15-10.謀らず
2024/7/23 一部改稿
「本当にマジで勘弁してくれよ!!!!」
大学生は春休み。
わざわざ西まで足を運んでくれたグライドが、ダイキリさんの店で酒を煽った。
テーブルには持ち込みさせてもらった酒瓶が並び、とりあえずと開けたチョコレートメーカーの出す黒ビールは速攻で空になった。
隣ではロイがジュースを飲みながら普段よりも少しばかり申し訳無さそうな顔をしている。
「俺がなんとか出来なかったらニャオ姉がいなくなるかもって思いながらのプレイとか、ほんとに勘弁してくれ!!」
「ほんっとにごめん。次何飲む?日本酒でもワインでもウィスキーでも」
「日本酒」
「はい」
俺の酒を容赦なく開封する。まあ酒で取れる機嫌は取るべき。うん。ちょっと手に入りにくい酒だけど、香りがいいんだ。
「うま」
「だろ?」
グライドは結構酒の味が分かるやつだ。だからこそ安心してこの入手に2年かかった酒も開けられるというもの。
「ちょっと見ないレベルの値段の酒が開いてるな」
「ダイさんもいく?」
「あー……是非、ひと舐め」
差し出された一番小さなおちょこに少しだけいれると、香りをしみじみと味わってから、ゆっくりとひと舐めした。
「これは陶器じゃなかったな」
そう言って奥から錫の片口とぐい呑みが出てくるのだから、この人もやっぱり酒好きなんだよな。
「ほんっとうに生きた心地がしなかった……まじで俺に魔法職の適性ねえのを死ぬほど再確認させられた。ほんとやめてくれ……」
「その……すまなかった」
接待よろしく空いたぐい呑みに片口から酒を注ぐ。俺の方にも注いで口をつけると、ほのかに口当たりの柔らかくなった辛口の酒から、ふわりと香りが上った。
ロイが小皿をそっと差し出して、グライドはそちらはそちらでもりもりと食べている。こいつよく食うよな。見ててちょっと気持ちいい。
「すっごい時間ずっとスキル練習してたって聞いたけど」
「そりゃそうすよ……俺も他に思いつかなかったし」
「斜め上から解決したからなあ……」
「トラがこっちに口出すのは、予想外だったよな――なんかあったのか?」
一瞬苦い顔になってしまったのを、グライドは見逃してくれなかった。
「セリスがな」
「ん?あの人がなんか?」
「ハムさんがトラ小屋に残留してるの、知らなかったらしくて」
「ん、んー、ああ、そっか。わざわざ言わないしな。ハムさんも自己紹介の時は旧トラ小屋サブリーダーですとしか言わないし」
「それで、トラにはあの子が頼みに行ったらしくて」
「え」
「俺にもリーダーにも、ギルドの誰にも、出来なかった。知らなかった人にしか動けない。ただ、後から知ってしまって、かなりショックを受けていたようだ」
「そりゃそうだよ!?」
ハムさんのことは、もちろんニャオ姉の話を聞いた時に真っ先に思いついた。思いついてはいたけれど、あの人にトラ小屋を解散させろとは言い出せなかった。
だけど、あの子にやらせるくらいならきちんと俺がやるべきだった。
『どこぞのモタモタしてる男』呼ばわりが、大分ムカつくけれど全く反論できない。
「ニャオ姉と、ハムさん本人がフォローには入ってくれた」
「そりゃ良かったけど……セリスさんのメンタル面は本当に大丈夫か?」
「今はまだなんとも……セリスも、結構我慢できちゃうタイプだから」
「やはり一時的にでもトラ小屋チームに入れるか?間近で様子を見たほうが安定するんじゃないか?」
「いや、トラに正式に受取拒否された。断ったんだからいらねえって」
余計なことに気回してねえでヘラヘラ笑ってろって言われたんだけど、俺そんないつもヘラヘラしてるかな。…………してる気がしてきたな……。
「断った?」
「あー……それがなぁ……」
「ボンレスハムを呼ぶ交換条件に、自分がトラ小屋チームに入ると言ったらしい」
「身売りか~」
「彼女は一度トラキチに誘われている。他に差し出せるものは、思いつかなかったんだろうな」
「セリスさんも、なんていうか、自己犠牲の塊みたいなところあるよな」
「ウチの女性陣はなんでこう覚悟決めちゃうのかねえ」
ニンカはグライドのために傀儡師やめようとしてたし、ニャオ姉はギルドのためにギルドやめようとしてたし、セリスはニャオ姉のためにチーム移行しようとしてたし。
「かっこよすぎて一周回って扱いに困るわ」
「ほんそれ」
「ボンレスハムの様子はどうだ?少々タイミングが合わなくてあまり話せていないんだが」
「死ぬほど歓迎されてっからなんとも。ただあの人はトラが隣にいりゃ問題ねーんじゃねえか?」
「むしろトラキチの方は大丈夫なのか?基本べったりだけど」
グライドが新しく開けた白ワインを傾けながら聞く。
うん、それも20年もののいいやつなんだ。味わって飲め。
「まあ、トラは結構ハムさん大事にしてるしそこは大丈夫だろ」
「意外」
「あの大会までは、口悪いけど兄貴肌でメンバーのことは大事にしてるって言われてたんだよ」
「そうなのか……」
「ってかあれだろ、この間3日連続CCO配信してたの、多分ハムさんのケアだろ」
ぐい呑みを傾け、程よく出される料理をつまみながら、先日の配信を思い出す。
今日日珍しいPC版のCCO配信に映っていたのは口の悪い武闘家と実に楽しそうな声音の白魔術師のペアで、朽ちかけのギルドの修復作業をしていた。
ギルドの名前は「トラ小屋」。籍だけ残っていた以前のギルドメンバーが配信を見て続々と復帰し、3日かけて、ギルドはすっかりきれいになった。
よくわかんないけど泣きそうになった。俺もCCOのギルド久々にちょっと顔だそうかな……。ギルマスは向こうに残るっていう人に渡しちゃったけど、今もなんとなく続けてるって話だし。
「あいつが裏で格好良いムーブしてんのは本気で解せない」
「それはちょっと分かる」
「トラキチは、比較的いつも格好良いと思うが……」
「「えっ!?」」
グライドと同時に発言主の顔を見る。
ロイは微妙に困った顔をしながら、首をかしげた。
「え……ロイああいうのが格好良いと思ってる?」
「俺には出来ないという意味では、少々」
「ええー、マジ?」
「まっすぐに気持ちが発露できる人というのに憧れはある。俺は考えすぎるきらいがあるから……彼は理想であるための努力もしているしな」
「おおう……」
「名前と言動をマスクしてそこだけ切り取ったらたしかに格好良いけど……」
「あの暴走機関車が……。うん、そう……そう、かな……?」
「えー、リーダー的にはかっこいい人って言ったら誰っす?」
「うえ、えー、誰だろう。最近思ってる中ではびっくり箱」
「それはそれで意外すぎるとこが来たな」
その後ウィスキーまで開けた男三人の飲み会は、混迷を極めた。




