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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
空き机の祥子さん
38/42

空き机の祥子さん 1

 再開発が進む夜の住宅街。

 その中に、少し大きく、少し古い家がある。

 陽向(ひなた)裕美(ゆみ)はその玄関先に自転車を停めた。

 家には灯りがついていない。だけど街灯のおかげで真っ暗じゃない。庭はこぢんまりとしているけれど、以前はよく手入れされていた。小さくてかわいい黄色い車もあった。今では雑草が生え放題で黄色い車もない。

「鏡屋敷にようこそ」

 玄関のドアにもたれていた影が動きだした。

 森岡(もりおか)祥子(しょうこ)だ。

 黒い野球帽にカーゴパンツ。ブルゾンの下はTシャツらしい。まるであの夏のままだ。

「2人とも鍵をもってきてくれたな?」

 陽向と裕美はポケットから鍵をとりだした。

 第2のチェックポイントのおばあさんから貰った鍵だ。

 裕美も捨てていなかった。陽向はあの電話のあと、慌てて探してしまったのだけど。机のどの引き出しにもなく、押し入れの奥の子供の頃の宝箱、いろいろな実験道具やエナメル線やハンダやニッパー、思い出が混然とつまった宝箱の中にふたつの鍵が入った小分け袋があった。陽向は泣いてしまった。少しだけ。

「よろしい」

 森岡祥子がにやりと笑った。

「私が2代目ゲームマスターだ。さあ、あの夏のゲームを終わらせよう」



「不法侵入じゃないぞ」

 森岡祥子が言った。

「もともとこの家は東京の不動産会社の所有なんだが、社長さんが森岡家や上遠野(かみとおの)家と知り合いでね、融通が利くんだ。ちゃんと鍵ももらっている。ああ、おまえたちのその鍵では玄関を開けられないぞ」

「覚えている」

 陽向が言った。

「第2のチェックポイントのおばあさんがそう言ってましたね」

 裕美も言った。

「そう。そいつは、最後の問題の答を確かめるための鍵なんだ」

 森岡祥子が言った。


 間違えないでね。

 その鍵はこの家の玄関の鍵ではありませんよ。あなたたちが正解を選んだかどうかを試す鍵なのです。


 第2の管理人は私。第1の管理人は鏡の向こう。

 では、どちらが実像でどちらが鏡像なのかしら。当ててごらんなさい。


「答は用意している?」

「あります」

 裕美が言った。

「ない」

 陽向が言った。

「素直だな。あれから何年も経っているんだぞ。ミステリ研の南野(みなみの)陽向としては、今ならなにか考えがあるんじゃないか?」

「裕美が見つけて、裕美がはじめた冒険だ。裕美の出した答でいい」

 裕美が陽向を見上げた。

 陽向はうなずいた。

「相変わらず仲がいいな。なんだか悔しいからキスしてやろうか、今度は両方に」

「裕美に手を出すな」

「まあ、いい」

 森岡祥子は鼻を鳴らした。

「ああそうだ。玄関を開ける前に、まず鏡屋敷の謎を解いて貰おう。同じ家なのにどうして鏡対称だったのだろう。陽向ははじめから解っていたようだし、裕美だってもう解っているんだろう?」

「その家はたぶん――」

 裕美が言った。

「間取りが鏡対称の同じ家を、中央で合わせた家なんです」


 正面から見ても左右が対称。形も、窓の位置も。

 後から見た時も左右が対称。勝手口もふたつあった。隠してあったけど。最初のリビングに西日が入らなかったのに、2度目のリビングには西日が差していた。


「正解」

 森岡祥子はにやりと笑った。

「玄関だけは――」

「おっと、それ以上は推測しなくてもいい。私から事実を伝えよう。この家はもともと大昔の賃貸し住宅だったんだ。建物はひとつだけど2家族が住むことができる。コストダウンのためとはいえ、壁1枚向こうには別の家族が住んでいるってのは一軒家としてはどうなんだろうと思うが、評判は悪くなかったらしい。とにかくこのあたりには、昔、ずらっと同じ家が並んでいたんだ。玄関だけはばあさんが、自分が住むにあたってリフォームした時に壁をぶち抜いてひとつにしちゃったわけだ」

 「さて」と、森岡祥子は玄関の取っ手に手をかけた。

「蛇足だったかな。でも、その鍵を使う時に鏡屋敷の構造がわかってしまうのでね。もし、ふたりがまだ鏡屋敷の謎を解いていなければ興ざめだろう? それで確認させて貰ったのさ。じゃあ、中に入ろう」



 玄関は真っ暗だ。

 森岡祥子は玄関収納のキャビネットの上に置いてあったLEDのランタンの明かりをつけた。夜に慣れた目にはむしろ明るい。浮かび上がったのは、いちめんの壁と左右対称の位置に扉が2枚。

「な、構造を知った上で見るとわかりやすいだろう? この2枚の扉の間の中央に壁がある。その壁を挟んで鏡対称に配置されたリビングだ」

 階段も両脇に2つ。

「こっち側の階段は、あの夏には引き戸を作って隠してあったんだ。それもあの冒険のためさ。たいしたものだよ。さて、ここでまた質問だ。どっちが第1のチェックポイントのリビングで、どっちが第2のチェックポイントのリビングだろう?」

