レノックス伯爵家の没落
その日の朝、ジュリアン・レノックスは、愛人を住まわせている屋敷で目を覚ました。
王都郊外にあるそこは、小さいながら贅を尽くしたつくりの建物で、寝室には大人が五人は同時に眠れそうな巨大な寝台が設えられている。
最高級の滑らかなリネンから裸身を起こしたジュリアンは、いまだ眠りの中にいる愛人をちらりと見下ろした。
(水使いの娘の婚約者だと思うと、妙にそそられる気分になることもあったが……。この体にもそろそろ飽きてきたことだし、ここを訪ねるのもこれきりにしておくか)
どうせいずれは、水使いの少女と形だけの夫婦になることが決まっている女だ。
自分がこの屋敷に通わなくなれば、そのうち適当な愛人を作って楽しくやっていくに違いない。
そんなことを考え、あくびをしながらバスローブに袖を通したときだった。
「オハヨーゴザイマース! ジュリアン・レノックスサマに、王宮からの召喚状をお持ちしましたー!」
(………………は?)
寝室の壁の一部が消え、その向こうからやたらと脳天気な声が聞こえてくる。
ここは建物の二階だというのに、その声がひどく近い。
振り返ると、ぽっかりと開いた壁の向こうに見えるのは、当然のような顔をして空中に佇む、白銀と朱金の髪をしたふたりの青年。
――この国の、風使いと炎使いだ。
いったい何が、と混乱するジュリアンの目に、なくなった壁の断面から立ち上る煙が映った。ほのかに香る焦げ臭さと、奇妙な熱気。
これは、まさか――。
(壁を……燃やすのではなく、蒸発させたのか……?)
ぞっとした。
いったいどんな熱量をもってすれば、そんなことが可能だというのか。
炎使いの本質は熱量の支配なのだと、知識としては知っていた。
だがまさか、こんなことが可能なほどであるとは――。
「おやおやー? たしかこのお屋敷にお住まいなのは、水使いの婚約者さまだと聞いていたんですがねー。まさか、彼の兄君であらせられるジュリアンサマと、このような関係でいらしたとは、びっくり仰天! あ、せっかくだから記念撮影しとこ」
ふざけた口調で言いながら、炎使いのユージィンが襟元の徽章に指先で触れる。
振り返れば、裸の胸元を羽毛布団で隠しただけの愛人が、驚いた顔で起き上がっていた。バスローブのベルトも締めていないジュリアンと、そんな彼女の姿を撮影されたと知って、一瞬で頭に血が上る。
咄嗟に怒鳴りつけようとした彼に、ユージィンが楽しげに口を開く。
「まー、元々アンタの愛人だったらしいし、アンタとその女が乳繰り合っていようが、ぶっちゃけどうでもいいんだけど! ――そんな貞操観念がぶっ壊れた年増の女を、十五歳の女の子の婚約者に宛がうとかさあ。マジで、意味わかんねーよな?」
「な……っ」
後半、まったく笑っていない重低音で告げられた言葉に、ぎょっとする。
まさか、と思うより先に、目に見えない空気の圧に体の自由を奪われた。体が宙に浮き、本能的な恐怖に顔が引きつる。
風使いのレオナルドが、不自然なほどに落ち着いた声で淡々と言う。
「ジュリアン・レノックス。国王陛下のご命令により、貴殿を王宮へ連行する」
「何を、ばかなことを……っ!」
そんなことはあり得ない、と叫ぶ自分と、水使いの真実を知られていることにおののく自分との間で、感情が激しく揺れ動く。
わあ元気、とユージィンが笑って言う。
「言っておくけど、アンタの親父は昨夜のうちにとっ捕まえて、すでに王宮で確保済みだから。アンタがここにいるのはわかってたし、証拠隠滅のおそれもないからってんで、監視付きで後回しにしてただけだから」
「う……嘘だ、嘘だ! なぜ父上が、そのような辱めを受けねばならん!」
