15-9.二人のビショップ
「ハムさん大丈夫にゃ?」
明らかに眠そうに目を擦る目の前のビショップに声をかける。
「少々やりすぎましたね、もう二徹は厳しくなってきました。昼間に寝たんですがすぐに調子が戻りません」
「そりゃそうにゃ。っていうか徹夜は寿命の前借りだからやめるにゃ」
「それは怖い。ただ、今回は無理でした」
「仕方のない人にゃ~」
気持ちは痛いほどわかるけれど、結構危うい行動なのでやめて欲しい。
背の高い彼女の頭をぽんぽん撫でる。
「ねえ、なんて呼んだらいいかな?ハムちゃん?」
「あー……」
彼女は困ったように苦笑して。
「飼育員には知らない人も多いので、今まで通りでお願いします」
「徹底してるにゃ。まあ、了解、ハムさん」
よく見れば女性だってことは分かると思うんだけどな。背は高いけど、笑う時の声とか少し高いし。まあ、隠したいのなら仕方ない。MMOで女性だって分かると面倒なことは、未だに結構多いし。
「一応聞いとくんだけど、確定で知ってるのは誰にゃ?」
「今サザンクロスにいるトラ小屋チームメンバーは全員知っています。あと、おそらくセリスとニンカは気付いていますね」
「そっかそっか」
知られたくないなら、スキンシップもすこーし控えたほうがいいかな?
女子会的なこともしたかったけど、仕方ない。
こっそりやろう。
さてはて。
「改めて、しばらくツインビショップよろしくね」
「ええ、よろしくお願いします。メインヒーラー」
「ふふ、トップヒーラーにそう言われるとこそばゆいにゃ」
「トップを引いて1年ですから、今もトップと言えるかは微妙ですけれどね」
「あら、PvP大会ベスト4唯一のビショップが何か言っていらっしゃるわ?」
いたずらっぽく言ってみれば、気恥ずかしそうに頬をかいて見せる。うーん、やっぱ女性っぽさは消しきれてないって。
「トラ君に助けられるなんて、思ってもみなかったわ」
「まあ彼は、懐に入れた人間にはかなり甘いので」
「セリスちゃんは懐判定?」
「弟子でペアパートナーですから、懐判定でしょうね」
なるほどねえと思って、目の前の彼女を見る。
瞳がいつもの感情を乗せない笑顔に切り替わっている。これは多分全力ではぐらかす気ね。
仕方ないのでごまかされてあげましょう。
「しばらくはイン率も高いから、何でも聞いてね」
「遠慮なく――――大丈夫なのですか?」
「んー、必要な運動時間は確保してるにゃ。VRポッドの中にいると、安心するのよね」
「安心、というと?」
「バイタルチェッカーに妊婦用の二重心拍確認機能があるの。胎児急変が分かるのよ」
「それは随分、最新の物を使っていますね」
「ねー君イチオシにゃ」
これについては値段は聞かなかったので、いくらなのか知らない。
メーカーも珍しくパナソックじゃなかった。
生まれる前から子煩悩な様子を見せている旦那様については、とりあえず3歳向けの玩具を買ってくるのをやめさせないといけないけれど。
「あの二人については、ニャオニャオからは何かしていますか?」
「してないにゃ」
「止めもつつきもしないと?」
「こういうのって、周りが何か言ったってダメでしょう?せいぜい派手にもつれて転んで二人で泥だらけになればいいわ。立ち上がるのに手を貸してくれる人なら沢山いるし」
「彼女の方はともかく……彼もそのレベルなので?」
「無理やり腕を引かれて引きずり回されて、手を繋ぐのが怖くなっちゃった、小さな小さな26才だから。まだ気付いてすらいないんじゃない?」
遠方の公立小学校にでも入れていれば、ここまで拗れなかったでしょうに。なまじ上流の私立小学校になんて行ったから、現実が見えすぎてるお嬢様方に集られちゃって。そのまま不登校でオンライン学校行きなんて本当に馬鹿らしい。
「女が全員そういうわけじゃないってちゃんと分かるまで結構かかった」と言っていたのは、流石に可哀そうだった。
そんな彼は一人やけに懐に入れていることに、まだ気付いてすらいないんだろう。
「ま、多分二人ともあんまりちょっかいかけると逃げちゃうから。助けてって言われるまでは基本放置にゃ」
「では、そのように」
少しだけいたずらっぽい笑みを交わして、そしてどちらからともなく歩き出す。
さあさあ、向こうで皆が待っている。
一度は出ていく覚悟をしたギルド内に、足音が二つ響いた。
ハムさん:167cm
ニャオ姉「160cm!(※猫耳込)」




