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 利玖や先輩たちから双輪試走の話を聞いてから、もう二週間が経った。


 あれからは魔械(マギア)義肢を使った魔法の練習が本格的に始まって、私は拓斗や玲央くんと一緒に汗を流している。


 最初は思うように動かせなくて焦ったけど、ふたりが当たり前のように隣にいて声をかけてくれるから、何とか続けられている気がする。


 一方で詩乃ちゃんは、「任せて」と宣言した通り、黙々と魔械(マギア)創駆を作ってくれている。集中している時の詩乃ちゃんはまるで別人みたいに真剣で、声をかけるのも躊躇うくらいだ。


 そんな姿を見ながら私はといえば……頼まれた部品を持って来たり、組み立て中のパーツを支えたりするくらいしかできない。役に立ちたいのに、それくらいしかできない自分がちょっと悔しい。


 でも同時に、助けになれたかもって思えた瞬間があると、胸の奥がじんわり温かくなって、嬉しくなる。


 私はまだまだだ。だけど、誰かと一緒に何かを作り上げているんだって思うと、不安よりも楽しみの方が大きくなっていく。

「それじゃあっ、私は創駆を制作に行くねっ!」


 昼休みが終わり、私たちはいつもの六人で廊下に集まっていた。ここからは魔械(マギア)創駆を作る組と、魔法の練習をする操導者組とに分かれる。


「俺も今日は、優と創駆の方に行くわっ」


 玲央くんは軽く手を振って、すぐに優ちゃんの横に並んだ。


「じゃあ、今日は私たちふたりで練習しよっか」


「そうだな」


 私が言うと、拓斗は少し肩をすくめて短く答えた。その声音はぶっきらぼうだけど、私にはどこか安心した響きに聞こえる。初めてのふたりでの練習に、少し緊張する。


 そんなことを思いながらふと顔を廊下の向こうに向けると、人混みの中に見覚えのある姿を見つけた。


 他の生徒より背が少し高く、柔らかい垂れ目にいつも笑みを浮かべているような表情。その雰囲気だけで、自然と視線が集まってしまう人。


 ——晶くんだ。


 なぜか惹きつけられるその雰囲気に思わず「あっ」と声が漏れてしまう。


 私の声に釣られるように、他の五人も同じ方を振り向いた。


 すると晶くんも私たちに気付いたみたいで、軽く手を振りながら近付いて来た。


「やぁ、莉愛さん。カナタもお揃いで」


 柔らかい声と共に、視線が私からカナタへと移る。その瞬間カナタはほんの少し気怠そうに首を傾け、晶くんに視線を返した。まるで「何の用だ」とでも言いたげに。


「晶くん、私たちこれから魔械(マギア)工学棟に行って創駆制作に行くんだけど、晶くんはどっちに行くの?」


 詩乃ちゃんが問いかけると、晶くんは顎に手を当てて「うーん」と考え込む仕草を見せた。その余裕のある態度が、やっぱり晶くんらしい。


「どっちにしようか迷ってるんだよねぇ。前回は魔法の練習したしなぁ……」


「あっ、てことは晶くん、操導者なんだ?」


 思わず私が声を上げると、晶くんは少し驚いたように目を見開き、それから穏やかに笑った。


「うん、そうだよ。もしかして莉愛さんも?」


「そうだよっ。今日も練習に行くんだっ」


 知り合いで、拓斗と玲央くん以外の操導者に出会えたことが嬉しくて、私の声は自然と弾んでいた。


 すると晶くんはカナタに視線をやった。わざとらしくない、だけど確かに意識した一瞥。


 その後、口の端をほんの少し上げて、ニヤッと笑う。


「……そうなんだ。じゃあ俺も練習に行こうかな」


『っ!?』


 その瞬間、カナタの肩が僅かに揺れた。普段は滅多に乱れない表情の奥に、静かな動揺が走る。


 耳を澄ませなければ分からないほどの小さな声が、チョーカーの奥から漏れたのを私は聞き逃さなかった。


 カナタが狼狽えるなんて——そんなの、今まで見たことがない。胸がドキリと高鳴り、私は思わずカナタの横顔を凝視してしまった。


 カナタは目を逸らし、あからさまに言葉を飲み込んだ。その仕草がカナタの不器用な誠実さを物語っている気がして、私は言葉をかけるタイミングを失った。


「それじゃあ、行こうかっ。えっと、他に一緒に行く人は?」


 晶くんが軽やかに問いかける。その声の響きに、空気が自然と和らいでいくように感じた。


「あっ、あとは……拓斗だよ」


 私は少し緊張しながら拓斗を紹介した。


「拓斗くん? 俺、晶。よろしくね」


 晶くんはいつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべて、自己紹介をした。


「……よろしく」


 拓斗は短く答えただけだった。だけど、その声には、いつもより少し柔らかさがあった。


 目の前にいる晶くんの、理由もなく人を惹きつける雰囲気が、そうさせたのかもしれない。


 やることが決まった私たちは、七人で階段の踊り場にある鏡へと向かう。ざわめく声と足音の中で、ふいに背後から控えめな声が落ちてきた。


『……莉愛』


 振り返ると、カナタはほんの少し困ったような表情をしていた。視線は私を見ているけど、どこか言いにくそうに揺れている。


「ん? ……どうしたの?」


 小さく私を呼ぶその響きはまるで秘密を打ち明ける合図のようで、私は思わず歩く速度を緩めて声を潜めて聞き返した。


『あの……晶が言うこと、真面目に聞かなくていいからね』


 忠告めいたその声は、心配と戸惑いが入り混じっていて私の胸に柔らかく触れる。


「えっ、晶くん、そんな変なこと言うの?」


 冗談めかして返してみたけれど、カナタは笑わなかった。


『うーん……何て言えばいいんだろう……』


 難しそうに言葉を探すように、眉根を寄せる。その仕草に、前に晶くんのことを尋ねた時の顔が重なった。


 まるで晶くんのことを上手く説明できないもどかしさを抱え込んでいるみたいで、私はまた胸の奥で小さな引っかかりを覚えた。


「うーんと……取り敢えず、違和感があるってことでいいかな?」


 もどかしげに言葉を探すカナタを見ていると、胸の奥が少しだけモヤモヤとした。何とかその曖昧さをまとめてあげたくて、私はそっと“違和感”という言葉を差し出した。


『違和感……うん、そうかもしれない。とにかく、気にしなくていいからね』


 カナタの声に、先ほどまでの迷いがふっと和らぐ気配があった。言葉を見つけられたことで、少し安心できたのだろう。


「うんっ、分かったよ」


 私はカナタを安心させたい一心で、笑ってみせる。するとカナタはほんの刹那の後、目元をふわりと綻ばせた。


 その表情は普段あまり見せない柔らかさを帯びていて、まるで胸の奥の警戒が一瞬だけ解けたみたいに見えた。



ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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