真っ赤になって喚くジュリアンに、レオナルドの視線が鋭くなる。
「なぜ、か。――わからないのなら、これから王宮で説明してやる。落とされたくなければ、それ以上口を開くな。不愉快だ」
そう吐き捨てた彼に、バスローブ一枚の姿で本当に王宮まで運ばれた。
豪奢極まりない大広間、その窓から断りもなしに飛びこんだレオナルドとユージィンに続き、毛足の長い絨毯の上に放り出される。
衝撃に息が詰まったが、どうにか体を起こす。
バスローブの前を合わせながら顔を上げると、すぐ隣にナイトウエア姿の父親がいた。
常に堂々とした佇まいでジュリアンの前にいた彼が、ひどく憔悴した様子で床に直接座りこみ、しかも後ろ手に拘束されている。
「……っ父上! 誰がこのようなひどい真似を!」
叫びながら父の拘束を解こうとしたジュリアンの首筋に、ひやりとした感触が触れる。
純粋な白銀の刃は、風使いのみが持ちうるものだ。
「誰が、動いていいと言った?」
――どっと、全身から汗が流れた。
もしこの声に温度があったなら、きっと今頃周囲のものはすべて凍りついていただろう。
ガチガチと奥歯を鳴らすジュリアンの耳に、よく通る落ち着いた声が届いた。
「レノックス伯爵家当主、ジョージ・レノックス。その嫡男、ジュリアン・レノックス。まさかそなたらが、たった十五歳の少女を十八歳の青年と偽り、少女の姉を人質にとって危険な対呪詛戦闘に従事させるような、救いがたい愚物であったとはな」
少し離れたところからそう語ったのは、この国の国王――キャメロン・エリス・ロイ・バルドメロだ。
若い頃は自ら対呪詛戦闘に従事していた彼は、今もがっちりとした肩と厚い胸板、丸太のように太い腕をしている。
後ろに撫でつけた総髪は、白いものの混じりはじめた金髪で、太い眉の下では藍色の瞳が炯々とした光を放っていた。
玉座に腰掛けた彼の、一段低いところに立っているのは、呪詛対策機関のトップに立つキャロライン・メイジャーだ。
ジュリアンが幼い頃から、少しも変わったように見えない華やかな美貌を持つ彼女は、まるで汚物に向けるような目でレノックス伯爵家のふたりを眺めていた。
国王に視線を向けられた彼女が、ゆっくりと口を開く。
「セシリア・ローウェル嬢。四年前、当時十一歳だった彼女は、両親を呪詛に食い殺されたのち、レノックス伯爵家に引き取られました。ですがその直後、彼女は事故死したとされたうえ、伯爵家から葬儀を出されております。そして『死人』なった彼女は伯爵家において、魔導兵士となるべく厳しい訓練を施されていたようです」
ほう、と国王が相槌を打つ。
「王宮に届け出のない魔導兵士を個人の家が抱えることは、厳しく禁じられているのだがなあ」
「はい。これだけでも、王家に対する反逆罪が適用されるかと。また、三年ほど前から、レノックス伯爵領で呪詛の討伐数が激増しております。調査によると、自警団が呪詛の発動を報告したのち、伯爵家所属の魔導兵士部隊が到着するまでに、呪詛と単独で交戦する小さな人影が確認されるという事例が、その頃から頻発していたとのことです」
――三年前。
たしかにその頃から、あの少女が魔導兵士として使い物になるようになったため、対呪詛戦闘に投入していた。
だが、呪詛の核を破却していたのは、紛れもなくジュリアンや勇猛果敢なレノックス伯爵家の魔導兵士たちだ。多少の露払いを少女にさせていたのは認めるが、そんな些細なことをなぜとやかく言わなければならないのか。
「ちなみにではありますが、彼女がギル・レノックスと名乗って我が呪詛対策機関に所属した頃から、レノックス伯爵領における呪詛討伐数は、三年前以前の水準よりも更に下落しております」
(な、に……?)
