鏡屋敷の謎 4
第1のチェックポイントの管理人を名乗るおばあさん。
もう、それだけで目が眩むほどロマンだ。
おばあさんから授けられた鍵。その革の持ち手に焼き込まれたパスワードを、陽向と裕美はさっそく挑戦状のサイトに打ち込んでみた。もちろんそれは受け付けられ、ページが更新された。
◇◇第12の場所◇◇
子供が集いし交流の場なり。南にドーマーのある赤い屋根。西にコンクリートに固められしささやかな川。支柱から下がる座板が2台ずつ4台並ぶ。北に向かい、右から3番目の座板を調べよ。
「……」
「……」
裕美はスマホを持っているのだからその場で挑戦状のサイトにアクセスできたのだけど、陽向も一緒に見ることができるように家まで戻ってパソコンでの入力だ。裕美ちゃん大好き!とやっぱり陽向は思ってしまう。だけど。
「裕美ちゃん」
「なんでしょう、陽向ちゃん」
「笑わないでくれる? これ、もしかして第12児童公園のブランコの板を調べろって書いてあるよね?」
「そのようです」
陽向たちの家の近くには「第8児童公園」がある。例の「今日で夏休みは終わりなんだぜ」とガキ大将が宣言した公園だ。簡単に推定できてしまうのだ。でも、なんだか急に謎が易しくなってないか?
「第12児童公園ってどこだろう。あるのかな」
「検索中です」
「ドーマーってなんだろう。巨人の星を目指す人?」
「それは飛雄馬ーなのです。ドーマーは屋根についた窓のことなのです」
「あっ、それってもしかして赤毛のアンみたいな!?」
「陽向ちゃんって、そういう乙女チックなのが好きですよねー。ありました、第12児童公園。寺尾浜のようです」
「寺尾浜かー。ごめんね、裕美ちゃん」
「なんですか」
「陽向に見せるために家まで戻らなければ、途中だったのね」
「冒険の相棒なんだから当たり前じゃないですか。それより……」
陽向と裕美は窓の外を見た。
6月よりずいぶん低くなった太陽がもう西に傾いている。
「今日はもう無理かな」
「今日はもう無理ですね。まだ夏休みですし、焦ることもないですし」
「夕ご飯に遅れたら、お母さんに叱られちゃうし」
そうですよね!
そうですよね!
あの変な子は今日中に調べちゃうかもしれませんけど!
別に順番を競っているわけじゃないですし!
怖いですし!
そうそう、あの子、なんだか怖いですし!
「また明日ね、裕美ちゃん」
「また明日です、陽向ちゃん」
そして朝。
「ひーなーたーちゃーーん!」
「ひーなーたーちゃーーん!」
「ひーなーたーちゃーーん!」
南野家の玄関に、その声が響き渡ったのだった。
「あっそびーまーしょーおーー!」
意気揚々とMTBを押して歩く野球帽の子の後ろを、なぜだか朝から疲れ切ったような顔で自転車を押している陽向と裕美だ。
「おい、高笑い」
「その呼び方は気に入らない」
「なんでおまえ、裕美ちゃんの家やうちを知ってるんだよ」
「おまえの自転車に書いてあるじゃん」
「……」
そうだったーー!
陽向の自転車には住所が書かれているのだ。マジックでしっかりと。兄の太陽が「盗難防止だ」と書いたものだが、その時には「お兄ちゃん、頭いい!」と思ってしまった陽向だ。
ごめん、裕美ちゃん!
うちのバカ兄が迷惑かけてごめん!
「それより急ごうぜ」
国道を渡り終わり、野球帽の子はMTBにまたがった。
「第12児童公園! 先にたどり着いたヤツが次のキーワードを隠しちゃうかもしれないだろ!」
「あのさ、高笑い」
「だから、それやめろ」
「急ごうぜ、って、あれは第12児童公園のことだっておまえも思っているんだろう。だったら、先に自分で調べればよかったじゃん。うちに来るまでの途中じゃないか」
「なんで途中だとわかる」
「高笑いは五十嵐浜小なんだろ?」
――おまえたち、五十嵐浜小じゃないよな?
五十嵐浜地域と、陽向と裕美の家のある青山浜地域の中間に、第12児童公園があるという寺尾浜地域がある。
「……」
MTBにまたがったまま野球帽の子が振り返った。
「陽向!」
「突然人を名前で呼ぶな」
「おまえ、ぼーっとしてるくせに、なかなかやるな!」
「うっせえわ」
「陽向ちゃんがぼーっとしているように見えるのは、しっかり考えているからなのです」
裕美が言った。
「陽向ちゃんは本当は頭がいいのです。裕美さんよりずっといいのです。きっと大器晩成型なのです」
裕美ちゃん!
陽向のこと、そう思ってくれていたんだ!
うれしい!
うれしい!
つまり今はバカだと思ってるってことな気もするけど!
陽向が心の中で感動にむせび泣いていると、野球帽の子は今度は裕美へと顔を向けた。
「裕美!」
「勝手に裕美ちゃんを名前で呼ぶな。呼び捨てにするな」
「陽向、うるさい。裕美、おまえはいいやつだ! かわいいし! 決めたぞ、おまえを私の嫁にしてやる!」
野球帽の変な子が、また変な事言いだした。
「馬鹿だな、陽向! 喜べ、おまえも私の嫁だ!」
なに言ってるんですか、あなた。
「ただし、陽向は私を祥子と呼んだらだ。それまでは私の嫁にしてやらない!」
よし、ぜったい呼ばない。
「さあ、必ず最後までクリアして宝物を手に入れるぞ! そして、その宝物の力で日本を一婦多妻制にするんだ!」
宝物て。
急に発想が子供ぽくなった。言ってる内容は子供ぽくないけど。ていうか、なに言ってるのかよくわからないけど。
「よし行くぞ、第12児童公園!」
野球帽の子はペダルを踏み込んだ。
陽向と裕美もしょうがなくペダルを踏み込んだ。
「南にドーマーのある赤い屋根!」
びしっ!
