11-10.夕焼け空にひとり
「まー、その、急には直らんと思う」
格好悪い言葉を重ねるけれど、どうしようもない事実だ。直しますと言って即時直せるならそもそもこんな事になっていない。
「はい、まあ、ですよね」
「でもなるべく遠慮しないで話すようにするから……嫌だったら言ってね」
「はい」
短い返事だけれど、声の感じが少し軽やかだ。
そのことに少し安心する。
――――さて、言うか。言おう。
「あの、セリス」
「はい?」
「その……勘違いされるから、あまりああいうことは言わないほうが良い」
「えっと、どれでしょうか?」
「相手の表情が固くなったのが、ショックだった、みたいな言い回し」
「…………事実ですが?」
「……………………………うん、ごめん、ニャオ姉かニンカあたりに聞いてみてもらって良い?まじで、重大事故を起こす前に」
「えっと、はい?まあ、リーダーさんにしか言わないので、大丈夫だとは思いますが…」
がっくりと項垂れる。まじで分かってねえのかこいつ。その言い回しが一番ダメだよ……。
「あの、例の件って、どの程度他の人に話しても大丈夫なんでしょうか?」
「言いふらしてほしくはないけど、信頼できる数人に話す分にはいいよ。誰にも言わないって結構しんどいしね」
「分かりました――――っと」
セリスがなにかに反応して、コンソールをいじるように虚空を触れた。
「……あ」
「どうした?」
「いえ、ドリアンさんからメッセージが来て」
「ようやく終わったか、結構かかったな」
「これ……」
メッセージ画面をスクロールするように指が動く。
内容は聞いている。ファンレターの転送だ。
「セリス、全然一般メッセージ見てないって言ってたでしょ」
「……ええ、はい。ちょっと無理というか……」
毎日何十通も知らない人からのメッセージ来るの、慣れないと気持ち的に結構しんどいからな。
「ドリアンのところに届いたファンレターも結構すごい数でね。まとめといたって」
「……すごい」
「君がね?」
呆然とウィンドウを眺める横顔に、少し笑ってしまう。
さて、ドリアンの作業が終わったということは、ロイドの作業も終わったということだ。
「ごめん、そろそろ時間だ」
「ああ、夜配信ですもんね、頑張ってください」
「うん、ここで解散で良い?」
「はい、私はもうちょっと、コレ見てからログアウトします」
「あはは、良いと思う」
パーティ解散を選択し、ログアウトした。
彼女はチラチラとウィンドウを気にしながらこちらに会釈してきて、それはちょっと面白かった。
VRポッドから体を起こす。
VR機の低い排気音だけが響く薄暗い部屋で、大きく息を吸い込んだ。
――――すぅぅぅぅ
「マジなんなんだよあの天然爆弾!!!!!」
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リーダーさんがログアウトした。
郷愁を感じさせる夕暮れの田園の中に一人残される。
選ばれたフィールドがここでよかった。多少顔が赤くても、多分夕日のエフェクトに見えたはずだ。
可能な限り、嘘は言わなかった。
硬い表情で強く否定されたことが、思った以上にショックだった。
ショックだったと気付いて二度目の衝撃を受けて、他の人ではここまでショックじゃなかったんじゃないだろうかと気付いて三回目の衝撃を受けた。
友好関係が終わってしまうことが怖かった。
今も、怖い。
何か余計なことを言った瞬間に、足元が砂のように崩れてしまうのではないかという恐怖がある。
トラキチさんにバレたことが正直一番衝撃だったけれど。
ずいぶんと気を使っていただいたようだと、今なら分かる。トラキチさんらしからぬ気遣いだから、仕込み人はハムさんかもしれない。
だけど、彼のそばから離れるという選択肢は、選べなかった。
中途半端で、ずるくて、苦しくて、怖くて、隠したくて、知ってほしくて、知らないでほしくて、でも離れがたくて。
気付いた瞬間に、始まる前に終わってしまった初恋に、上手に蓋をできないでいる。
正直なことを言えば、これが恋なのか、ただの憧れなのか、それとも友人に距離を取られたせいで落ち込んでいただけなのかの見分けは、全くついていない。
ただこの胸の痛さが、「友情はちょっと無理があるんじゃない?」と小さく囁いてくるだけだ。
ランダムに稲穂を揺らす風が、一人ぼっちの私の髪を、ゆったりと撫でた。




