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・〈〉はスクリーンの映像の音声です。
・詩乃の創駆は、ブレイブボードを想像してください。
スクリーンには、操縦者の詩乃ちゃんと操導者の私がそれぞれ映っている。詩乃ちゃんはリラックスした様子で、肩を軽く回したり手首を曲げたり準備運動している。
対照的に私は窓の外を覗き込み、心ここにあらずといった様子でソワソワしているのが見える。
『莉愛、緊張してるね』
「こんなところまで撮られてたなんて……」
カナタの声が耳に届く。恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じた。目の前のスクリーンに映る自分の姿に、自然と肩がギュッと上がる。心臓の音が耳に近い。早く始まってほしい——そう願う気持ちが、胸の奥でグッと膨らむ。
詩乃ちゃんが準備運動を終えると、くびれが目立つスケートボードのような魔械創駆をスタート地点前に置く。詩乃ちゃんは軽く手を挙げて審判に合図を送る。
審判の魔械義肢が軽く鳴り、操導室の私に声が届いた。
〈操導者、莉愛。準備はいいですか?〉
〈っはい、大丈夫ですっ〉
答えた瞬間、胸がドキリと跳ねる。スクリーンに映る自分の緊張した顔を見て、思わず手で覆いたくなる。
(お願いだから、早く始めて)
〈それでは、始めます。両者、位置について〉
審判の言葉を合図に、詩乃ちゃんは創駆に片足を乗せて静かに呼吸を整えている。私は緊張の面持ちで、義手を鳴らしてプレートに乗せる。
審判が確認すると、スタートを合図するスイッチを押す。
〈——ピッ、ピッ、ピッ、ピー!〉
スタートの合図と共に、詩乃ちゃんは創駆に乗り軽やかに走り出す。ひとつ結びの髪が風に靡き、スクリーン越しでもそのしなやかな動きに思わず息を飲む。
最初のコースは、“変転コース”。ここは魔械歯車に囲まれていて、歯車の動きに合わせて道が刻々と変形していくコース。
詩乃ちゃんの運転技術と、私のコースの先読みの報告で、難なくクリアして行く。
〈……っ!? 詩乃ちゃんっ、止まってっ!〉
私の合図に、詩乃ちゃんは創駆を捻り進みを止めると、コース前方全体が一気に下がり、あのまま進んでいたら、詩乃ちゃんは確実には怪我をして、試験は終わっていただろう。
映像を見ていたクラスメイトは、驚きの声を上げていた。
「っ! 今のよく分かったな」
拓斗も驚きと感心を混ぜて呟く。その声に自然と背筋が伸び、誇らしい気持ちが込み上がって来た。
「ねっ! 私、怪我するところだったんだよっ!」
詩乃ちゃんが興奮気味に拓斗の呟きに答えた。私は緩む口元をそっと手で隠す。
教室のざわめきやスクリーンの映像が、そんな自信の芽をさらに大きく押し上げる気がした。
変転コースが終わると、次は“迷宮コース”。私たちの得意な巨大迷路のコースだ。クラスのみんなも私たちの記録を知っているからか、一瞬でスクリーンに釘付けになった。
スクリーンの中の私は、プレートに義手を置いたまま少し前屈みになり迷路をジッと見つめる。そしていつも通り影たちを集めて、道標の線を引いて行く。
その瞬間、クラスがざわつく。私の影の動きもそうだけど、ものすごいスピードで影を追って進む詩乃ちゃんの迫力に、声援が一気に大きくなるのが分かった。小さな声や歓声、手を叩く音が、教室の空気を振動させる。胸の奥が小さく高鳴り、緊張と期待が入り混じる。
そしてノーミスでコースをクリアした瞬間、教室全体が「おおっ!」と声を上げる。拍手が波のように教室中を駆け巡り、ざわめきが歓喜に変わるのを感じた。目の前のクラスメイトたちが私たちを見ている。
認められた——そんな感覚が、胸の奥で膨らむ。
『結構、早かったんじゃない?』
カナタの声に、私は思わず胸の中で小さくガッツポーズを作る。いつも冷静であまり感情を表に出さないカナタが、驚きと関心の声をあげたことが何よりも誇らしかった。
「ふふっ、そうかな?」
口では軽く答えたけど、胸の奥は誇らしさで温かく満ちている。頑張った自分への小さな自信が、ざわめきや拍手の波に押されるように、静かに、でも確かに膨らんでいくのを感じた。
次は“薬苑コース”。四択問題を答えながら進んで行くコース。出題された問題からここはリョク様が考えたコースだとすぐに分かった。薬草の名前が書かれたルートが四つあり、正解の薬草のルートを進んで行くルールだ。
〈咳は絶えず、痰は喉に絡み、息は細く浅い。けれど熱はなく、静かな苦しみだけが胸を締めつける。この者を救う薬草は、いずれであろうか?〉
〈タイムっ!〉
〈そうなんだっ!〉
