15-5.たったひとりの心当たり
ギルドチャットルーム 全体
ぽんすけ:ニャオ姉やめるってマ?
ボロネーゼ:いや、流石にやめるのは嘘でしょ?休憩期間?
まっしろおもち:普通に最近忙しそうだったのが尾ひれついたやつだろ
ドレイン君:いやでも本人がもうあんまり長くいないっていうてたし…
無卿:なんか文脈取り違ってねえか?
ニャオニャオ:うーん、すぐってわけじゃないんだけど、続けるのが難しそうなの~
ぽんすけ:……………………なんて?
ぽこぽこ:ニャオ姉いまどこ
ぽこぽこ:すぐいくから
ニャオニャオ:今日はもう落ちるよ~ごめんにゃ
ニャオニャオ:明日は談話室に居る~
ぽこぽこ:何時?
ニャオニャオ:お昼おわったらかにゃ
ぽこぽこ:ぜったいきてよ。ぜったいだよ
まっしろおもち:昼過ぎ了解
無卿:ちょっとだれか、権限持ち。談話室広くしといて
びっくり箱:こりゃスペース足らん疑惑あるな。やっとくわ。
まっしろおもち:ここにきてトップ勢がなんも言ってこねえのがマジで嫌
ぽんすけ:ロイドもリーダーもログインはしてんだけどな
・・・
・・・・
ログインしたらびっくりするほどギルドチャットが伸びていた。
ニャオ姉さんが引退するしないという話が延々と続いている。
「私がバッファーやるなら安心って、そういうことですか……」
先日バッファーセージを教えてもらった時の言葉を思い出して、一瞬眉をひそめる。
理由も何もわからないけど、とりあえず談話室に行けば良いんだろうか。
途中リーダーさんとすれ違う。複数人のギルメンに囲まれて何か話していた。
いつもの明るい雰囲気のないつらそうな表情を浮かべて、こちらには気付かないままどこかに転移した。
談話室はテーブルや椅子が全て撤去されていて、クッションばかりが並んでいる。ふわふわのラグの中心でニンカさんとぽこぽこさんがニャオ姉さんの両腕をしっかりと固定していた。
「ニャオ姉さん」
「セリスちゃん、ごめんねこんな姿勢で~」
「あー、いえ。今、お話いいですか?」
声をかけるけど、ニンカさんとぽこぽこさんは動かない。
すっかり泣きはらした瞳だけがちらりとこちらを見た。
「もちろんにゃ」
「他の方はいらっしゃらないんですか?」
「早くに入れる人は一旦解散したにゃ。夜にはまた人が増えるかにゃ~」
「そっか……大変ですね」
「もうずーっとお喋りし通しにゃ」
「事情って、私も伺っていいんでしょうか?」
「うん。――子供ができたのよ」
「えっ」
「妊娠。ずーっと希望はしててね。それで、まあ生まれたら続けるのは無理かにゃーって」
「あ……えと、おめでとうございます」
「にゃはは、ありがとう。予定日は8月中頃にゃ」
「あ、じゃあ私と誕生日が近いですね」
「ふふ、そっか。素敵ね」
優しい声でニャオ姉さんが言う。
「前線は引いてたまに遊びに来る感じですか?」
「うーん、ギルド自体、抜けちゃおうかと思ってるのにゃ」
「ぬけちゃやだ!!!」
ニンカさんが泣きながら叫ぶ。
その頭をニャオ姉さんが優しく撫でて、ぽつりぽつりと話した。
なるほど。なるほどなあ。
「代わりのヒーラーが居れば良いんですね?」
「結構要件が難しいにゃ」
「そうですね。役割はメインヒーラーなのに、扱いがメインヒーラーじゃない、ってことですもんね」
「グライドがやるもん、できるようになって帰ってくるもん。ボタニカだって、全然できるし」
グライドさんは、チャージ維持がすごく苦手で魔法職系はやってないと言っていた記憶がある。今いないのは特訓中なのかな。
ボタニカさんは人型の相手が絶対にできないタイプの人だ。PvPもできないと言っていた。
お二人で回すのは、最前線では結構難しそうな気がする。そもそもグライドさんがタンクから抜けるというのも、かなり辛い。
最前線に行けるレベルのヒーラーで、助っ人ポジションに納得してくれて、それでいてギルドには入って欲しい。うーん、1文の中に明らかに矛盾箇所が挟まってて気持ち悪いな。
だけどなるほど。なるほどですね。
「条件に合う代わりのヒーラーが、いれば、いいんですね?」
「だから、難しいって……」
「いればいいんですね?」
「えっと、うん……そうだけど……」
「分かりました。ちょっと出かけてきます」
フレンドリストのログイン状態を確認。居る。
とりあえず向かう先は――トラ小屋会議室だ。
「んだよ」
「お忙しいところすみません。火急の要件で」
「クソ猫のことだろ」
「誰か、言いに来ましたか」
「いや、てめえが一人目だ」
「よかったです」
既に断られた後ではなかった。まずはそのことに安堵する。
パーティを申請。ウィスパーモードを選択。
「単刀直入に。ハムさんを、サザンクロスに呼んでいただきたいんです」
「本人に言え」
「トラキチさんが呼ばなければ絶対に来ません。私だってそれくらい分かります」
逆に言えば、トラキチさんが呼べば絶対に来る。そういう方だ。
無所属で、トラ小屋からの出向扱いに納得してくれて、トラキチさんの傍に来てくれそうな人。
「今なら」
そしておそらく、トラキチさんが呼びたい人。
「今なら、サザンクロスのわがままとして、ハムさんを呼べますよ」
そしておそらく、自分で呼ぶことに抵抗のある人。
ものすごく嫌そうな顔がこちらを見下ろした。
即答で断られない。どうやら当たりらしい。
私から差し出せるものはもう一つだけ。
「私が、トラ小屋チームに所属しても構いません」
訝しげな視線を受ける。
「それ、てめえに何の得があんだ」
私は今どんな顔をしているだろうか。
だけど、やっぱり嫌だから。
「だって、――――――――――、嫌じゃないですか」
何かを考えるような顔。しばらくの沈黙。そして、舌打ち。
「チッ、…………はあ、そういや、PvPの報酬がまだだったな」
「え?」
PvP……リーダーさんとやったやつのことだろうか。パワーレベリングもしてもらって、装備ももらって、なにより
「動画の収益なら、頂いていますが……」
「それはサザンクロスからの報酬だろうが」
「え、っと…」
「借りは作らねえ主義だ。――声かけるまでだぞ」
彼がガシガシと頭を掻いて、たいそうぶっきらぼうに言い放った。
「っ、はい!貸し借りなしです」
「チッ、おら行け、邪魔だ」
「あ、はい。それでは、失礼します。あの、ありがとうございました!」
随分と嫌そうな顔のトラキチさんがパーティを解散し、私を追い払った。
去り際に振り返ると、瞳を右下に寄せて、仮想ウィンドウの前で固まっている彼が見えた。
まじで何を言っても何を言わなくてもネタバレになるため、数日感想返しを停止いたします。
感想自体は全て楽しく拝読しております。
書いてくださってありがとうございます!
再開については、感想返し自体をもって再開のお知らせとさせていただきます。