「西にコンクリートに固められしささやかな川!」
びしっ!
指差し点検をしているのは野球帽の子だ。
遊んでいる子たちは何事だと目を丸めている。
陽向はといえば、ドーマーの家を見て「ほんとに赤毛のアンの家だ!」と眼をキラキラさせている。
「赤毛のアンの家はグリーンゲイブルズ。緑色の屋根ですよ、陽向ちゃん」
「でも赤毛のアンの家だよ、裕美ちゃん!」
びしっ!
「支柱から下がる座板が2台ずつ4台並ぶ。北に向かい、右から3番目の座板を調べよ!」
野球帽の子は律儀にブランコを指差した。
しかし、ブランコは幼い子たちで埋まっている。
「……」
どうせ並んでいる子供たちを蹴散らして調べるんだろうなと見ていると、野球帽の子は素直に順番を待つ列の一番後ろについた。
意外だ。
でも大人びた顔だし、陽向ほどじゃないけど小5にしては大きくて、そんなお姉さんが幼い子たちに混じって真顔で順番を待っているのはシュールではある。幼い子たちも少しビビっている感じでもある。
「おい、陽向。裕美」
やめて。
呼びかけないで。仲間だと思われるから。
「おまえたちも並べよ。こっちから3番目に」
「おまえがもう並んでるからいいじゃん」
「ゲームマスターが向きを間違えていたり、左右の区別がつかないやつだったらどうするんだ」
細かいやつ。
でも左右の区別がつかないってー。そんなやついないだろー。
しかし「左右の区別」と言われた陽向の右肩と右手がピクッと動いている。
「ほら、陽向。おまえみたいに」
気づかれてた!
今でも「箸を持つほう」で左右の区別つけてるの、あいつに見られた!
「念には念を押すんだ。こっちになにもなくて並び直すのは面倒だろ。これは12番目なんだから、まだまだ先がある。時間は有効に使うんだ」
昨日会ったばかりで左右の区別がつかないのを見破られた上に正論を言われ、陽向はぐっとつまってしまう。しかも裕美が陽向の手を握って引っぱった。
「しょうこさんの言うとおりです。裕美さんたちも並びましょう、陽向ちゃん」
しょうこさんて!
裕美ちゃんはあいつの味方ですか!
「それに、しょうこさんのいう通りまだ11の場所が待っているのですから、これからはいちいち家に戻るのは無理です。裕美さんもスマホで入力します。ごめんね、陽向ちゃん」
裕美ちゃんはもうあいつの奥さんなのですか!
そうなのですか!
「あっ、こいつらラブラブだーー!」
「手をつないでる、付き合ってるんだーー!」
「色男の方は半べそだけどーー!」
「やかましいわーー!」
「きゃーきゃー!」
「色男が怒ったー! きゃー!」
「がおーー!」
「きゃーきゃー!」
結局、子供たちを蹴散らしたのは陽向の方なのだった。
とにかく、結局は野球帽の子のほうのブランコの裏に新たなパスワードがあった。陽向と裕美の方のブランコの裏には「こっちじゃねーよ、バーカ」の文字。見透かされていたようだ。ていうか、このゲームマスターは性格が野球帽の子に似ているらしい。
「番号をあのサイトに入力してみた。次の指令だ」
野球帽の子が言った。
◇◇第11の場所◇◇
夜を通して明かりが灯る地なり。かの地は無数にあれど、その地は住居の1階。その住居には無数の人が住む。北に駅。南に衛士詰め所。その地の門より西に9番目を灌木を探せ。
「ふうん、次はマンションにあるイレブンセブンの植え込みを探せか」
野球帽の子が言った。
「北に駅はともかく、南に警察署か交番ってのが大ヒントだな。おまえたちもクッキー噛ませるためにパスワードを入力しておけよ」
「裕美ちゃんわかる?」
「ウェブ検索より地図検索のほうが見つけやすそうです。検索条件をイレブンセブン、警察で調べてみます」
野球帽の子もスマホを弄りはじめた。
こうなるとキッズ携帯の陽向にはすることがない。裕美の応援を頑張るだけだ。
「ありました。でも他にもあるかもしれません」
「私も見つけたぞ。どっちがここから近い?」
「裕美さんが見つけた方ですね」
「よし、まずそこに行こう。宝物が待っているぞ!」
まだ宝物って言っている。
MTBにまたがり、野球帽の子が大きな口を開けて笑った。
「自転車があればどこまでだって行けるさ、なあ、陽向! 裕美!」
なんだか昨日の冒険とは違う。裕美ちゃんと二人だけの冒険とずいぶん違う。だけどまあ、こんな賑やかな冒険だってたぶん悪くない。夏休みだってまだ終わらない。ワクワクだってまだ充分だ。
「行こうか、裕美ちゃん」
「そうですね、陽向ちゃん」
陽向と裕美も自転車に乗った。
■登場人物
佐々木裕美 (ささき ゆみ)
県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。
南野陽向 (みなみの ひなた)
県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。
森岡祥子 (もりおか しょうこ)
裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。
林原詩織 (はやしばら しおり)
一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。
高橋菜々緖 (たかはし ななお)
裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。
笈川真咲 (おいかわ まさき)
裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。
太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)
五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。
小宮山睦美 (こみやま むつみ)
上遠野という少女を知る生徒。
藤森真実先生 (ふじもり まさみ)
県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。
南野太陽 (みなみの たいよう)
陽向の兄。ハンサムだが変人。
林原伊織 (はやしばら いおり)
林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。