「この家は南向きです。西日が入らなかった右が第1のチェックポイント。そして西日がまぶしかった左が第2のチェックポイントです」

 裕美が言った。

「それも正解。左右の区別を代償にずば抜けた空間認識力を手に入れた陽向なら、もっと壮大にこの家を俯瞰して見ているのだろうけどな」


「それでは、いよいよばあさんが出した問題だ」


「君たちが持っている鍵は、このリビングへの鍵なんだ。その鍵でどちらの扉を開ける?」

「左のドアを開けます」

 裕美が言った。

「即答だね」

 森岡祥子が言った。

「それは第2のチェックポイントへのドアだ。つまりそちらにいたおばあさんが実像で、第1のチェックポイントにいたおばあさんが鏡像ってことになる。それでいいんだね、裕美。陽向、おまえはどっちを開ける?」

「裕美が開けた方を」

「どうして?」

「言っただろう。裕美が開ける方だからさ」

「2人が鍵を持っているのだから、両方のドアを試せばいいじゃないか。その方が合理的だ」

「おれは、裕美が走るのに夢中になりすぎてライ麦畑から落ちそうになったら、さっと飛び出して捕まえる人になりたいんだ。それだけさ」

「OK」

 森岡祥子は肩をすくめた。

「後悔するなよ、陽向。裕美もいいな。では、鍵をためしてごらん」

 裕美はうなずき、左の扉に鍵を差し入れた。

 かちり。

 鍵が開いた。

「おめでとう、裕美。最後の問題も正解だ」

 かちり。

 右からも音がした。

 ぎょっと森岡祥子はそちらを見た。陽向が右の扉の鍵を開けている。

「なにしてんだよ、おまえはーー!」

「確認」

「あのな、陽向! かっこいいこと言っておいて、それはないだろ!」

「だから、ただの確認だよ。この質問、そして鍵は、どっちを選んでも正解なんだ。そうだろう、2代目ゲームマスター」

 森岡祥子は顔を歪めた。舌打ちまでしたようだ。

「そうだ、陽向」

 森岡祥子が言った。

「どっちを開けても正解。どっちを本物でどっちを鏡像と答えても正解。それ以外でも正解。とにかくなんらかのアクションを起こせばそれが正解。ゲームのルールブックにそう書かれている」



 結局3人が入ったのは、裕美が開けた方の扉だ。

 第2のチェックポイントのおばあさんがいた方のリビング。

 部屋は埃だらけと言うほどではなく、あの重厚な円卓もそのままだ。森岡祥子は円卓の上にランタンを置き、玄関に置いてあったレジ袋からペットボトルを3本並べた。

「電気にガスも止められてる。あたたかい紅茶や、氷にストロー付きのカルピスとはいかない」

 木製のボウルもない。

 レジ袋からポテトチップスの袋を取り出し、背中を割ってそのまま円卓に置くだけだ。

「初代ゲームマスターが残したデータによると」

 どかっと椅子に座り、ポテトチップスを数枚くわえて体を反らせ、森岡祥子が言った。

「最初の暗号を解いて右のリビングまで辿り着いたのは9組25人。そこからこのリビングまで辿り着いたのは私たちを入れて3組7人。そして最後の質問に答えることができたのは、今日、裕美がはじめてだ。そもそも鏡屋敷だと気づいて最後の鍵を貰えたのは私たち3人だけ。外に出てからあの黒板とかに気づいて引き返しても、第1のチェックポイントの管理人を名乗るばあさんが出てきて振り出しに戻るという意地悪さだ。階段を隠す引き戸は、演じるための服をしまう場所でもあったわけだ。もっとも()()()()自体は変わらないから、勝手口からやり直せばいいだけだったんだけどな」

「結局どういうことなんだ」

 ペットボトルの蓋を開け、陽向が言った。

 コーラだ。

 牛乳なら嬉しかったのに。

「あのおばあさんは誰なんだ。今の言い草だとやっぱりひとりだったんだな。おまえ、2代目ゲームマスターって言ったよな。1代目は誰だったんだ?」

 森岡祥子は体を反らせたまま答えない。

 ただ、裕美に声をかけた。

「裕美も、どっちを開けても正解だと思っていたのかい?」

「そうです」

「なら、どうしてこっちを選んだ?」

「この部屋だからです」

「どういうことなんだい」

「この円卓があって、あそこの鏡がある部屋だからです」

 裕美が指したのは、あの日、もうひとりの森岡祥子が映った鏡だ。

 くすっと森岡祥子が笑った。

「ほんとうに驚かされるよ。あの夏、おまえたちと会えたってのは、けっこうな奇跡だ。本当にそう思うよ」

「高笑い――」

「あせるなよ、陽向。それに、いい加減その呼び名はやめろ。私だってもう高一だ。花も恥じらう乙女なんだぜ」

 森岡祥子は体を元に戻し、陽向と裕美に顔を向けた。

 円卓に手を伸ばし、ペットボトルを掴んでキャップをひねる。

「1代目ゲームマスターは、私たちと同じ、あの頃はまだ小学5年生の女の子」

 ぱきっとキャップが音を上げた。

上遠野(かみとおの)聖子(しょうこ)――もうひとりの私だ」


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


小宮山睦美 (こみやま むつみ)

上遠野という少女を知る生徒。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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