スクリーンの中では、私の答えに従って“タイム”と記されている道を進んで行く。
〈湿り気を孕んだ洞窟にて、若き者は体を冷やし、
寒気と共に高ぶる熱にうなされている。その身を温もりへと導く草は、どれであろうか?〉
〈生姜っ!〉
〈これは分かったっ!〉
スクリーンの中の詩乃ちゃんの素直な明るい返事に、思わず笑みが溢れる。
〈血に濡れた傷は疼き、心は怯えに震えて眠れない。
体と魂、二つの痛みに寄り添う草の組み合わせは、いずれであろうか?〉
〈アロエとカモミールっ!〉
〈そうなんだっ!〉
どんどん答えて行く私に、クラスはどんどんざわめいていく。普段は自信なんてなくて、前に出るのも得意じゃないのに、迷わず答えられた自分を少し誇らしく思えた。
「莉愛頼みだな」
拓斗が、感心と呆れを混ぜたように小さく呟いた。
「植物なんて分かんないよぅ!」
慌てて言い返す詩乃ちゃんの声に、教室の空気が和む。私もつい笑ってしまった。
「霞む視界は歪み、道は揺らめき、歩む足は迷いを孕む。幻視の霧に囚われた者の瞳を澄ませる草は、どれであろうか?」
『これ、狡いよね』
「ねっ、意地悪問題っ」
この問題は、普通の植物ではなくて“魔法薬草”が答えの問題だった。漢字をよく見れば分かるけど、まだ授業では習っていない。
本の虫のカナタは当然知っているし、私は昔、緑の教会の温室でカナタから教えてもらったことがある。
〈えーっ! 何これーっ!?〉
スクリーンの中の詩乃ちゃんが、初めて聞く植物名に素直に驚いて声を上げる。その慌てぶりが可笑しくてつい口元が緩んだ。
〈詩乃ちゃんっ、チョウドウソウだよっ!〉
〈ど、どれそれっ!? 漢字で読めないよっ!〉
〈えぇっと、真ん中の漢字が『ひとみ』って漢字で——〉
〈『ひとみ』ってどんな漢字っ!?〉
〈えぇっと〜——〉
しどろもどろに説明しようとする自分の姿がスクリーンに映し出され、頬に熱が集まる。真剣なのに噛み合わないやりとりが、却って可笑しい。
気付けば教室は笑いで包まれていた。その笑い声の渦に自分も巻き込まれて、恥ずかしいのに胸の奥がほんのり温かい。思わず少しだけ、笑ってしまう。
スクリーンに映るの詩乃ちゃんは、澄瞳草が分かったようで正解のルートを走り出す。
〈幼き者の腹は波に呑まれるように乱れ、力は失われ、つつある。その苦しみを静め、穏やかに整える草は、いずれであろうか?〉
〈カモミールっ!〉
〈はーいっ!〉
最後の問題も正解を選び、このコースも無事突破できた。
次は“迎撃コース”。操縦者の動きをセンサーが拾って、コースのあちこちにある固定砲台が一斉に撃ってくる。画面を見ただけで、当時の記憶と緊張感が蘇ってくる。
大きな音を立てて、練習の時とは違って大きな砲丸が放物線を描いて落ちてくる。私は触裂撃で飛んで来る砲丸を破壊していく。
破壊し損ねた砲丸が、地面にぶつかって土煙を上げる度、思わず体をすくめてしまう。だけどスクリーンの中の詩乃ちゃんは全く動じないで、体を捻ってスケートボード型の創駆を操作して避けて行く。あの時の詩乃ちゃんは本当にカッコよかった。
でも後半に進むに連れて砲撃の数がどんどん増えて、私もどんどん捌き切れなくなっていた。するとスクリーンの中の私は、操縦者を感知するセンサーに対して、絡みつくように影を飛ばしていた。黒い煙が機械の目を覆い尽くした瞬間、砲台が働かなくなって音もなく砲撃が止まっていく。
『……すごい、こんな使い方があるんだ』
カナタが目を見開いたまま、スクリーンから視線を外さない。驚きと感嘆が混じったその声音に、私の胸が少し熱くなる。
「ふふっ、咄嗟に思いついたんだ」
口では軽く笑ってみせたけど、あの瞬間は必死だった。詩乃ちゃんを守らなきゃ、助けなきゃ——ただそれだけで体が動いていたのに、不思議と迷いはなかった。
まるでずっと前から知っていたみたいに、影は自然とセンサーを覆っていた。
言葉を口にしてから気配を感じ視線を向けると、カナタが私をジッと見つめていた。壁にもたれたまま足と腕を組み、動かずただ静かに吊り目気味の視線が私を捉える。
息を詰めるようなその眼差しに気付いて、私は思わず小さく首を傾げてみせる。
『……すごいね』
ポツリと零れた言葉。
尊敬と驚き、それだけじゃない。どこか遠い記憶を呼び起こすような、懐かしさの色が混ざっていた。
まるで「知ってる」と言われているような響き。
その響きをもう少し聞いてみたかったけど、クラスメイトの歓声で掻き消されてしまった。いつの間にかスクリーン内の詩乃ちゃんは、迎撃コースを突破していた。
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