ジュリアンは、耳を疑った。
ちょうどその頃から、第一王子の離宮へ日参するようになった彼は、領地での呪詛対策は残してきた魔導兵士たちに任せきりだったのだ。
特に変わった報告もなかったため、ずっと領地の状況を気にすることなく、第一王子の機嫌取りに勤しんでいたのだが――。
「その後、水使いとしての力に覚醒したセシリア嬢は、レノックス伯爵の命令により、年齢と性別を偽ったうえで、呪詛対策機関へ所属するに至りました。……いくらそのように書類が整えられていたとはいえ、彼女の苦しみにすぐに気付けなかった自分を、心底恥ずかしく思います」
「なるほど。――ジョージ・レノックス及びジュリアン・レノックス。何か、申し開きすることはあるか?」
国王からの問いかけに、父は俯いて震えるばかりだ。
よく見れば、その顔にはいくつもの殴られた痕がある。
(誉れ高きレノックス伯爵家の当主に、たかが小娘ひとりのことでなんという無礼を……!)
カッと頭に血を上らせたジュリアンは、その場で跪きながら口を開いた。
「恐れながら、国王陛下。我がレノックス伯爵家は、両親を喪い身寄りのなくなった少女を、善意により保護しただけにございます。彼女の顔には、おぞましい呪詛の爪痕が刻まれているのです。我が家での厳しい訓練がなければ、いずれ彼女は爪痕の主にただ食われるのみだったことでしょう」
「ほう? それでは、そなたらはただの善意でもって、十一歳の少女の髪を無理矢理切り落としたとでも言うつもりか?」
(……髪?)
いったいなんのことだ、と戸惑うジュリアンに、国王は冷ややかな視線を向ける。
「そもそも、呪詛の爪痕を受けた幼い子どもが、なぜ自ら武器を手に取って戦わねばならん。その爪痕の主を破却するのは、周囲にいる大人たちの義務であろうが。四年前には、すでに我が国にはマスターたちが三名も揃っていたのだぞ。そなたらは彼女を保護した時点で、その旨を王宮に申告し、呪詛対策機関の助力を請うべきだったのだ」
国王はそこで、苦々しげに息を吐いた。
「当時のそなたらが正しい対応をしておれば、セシリア嬢は呪詛対策機関に庇護され、爪痕の主もとうに破却されていたかもしれん。やがて水使いとして覚醒したのちは、彼女と同じマスターたちに正しく導かれ、今も姉君とともに幸せに暮らしていたのであろうにな。まったく……なんの罪もない少女に、そなたらはなんと惨いことをしたのだ」
顔を歪めた国王が、そう嘆いたときだった。
びちゃり、という濡れた音が聞こえたと思った途端、父がすさまじい悲鳴を上げる。
見れば、まるで全身を鋭利な刃物で切り裂かれたような有様で、血塗れになった彼が床に転がり、身もだえていた。
あまりの惨状に呆然としたジュリアンの耳に、先ほども聞いた低く冷たい声が響く。
「ああ……。悪い。少し、制御が緩んだみたいだ」
妙に間延びした口調で、風使いが言う。
「そうだよなあ……。おまえらが、セシリアを閉じこめてさえいなければ。オレたちはアイツと、四年前には会うことができていたんだ。きっと、髪も長いまま――ちょっと魔力が強いだけの、普通の女の子として、出会えていたはずなんだ」
なあ、とレオナルドが、父の前にしゃがんで冷ややかな視線を向けた。
「知ってるか? オッサン。アイツ、自分が女だってオレたちに知られた瞬間、死のうとしたんだ。アンタの命令を遂行できなかったから、姉さんが酷い目に遭わされる、って泣いてな。そうなる前に、両親を殺した呪詛に縋って、体を丸ごと食われて死のうとしたんだよ」
傷だらけで答えることもできない父に、レオナルドは語り続ける。
「そんなふうになるまで、アイツを追い詰めて、泣かせて、笑うこともできなくさせて。アンタがそこまでして欲しかったものが何かなんて、興味ねェし、どうでもいい。……ただオレは、アイツを助けるって約束したんだ」
レオナルドの左手が、父の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
「オレたちが与えられている、マスター特権。水使いを無理矢理囲い込んだアンタなら、よく知ってるよなあ? とりあえず、そのうちのひとつ、今使うわ。――オレは、アンタを、自分の敵だと認識した」
酷薄な響きのその声に、ジュリアンの喉がカラカラに干上がる。
