28
飲み物を取りに行った優ちゃんは、カップを持って私たちのテーブルまで戻って来た。そして芽依ちゃんの隣に座る。
教室で見ていた「優ちゃん」とは違う男の姿。色黒の肌に銀髪が光を受けて柔らかく揺れている。
「……すごく印象変わるんだね」
私がポツリと呟くと、隣の詩乃ちゃんも目を丸くして同意するように“うんうん”と頷いた。
教室での優ちゃんは華やかで、少し近寄りがたいような気高さをまとっているのに、今目の前にいる優ちゃんは肩の力が抜けていて不思議なくらい穏やかに見える。
その違いに驚く私たちを見て、優ちゃんは頬杖をつきながら照れ臭そうに唇の端を上げた。
「そうだね。普段はこんな感じ。……外では、ああいう格好が好きなだけだよ」
さらりと答えた後、優ちゃんはふっと柔らかく笑った。その笑顔は紛れもなくいつもの優ちゃんのもので、胸の奥がホッと温まる。
「でも、話すとやっぱり優ちゃんだね」
私がそう口にすると、優ちゃんは少し肩を揺らしながらどこか嬉しそうに微笑んだ。
「えっ、じゃあさ、お出かけの時はどっちなの?」
詩乃ちゃんが身を乗り出すように聞くと、優ちゃんは少し考えるように視線を上げてから答える。
「あー……気分もあるけど、その時はしないかな。本当に学校の時にだけする感じ」
「「へぇ〜」」
私と詩乃ちゃんの声が、息を合わせたように重なった。思わず顔を見合わせて笑い合うと、優ちゃんも釣られるように小さく笑った。
話題は自然と学園生活のことへ移っていった。学園案内や選択授業の感想を一通り語り合った後、芽依ちゃんが委員会の話題を振る。
「そういえば、みんなは委員会、何にしたの?」
芽依ちゃんがパッと顔を上げ、テーブル越しに私たちを見た。
「詩乃ちゃんは、技術管理委員会だっけ?」
「そー! 頑張ってみるねっ!」
私が尋ねると、詩乃ちゃんは両手をギュッと握りしめて気合いのポーズ。あまりにも一生懸命で思わず頬が緩む。
「莉愛ちゃんは、環境整備委員会だっけ?」
「うんっ、そうだよ」
今度は詩乃ちゃんが、私の委員会を言い当てる。
「へぇ! そうなんだっ。私、交流委員会にしたよ!」
「あ、俺も」
「だと思ったっ!」
芽依ちゃんと優ちゃんは、顔を見合わせて自然にパチンと手を合わせ嬉しそうに笑った。
(玲央くん、残念。違う委員会だよ)
私は心の中で、玲央くんへ報告した。
そして優ちゃんが、カップの縁を指先でなぞりながら芽依ちゃんへ問いかける。
「それで、芽依はやっぱり部活は……美容芸術部?」
「うんっ、絶対っ! 義肢にもデコレーションするのは面白そうだし、やっぱりメイクをいっぱいしたいっ!」
芽依ちゃんは目を輝かせ、胸の内に秘めた期待をそのまま表情に浮かべていた。見ているこっちまでワクワクしてしまうくらいの熱量だった。
「芽依ちゃんっ! 練習に私の顔、使っていいからねっ!」
詩乃ちゃんは、胸の奥から溢れるような勢いで言った。
「えーっ、嬉しい! すごい顔にしてもいいっ?」
芽依ちゃんが楽しげに目を細める。
「そ、それは……! せめて似合うやつにしてくださいっ!」
詩乃ちゃんの慌てた声に、二人の間にクスクス笑いが弾ける。
「優ちゃんは?」
「ん〜……ダンス部かなぁ」
少しだけ考え込んでから、優ちゃんは答えた。
「えっ、ダンスできるのっ!?」
詩乃ちゃんが、目を丸くして感動の声を上げる。
「ダンスというか……優ちゃんは体を動かすことなら、大体何でもできちゃうんだよね」
芽依ちゃんが言い添えて「羨ましい〜」と小さく呟いた。その言葉に、私と詩乃ちゃんは顔を見合わせて、同時に「へぇ〜」と声を揃える。
「小四の時のドッジボールなんて、今でも思い出して笑っちゃうよ」
芽依ちゃんが控えめに笑いながら口にすると、優ちゃんも記憶をなぞるように「あ〜」と声を漏らした。
「完膚なきまでに、全員当ててやったな」
「相手が復活したら、速攻で当てちゃうんだもん! 私、ずっと外野で笑ってたよっ!」
芽依ちゃんは当時を思い出して吹き出す。
「へぇ……体育の授業でドッジボール、やらないかなぁ」
