10-1.リーダーのお見合い
9-26~9-27の間の話になります。
がちゃりと部屋の扉が開く音がする。
振り返ると仕立ての良い三つ揃いを着た理人が上がってきた。
「泊めて」
「ああ、お疲れ」
元は漆黒の髪を茶に染めた親友は、赤いネクタイをいつもより乱暴に外して、背広も乱雑に投げ捨て、ソファに沈み込んだ。
それを拾ってハンガーに掛けると、疲れ切った漆黒の瞳がこちらを見ている。
「別に、どうせクリーニング行きだからいいよ」
「僕が気になる」
「そうか」
「なにか飲むか?」
「なんか、あったかいもん飲みたい」
「緑茶でいいか?」
「助かる」
理人の着替えをソファ脇に置き、湯を沸かしにキッチンに入る。
急須を持ってリビングに戻れば、すっかり部屋着に着替えた彼がソファに寝転んでいた。
ついでに出した夜食用の焼きおにぎりを見て目を輝かせる。
「助かる~!もうなんも食えなくてさ」
「いつもそうだからな、流石に覚えたよ」
「ちょっとくらい食わせろよな……何のためにメシ置いてんだか……」
大会三日後の実家関連パーティーという強行軍を空腹でこなしたらしい理人が、がぶりと焼きおにぎりに噛みついて茶をすすると、ようやく人心地ついたのかほうと息を吐いた。
「今日は、何人だったんだ?」
「んー、よんひゃく……ごじゅうは来てないと思う」
「君の方に来た人数だよ」
「……4人」
「また増えたな」
「1人なんてまだ高校生だったよ……」
頬をぐしぐしとこするので、少し待っていろと温タオルを差し出す。
何か白粉を叩かれていたらしい頬から色が落ち、特に化粧とか必要ないんじゃないかと思う肌が姿を見せる。
先日本人に聞いたら「今は可能な限り凡顔に見えるように努力している」という明後日の回答が飛んできた。「冷たい印象に見える化粧は逆効果だった」と嘆いていたのはいつだったか。
人好きのする柔らかい顔立ちを隠すのは、なかなか難しそうだ。
「いっそ偽装婚約なり、恋人なり作ったらどうだ?」
「そんなことしたら秒速で外堀を埋められて翌月には祝言だよ……それにそんなの相手にも不誠実だろ」
「あの方のおすすめから選ぶ気はないのか?」
「俺を見ないで西生寺を見てる人は、ちょっとね……俺はそこまで割り切れない。……そういう意味では、高校生の子はリスナーだった。父さんも攻めてきたなとは思ったね」
「その子じゃ駄目だったのか?」
「10も下は……さすがにちょっと……」
「8年もしたら気にならなくなるかもしれないぞ」
「父さんと同じこと言うのやめてくれる?」
ものすごく嫌そうな顔をして茶をすするので、茶化すのは一旦やめよう。
「結婚したくないってわけではないんだろう?」
「今はって注釈付けるならしたくない。あと5年もしたら、まあ分からんな。ふつーに好きな人ができて、ふつーに付き合って結婚するって話ならしていいと思ってるし、相手が望むなら子供も考えるし。たださぁ、お前には期待してない孫をよこせって言われて、はいそうですかとはいかないだろ……」
「まあそれは、確かにな」
あの方はちょっと、周囲の感情をおざなりにしすぎる面がある。
多分一応考えているのだろうけど、軋轢を生まない言葉遣いみたいなものをしなくて、そこが決定的に理人と合わない。
「俺が異性愛者でなければなぁってこういう時は思うよね」
「それについてはなんとも。一般にはそれが一番生きやすいだろ」
「そしたら父さんも諦めてくれるかな、と」
「あー…………」
言おうとした言葉を一旦飲み込む。それは、楽観が過ぎる。
「言っていいよ」
「子供だけ考えたら人工授精で十分だし、恋人用の家と、それを許容できる女性であれば、あの方なら用意すると思う」
「聞かなきゃよかった……」
深い溜め息を吐く理人を横目に、少し考える。
新年パーティーの理人の席に未成年を連れてきたというのはさすがに驚いた。思っていたよりあの方の焦りが強い気がする。
ここ最近は意図的にフリーの女性とは接点を作らないできたので、セリスの加入後のアクションは正直読めない。
未成年に無茶はしないと信じているが、彼女は8月には18才、法的には成人になる。
…………一度奥様と相談しておくべきか。
「セリスについてなんだが」
「ん、どうした?」
「父君の希望で、リアルで会いたいそうだ。向こうの家まで行けるか?」
「ん、了解。いつ?」
「最速で金曜日の夕方、明後日だ。今のところこちらは予定は無い」
「じゃあそれで」
「分かった、返信しておく」
ぐったりと脱力していた彼が少し気力を取り戻して起き上がる。
「なー、今から配信しねえ?」
「まあ、寝るまでならいいと思うが…何するんだ?」
「ぼろぼろになった錬金倉庫の在庫復旧。大量虐殺ともいう」
「雑談配信か。何を喋る?」
「あー、まあ普通に大会の話じゃね?質問箱から適当にお題拾ってもいいし」
「了解、とりあえずドリアンに連絡する」
「おはようございますカッコキョウベン、雑談配信始めるよー」
「こんばんは、少し時間ができたので、素材集めに出ようと思う」
『おはきょう〜』
『内容統一しろおはきょう〜』
考えることはそのままに、配信が始まった。