父を助けねばと思うのに、まるで体が言うことをきかない。
それから、ゆっくりと立ち上がったレオナルドの拳が、父の顔面を打ち抜いた。
くぐもった悲鳴とともに、父の鼻と口から血が噴き出る。
「マスターは、王家と自身に敵対する者に対し、いかなる対処をしようとも一切咎められることはない、だったっけ? 正式な文言は忘れたけど、まったく都合のいい特権があったもんだ」
どこまでも淡々と、むしろつまらなそうにそんなことを言いながら、レオナルドは血塗れの父の顔を冷たく見据えた。
「まあ、アンタは水使いに対する虐待及び脅迫、その他諸々の罪状で、爵位の剥奪と領地財産の没収はすでに決定してる。ここで殺して、楽になんてしてやらねェよ。せいぜい、アイツが受けた苦しみと屈辱の百分の一でも味わいながら、これからの人生惨めに過ごしていけばいいさ」
――爵位の剥奪と領地財産の没収。
ジュリアンは、蒼白になった。
「な……なんだ、それは! いくらなんでも、不当過ぎる! 陛下! 異議の申し立てを――」
「ハイハーイ、色ぼけお坊ちゃま。寝言は寝てから言いましょうねー」
国王に直訴しようとしたジュリアンの頭を、背後から無理矢理掴んで押さえつけてきたのは、炎使いのユージィンか。
笑い混じりのその声に、猛烈に腹が立った。
しかし、何をする、と睨みつけたその先にあったのは、風使いに勝るとも劣らぬ冷たさの、そして殺意すら孕んだペリドットの瞳。
「なあ。これだけ、確認しておきたいんだけど。あの子に――セシリアにセクハラしまくってたクソ野郎って、アンタってことで間違いねーか?」
「……は?」
驚きに目を瞠ったジュリアンに、ユージィンが首を傾げる。
「だーかーらー。あの子が十四歳の頃から、胸やら尻やら触って嫌がらせをしてたロリコンの変態は、アンタデスカー? って聞いてんだけど?」
「い……嫌がらせ? なんだ、それは! そんなことはしていない……!」
多少幼かろうとも、女という生き物が、自分に触れられて嫌がることなどあり得ない。
心からそう確信しているジュリアンの反論に、ユージィンが意外そうに目を瞠る。
「えー……? あれ? じゃあ、アンタのほかにも、未成年の子どもに発情する変態がいたってことか? それはそれで、めちゃくちゃイヤだな……」
ジュリアンの後頭部を掴んだまま、ユージィンがぼやいたときだった。
国王の通信魔導具に直通の緊急通信が入り、聞き慣れない男の声が広間に響く。
水使いの少女とともにいるらしい男が、国王と親しげに語り合いながら、勝手なことばかりを一方的に口にする。
挙げ句の果てに、あの少女を泣かせた者たちは揃って地獄に落ちるべき、などと、ばかげたことを言い放った。
(ふざ……けるな……!)
たかが平民の若夫婦。たかが、平民出身の水使い。
そんな取るに足らない者たちを、誉れ高きレノックス伯爵家のために利用して、何が悪い。
あの水使いの娘だって、自分たちの温情に感謝していたはずだ。
否、感謝して然るべきなのだ。
なのに――。
『――特に、ない。ただ、連中の顔を思い出すと、吐き気がする。彼らが二度と、おれの前に姿を現すことがないなら、それでいい』
(な……)
まるで、ジュリアンの存在そのものになんの興味もないとでも言いたげな、感情の透けない少女の声。
……少年のように短く整えていてさえ、彼女の柔らかな黒髪はとても魅力的だった。
幼い頃から愛らしかった顔立ちは、成長するにつれますます美しくなっていく。
いつか彼女が大人になったとき、この腕に閉じこめて可愛がってやるのを楽しみにしていた。
それが正しい未来であったはずなのに、なぜ彼女はそれを否定する。
呆然としていたジュリアンは、突然左肩に走った灼熱に悲鳴を上げた。
「ああぁあああ! ぐっ、ぎぁああああ!」
「……うるっせーなあ」
左肩、右の脇腹、右の太腿、そして左の足首。
無造作にジュリアンの体を切り裂いていったユージィンも、同じように父の体を切り裂いていたレオナルドも、まるで人の子の苦痛を喜ぶヒトガタの呪詛のようだ。
自身の血と苦痛と恐怖、脂汗にまみれながらうずくまっていると、国王の穏やかな声がした。
「ふたりとも。殺す気がないのであれば、それくらいにしておけ」
(陛、下……!)
