、泣くな」
「ないてねえし」
いや泣いているだろう。
「――やだ」
「そうか」
「はいしんやめんの、やだ」
「うん」
「はじめて、じぶんで、やってみたいっておもったんだよ」
「ああ」
「しゃべってんのたのしいし、バカゲーやんのもすきだし、ガチたいせんも好きだし、ほかのひととしゃべんのも、好きなんだよ」
「知っている」
「でも、今はつかれた」
「少し休養期間を置いても良い。とりあえず1週間くらい休むか?」
「……なんもかんがえたくねえ」
「任せてくれるなら良いようにしておく」
「…あした、もう一回いって」
かくりと頭を揺らす彼の手からグラスを抜き取る。
「寝るなら客間に行け」
「ここでいい」
そう言って、ずるずると体をかしげて、長ソファに寝転んだ。
そのまま寝始めてしまった彼に、仕方ないのでブランケットをかけた。
「おはよ」
「おはよう、気分はどうだ?」
「頭痛え」
「ドランカーシート付け忘れたからな」
「久々にやらかした……」
コーヒーとサンドイッチを差し出すと、ゆっくりと口をつける。
「配信、どうする?というか昨日の話は覚えているか?」
「多分大体覚えてる。やっぱちょい疲れてるんだと思うんだよな。何日か休ませてくれ」
「承知した」
「悪いな、お前は平気か?」
「こちらは別にいい。君が休みなら僕の方も作業は減るしな。ああ、酔いが覚めたなら聞きたかったんだが」
「うん?」
「たいせつがどうこうって、何の話だったんだ?」
「――――そんな話した?」
「ああもういい、今日は寝直せ」
理人はそうする、と言って、サンドイッチを食べ終えたらブランケットを小脇に抱えて客間へ入っていった。
……うちで寝直すのか。別に良いけれど。
アースクエイク:ジン(40%)とウィスキー(40%)とアブサン(70%)を1:1:1で混ぜたカクテル。
実在するカクテルです。レモンを混ぜると少し飲みやすくなります。
薬草酒が平気な人なら美味しく飲めると思いますが、飲む場合は相応の覚悟を持って飲んでください。
ドランカーシート:アセトアルデヒド分解補助薬品。二日酔いにならなくなる。