思わず口にした私の言葉に「見てみたーい!」と詩乃ちゃんが目を輝かせた。二人の記憶の中の優ちゃんの俊敏さを見てみたい気がする。
すると、詩乃ちゃんがふと思い出したように身を乗り出した。
「そうだ、優ちゃん! カフェどうだったのっ? 瑛梨香先輩とお茶したんだよね?」
その問いに、優ちゃんの瞳がパッと輝いた。
「そぉっ! お茶したのよっ! もう、素敵だったわぁ……」
合わせた手を頬に当てながら夢見るように語るその声色は、すっかり女の子のものになっていた。頬まで少し紅潮していて、本当に幸せそうだった。
「エスにもなってもらえたし、これで晴れて──あたしは瑛梨香お姉様のアプレンティスよ」
そう言って嬉しそうに微笑む優ちゃん。その姿は、教室で見せる堂々とした雰囲気とも、先ほどの飾らない素の姿とも違っていた。まるで「女の子モードの優ちゃん」がそのままそこにいるようだった。
「よかったねっ!」
私は思わず声を弾ませた後、ふと疑問が浮かぶ。
「……ところで、アプレンティスになると、何か特別にできることってあるの?」
エスはアプレンティスを導く存在。だけど、それって具体的にはどういうことなんだろう?
優ちゃんは顎に指を添えて、少し宙を見上げながら考え込む。気付けば口調はいつもの穏やかなものに戻っていた。
「できることねぇ……そうだな。アプレンティスだからこそ会いに行ける、とか。上級生しか使えない部屋に入れたり、資料を読めたりとか……。あとは、上級生と下級生を繋ぐ橋渡しになる、かな」
「なるほど……」
詩乃ちゃんが目を丸くして頷いた。
「確かに、上級生の教室とか行くの緊張するもんね。行ける理由があれば心強いかもっ!」
その一言に、私も思わず同意する。先輩たちの世界は私たちにとってまだ遠く、手を伸ばすだけで緊張してしまう場所だ。そこへ胸を張って行けるのなら、それはきっと大きな力になると思う。
その後も話題は尽きず、私たちはあれこれ笑いながら時間を忘れて過ごした。授業のこと、寮のこと、部活のこと──まるで小さな未来予想図を描くように、次々と話題が弾んでいく。
気付けば食器はすっかり片付いて、私たちのグラスも優ちゃんのカップも空になっていた。楽しい時間は本当にあっという間だ。
「そろそろ戻らなきゃね」
芽依ちゃんが伸びをして、名残惜しそうに言う。
「そうだな。明日から本格的に授業も始まるし」
優ちゃんも同意するように笑った。
私たちはトレーを返却口へ運び、食堂を後にする。エレベーターの前に差しかかると優ちゃんは私たちと反対側のエレベーターのボタンを押す。
男子寮行きのエレベーターが先に着き、優ちゃんは振り返って軽く手を振った。
「じゃ、また明日」
「うん、またね!」
私たちも揃って手を振り返す。
優ちゃんが乗り込んだエレベーターの扉が閉まり切るまで見送ってから、私たちは到着したエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターに乗り込んだ私たちは、また一緒に大浴場へ行く約束をして部屋に戻った。
部屋に入って大浴場へ行くための準備をしていると、今日の出来事が一気に胸に押し寄せる。
学園案内で感じた新鮮な景色、仲良くなれた友達との笑い、食堂での和やかな時間、そして委員会や部活の話題で盛り上がったひと時──その一つ一つが、これからの当たり前になっていくんだと思うと、不思議な高揚感が胸を満たした。
まだ知らない授業、まだ会ったことのない人たち、まだ経験していない日々。それを想像するだけで、胸の奥がワクワクと熱を帯びる。期待と少しの緊張が混ざった、初めて味わうこの感覚。
窓を開けると夜空には星がいくつも瞬いていた。冷んやりとした風が部屋に入り込み、柔らかく髪を撫でる。星の光を見つめながら私は心の中で小さく呟いた。
(明日から、楽しみだな)
心の奥で膨らむ期待に、自然と笑みが溢れる。新しい毎日がすぐそこまでやってきているのを、私は感じていた。
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