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その後「一緒に回れたらいいね〜」何て話して、芽依ちゃんは自分のクラスへ戻って行った。
私も少し一息吐くために、席に戻って座ったら——
「……ねぇねぇ」
小さ過ぎて、聞き間違いかと思うくらいの声がした。思わずキョロキョロしていると、背中をツンツンと突かれる。
ビックリして振り返ると、そこには肩より少し長く伸びたウルフヘアの黒髪の子がいた。陽の光が当たった部分が薄ら赤く煌めいて、何だかワイルドな雰囲気。でも顔立ちは大人っぽくて、同じ中学生に思えなかった。
名前は確か、玲央くん。
「えっと、莉愛さん……だよね?」
「? ……はい」
玲央くんは、どこか遠慮するような、もしくは迷っているような、そんな雰囲気で私に話しかけて来た。
「あのぉ……さっきのボブヘアの子って、友達?」
ボブヘアの子。芽依ちゃんの髪型だ。私は話しやすい体制になるために、窓を背中にして椅子を横向きに座る。
「えっと……さっき私たちと一緒にいた子のことかな?」
「うん、そう。その子」
短く答えた声には、はっきりとした好奇心と、ほんの少しの躊躇いが混ざっていた。
「うん、同じ寮の友達だよ。隣の20組の子」
「そっか……あの……」
言葉を区切った玲央くんは、頬をほんのり染めながら、まるで秘密を打ち明けるみたいに右手を口元に添えて私へ顔を寄せてきた。
その仕草の意図を察して、私もそっと顔を近付ける。
「……その子と仲良くなりたいんだけど、色々教えてくれない……?」
耳元に落ちたその声に、思わず目を見開いた。そのまま玲央くんへ視線を戻す。
「……その“仲良く”って……えっと、そういう……?」
私の含みをすぐに察したのか、玲央くんは顔を真っ赤にしながら、小さくコクリと頷いた。
まさか男の子から恋愛相談をされるなんて思ってもみなかったし、その相手が自分の友達だとなると胸の奥がくすぐったくなる。気が付けば、私の頬もじんわり熱くなってきた。
「……ふふっ、いいよ。でも、私も昨日仲良くなったばかりだから……ちょっとずつね」
そう答えると、玲央くんの目がパッと明るくなった。まるで秘密を共有した仲間同士になったみたいで、私まで嬉しくなってしまう。
「マジでっ! 本っ当、ありがとう! えっと俺は……」
「えっと、確か玲央くん……だよね?」
さっきの自己紹介で、私の次だったから名前は覚えてる。顔はさっき見れなかったから、今顔と名前が一致した。
「あっ、そうそう! 覚えててくれたんだっ」
玲央くんは茶目っ気たっぷりに言う。
徐に、長めの前髪を指先でかき上げると、毛先はふわりと外に流れた。
「……何だか、ライオンみたいだねっ」
ポロっと出た私の言葉に、玲央くんはパッと目を見開いた。
「えっ! マジっ!? そんなにカッコいい!?」
「あっ、いや、そう言う意味じゃないくて……」
そこまで言うと、分かり易くしょんぼり落ち込んだ。
「うーんと、髪型とか雰囲気が、そんな感じがするかなって」
フォローを入れると、玲央くんは「へぇー」と小さく呟き、少しだけ首を傾げた。
「そんなこと、初めて言われたよ」
「えー、そうかなぁ……」
私はジッと玲央くんを観察する。切れ長の目尻に、どこかワイルドで大人っぽい顔立ち。でも、不思議と怖さはなくて、人懐っこい空気がまとわりついている。
もし化粧なんかしたら、また全然違う雰囲気になるんじゃないかなって、そんな想像が過ぎった。
「………玲央くんは、メイクとかしない?」
「メイク? したことないなぁ。少しは興味あるけど」
興味があるなら、芽依ちゃんとも少しは話が合うかもしれない。
「私もさっき知ったんだけど、芽依ちゃん、メイクが好きみたいだよ」
「えっ、そうなの!? てかあの子、芽依ちゃんって言うのっ!?」
「名前まで可愛い!」と興奮気味に食いついて来た。その勢いに、口元を押さえながら笑ってしまった。
