閑話 パフェを食べるまで
なるべくなんでもなく「行ってきます」と言って家を出る。マンションのエレベーターではなく非常階段の扉を開けた。
コンクリートの階段にはいつも通り――――というには明らかに表情の硬い、先輩が座っていた。
「おはよ」
「おはよう、いつから待ってたの?」
「あー、さっき?」
「うそつき」
聞いてみただけだ。先輩の来た音なんて見なくても分かる。
音を聞いてから準備を始めたので、たっぷり30分は待っていたはずだ。
「こういうときは今来たとこって言うもんじゃん、いいだろ別に」
「まあいいけど。寒くない?」
「寒い」
2月初旬の東京はなかなかの寒さだ。
吐いた息が真っ白に染まる。
差し出された手を無視して非常階段をコツコツと降りだした私に、先輩も後をついて降りてきた。
流石にこの寒い中で喋りこむ気はない。私だって寒い。
「今日、なんにも決めてないけどどうする?」
こつ、こつ、こつ。
「おい、真里?」
こつ、こつ、こつ。
「えっと、真里?真里さん?新田真里さーん?」
こつ、こつ、こつ。
「あの……えっと、真里、怒ってる?」
「"むしろ怒ってないと思う?"」
「うえ……いや、あの……」
「私ずーっと言ってたよね?先生嫌がってるって」
「いや、はい、言ってました」
「スタイルも、変えないのかって」
「まあそこは、変えらんねえよ。他のやり方が思いつかなかったし」
「あのやり方続けてたら、いつかは先生が白い目で見られるんだから、さっさと変えるべきだったんだよ」
「そんなこと言ったって」
「別に、ギルランなんてどうでもいいじゃん」
言い放った私の言葉に、先輩が顔をしかめた。
「どうでもいいってこたねーだろ」
「どうでもいいよ。先生と、みんなと一緒に遊べればソレで良かったじゃん。CCOじゃランキングなんてカスってすらいなかったけど、それは楽しくなかったの?」
「楽しかったよ」
「でしょ。ランキング落ちたから何よ。他のギルメンがいなくなったら何だっていうの?みんなで遊べればそれでよかったのに」
「みんなで遊べてただろ、人数多いほうができることも多いし」
「そのみんなの中に、先輩がいなかったら意味ないじゃん!」
最初は、アホ構成を見つけたと言って笑っていた。まあすぐにアプデでボスが耐性持ったりして使えなくなるだろうとみんな思っていた。
意外と噛み合いが良くてランキングに載って、みんなではしゃいだ。
ランキングに載るとギルド加入の希望がすごく増えて、先生がある程度気の合う人を選んで入れて、いつの間にか規模がすごく大きくなって。
そして思いの外いつまでも、あの戦法は有効だった。
ペア大会で記録まで残して、先生のパートナーとして先輩が呼ばれるようになって。
いつの間にか皆の話はランキングの維持になっていて。
あのスタイルの先輩にとって、EFOは駄弁る場所かランキングのためにボスを狩る――ボスを見すらせず丸くなる場所であって、遊ぶ場所ではない。
一緒に遊びたいのに。ボス以外のコンテンツだって面白いのに。
先輩が目を彷徨わせて、それからぽんと私の頭を撫でた。
「俺さ」
「うん」
「特にプレイ上手いわけじゃないし、プレイの上手さで言ったら溝口先輩のが上手いじゃん」
「そうだね」
「だから、初めて俺だけができるスタイルだって言われて、それが先生が一番輝くスタイルだって気づいて、すげー嬉しくてさ」
「知ってる」
知っていたから、思っていたけれど言わないできた。
「俺達の先生を隣で支える、特別ななにかになれたって、思ってたんだ」
「ばか」
「はい、馬鹿です」
2月の寒空に冷え切った手が髪を梳く。それが少しだけくすぐったい。
「悪かったよ」
「許さない」
「ごめん」
「ぜったい許さない」
「ごめんって、どうしたら許してくれんの」
「プリシアパーラーの新作パフェを食べるまで絶対許さない」
プリシアパーラーは、以前デートで一度行ったカフェだ。
ピンクとハートとリボンの、それはそれは可愛らしい店舗だ。私はこういうの大好きなんだけど、先輩は終始居づらそうにしていて、以来一度も一緒には行っていない。
先輩は天を仰いで、それから仕方なさそうに肩を落として。
「わーったよ、行こうか、真里」
もう一度差し出された冷たい手に、今度は指を絡めた。
恋人の日ということでひとつ。
12章ここまでになります!
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で、すみませんXの方で少し話したのですが、
ちょおおおおっと生活状況がやばくてですね、睡眠時間と部屋のキレイ度の正常化のため、1~2週間ほどお休みをいただきます。
13章開始まで申し訳ありませんが少々お待ち下さい。