なぜ、そんな呑気なことを言っている。
この国の重鎮たる伯爵家の当主とその嫡男が、これほどの屈辱を受けているというのに、なぜ国王がそれを黙って見ているのか。
「まったく……。血を流すのであれば、外でやってくれぬか」
「あー、焼いたほうがよかったですか?」
のほほんとしたユージィンの問いかけに、国王がすかさず答える。
「やめてくれ。私は、人の肉の焼けるにおいは嫌いなのだ」
「遠慮しなくてもいいのですよ、陛下。換気ならば、オレがしっかりさせていただきますので」
「やめんか、レオナルド。ユージィンも、そこでイイ笑顔をするでない」
彼らは、何を言っているのだ。
苦痛と失血で朦朧とする中、どうにか顔を上げたとき、レオナルドがイヤーカフ型の通信魔導具に触れた。どこからか、緊急の通信が入ったらしい。
ややあって通信を切った彼が、ゆるりとジュリアンを振り返る。
紫の瞳が、壮絶な怒気を孕んで睨みつけてきた。
「テメェ……。セシリアにセクハラしてたの、やっぱりテメェだったんじゃねえか!」
「ひっ」
セクハラなど、した覚えはない。
そう言ってやりたいのに、すさまじい風圧で全身を押さえこまれ、身動きひとつ取ることができなかった。
「ヤダー、ジュリアンサマったらぁ! 嘘がとーってもお上手なんですねー! 危うく騙されちゃうところでしたー!」
「ユージィン。気持ち悪い」
「スマン。俺も自分でやってて、めちゃくちゃ気持ち悪かった」
ふざけたことを言い合うふたりの声が、どんどん遠ざかっていく。
「これ以上、ここで血を流すのもなんだしなあ。いっそ、外へ持っていくか」
「じゃあついでに、オッサンのほうも外に捨てちまおうぜ。放っておいても死ぬような傷じゃねーし、城壁の外でボコって、そのまま放置でいいんじゃね?」
(……嘘だ)
つい昨日まで、なかなか心を許そうとしない第一王子の頑固さだけが、ちょっとした悩みの種だった。
それ以外は人生のすべてが順風満帆で、このまま父のあとをついていけば、至高の栄光を手に入れられるはずだったのだ。
この王宮の実質的な主として、あらゆる栄華を極め、贅の限りを尽くしてやれる。
史上初めての、四大元素すべてのマスターを従える国の主として、大陸の覇権すら望めるはずだったのに。
あの水使いの少女さえ、おとなしく自分たちに従っていれば――。
「待て待て、おまえたち。そんなものを放置されては、近隣の住民たちに迷惑であろうが。王宮の者がゴミの分別を怠っては、民に示しがつかぬわ」
「……生ゴミって、燃えるゴミか?」
「どっちかといえば、不燃ゴミ……じゃねーの?」
国王も、風使いも、炎使いも。
みな、レノックス伯爵家に従うべき存在であるはずなのに。
「陛下まで、何をおかしなことをおっしゃっているのです。そのような腐敗した粗大ゴミとしか言いようのないものでも、法の裁きを受けさせたうえで、きちんとした手順を踏んで捨てねばならぬでしょう。もういいお年なのですから、若者たちのノリに乗っかってはっちゃけるのはお控えください」
「キャロライン……。おぬしが一番酷くはないか?」
――なぜ、こんなことになったのだ。