キーン、コーン、カーン、コーン——
二時間目の始まりのチャイムが響くと、日向先生が同時に教室へ入って来た。
「それじゃあ、また芽依ちゃんのことが分かったら教えるね。その時に玲央くんのことも、教えてくれたら嬉しいな」
「分かったっ!」
玲央くんは口の端をグイッと上げ、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「はいっ、皆さんいますね。では速やかに廊下へ出て、出席番号順に並んでください。私語は慎んで」
(出席番号順かぁ)
芽依ちゃんはもちろん、詩乃ちゃんたちとも離れ離れになってしまう。こうなったら、学園の構造を覚えることに集中するしかない。
先生の説明が終わると椅子が引かれる音が一斉に重なり、教室中が立ち上がる気配で満たされた。私が席を立った瞬間、後ろから声がかかる。
「なぁ、どうやって芽依ちゃんと仲良くなったの?」
「私語は慎んで」と言われたばかりだから、玲央くんは声を落としてくる。自然と距離が縮まり、さっきよりも近くにその顔があった。
「えっと……どこかで私を見つけてくれたみたいで、その時『仲良くなりたい』って思ってくれたらしくてね。それで寮が一緒だって分かって、話しかけてくれたの」
「えっ、それって……莉愛ちゃんと一緒にいたら、芽依ちゃんと仲良くなれるチャンスが増えるってことじゃん!?」
目を輝かせながら小声で言う玲央くん。その“発見”がよっぽと嬉しいのか、口元がニヤけている。私は思わず小さく吹き出してしまう。
「それだけじゃ、上手くいかないよっ」
そう答えて教室を出ると、広い廊下の空気がふっと流れてきた。出席番号の後ろの方に並ぶと、ちょうど隣の教室の扉が開き、クラスの子と一緒に出て来た芽依ちゃんが姿を見せる。
私に気付いた芽依ちゃんが、パッと笑って手を振ってくれた。私も手を振り返す。すると、すぐ隣の玲央くんが私の肩を軽く突きながら目をキラキラさせて囁いた。
「ほらねっ! ほらねっ!」
「偶然だよ〜」
まさかの偶然が重なって、手を振りながらクスッと笑ってしまった。
会話の流れを少し変えたくて、私は話題を切り替えることにした。
「じゃあ、次は玲央くんのこと聞いてもいい?」
「おっ、いいよっ」
即答しながら、玲央くんは口角をクイッと上げて笑う。その笑顔が、どこか挑戦的にも見えた。
「ありがとっ。自己紹介の時、緊張しちゃって名前しか覚えられなかったんだけど……玲央くんの羽織の色って、睦月寮?」
「そうだよ。色でよく分かったなっ」
この羽織の色には見覚えがある。利玖の羽織の色だ。
「私のお兄ちゃんが睦月寮なんだ。利玖って言うんだけど、知ってるかな?」
「えっ、利玖先輩!? もちろん分かるよっ。生徒会の人でしょ?」
玲央くんの顔がパッと明るくなり、私をまじまじと見つめる。
「へぇ〜……言われてみたら似てるような、似てないような……」
「ん〜、私たちはそんなに似てないかな」
そう言って笑うと、玲央くんは首を傾げながらしばらく私の顔を観察して——ふっと口元を緩めた。
「でもさ、笑い方はちょっと似てる。利玖先輩もそうやって目が細くなるんだよ」
思いがけない指摘に、私はほんの少し頬が熱くなるのを感じた。
「……へぇ、そうなんだ……。初めて言われたかも。利玖はお父さん似で、私はお母さん似だから」
そう言って照れながら笑うと「うん、やっぱり似てる」と玲央くんは言った。
その後、別のクラスの先生の声が魔法を使って私の耳に届いた。
「では、刻名『宵』のクラス。移動します。前の人から離れないように」
聞こえてきたと同時に、他の子たちもそれに反応したから、きっとみんな聞こえているんだと思う。
とは言え、私たちは後ろの方だからまだ動き出す様子はない。私と玲央くんは列が動き出すまでしばらく、睦月寮と弥生寮のことを話していた。
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