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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
番外編
29/42

ミステリ研の休日(それからどうした猫と和解せよ)

 咲き始めていた桜が満開になり、そろそろ終わろうとしている。

 裕美(ゆみ)陽向(ひなた)が高校生になって二度目の日曜日。

 あらためてそれを思うと眩暈を起こしそうになる。本当にまだ二度目なのか。濃厚すぎて、なんだかもうベテランの高校生のような気分なのに。

「陽向ちゃん、大丈夫ですか。顔色悪いですよ」

「……」

 眩暈どころか。

 立て続けに無理矢理キスされて、この世の終わりを感じている陽向だ。



「いようっ、陽向っ!」

 そんな馴れ馴れしい電話がスマホにかかってきたのは、一昨日の金曜の夜。

「誰だよ」

「私だよ、森岡(もりおか)祥子(しょうこ)だよっ! 登録しとけよっ!」

 どこでおれの電話番号知ったんだよ。

「おまえ日曜ヒマだろ。裕美と一緒に太刀川(たちかわ)先輩の家に来い。地図が必要か?」

「知ってる。先週行ったばかりだ。いや、なんでおまえが太刀川先輩を知っているんだよ」

「朝九時に先輩の家に集合な」

「なに勝手に決めてんだ」

「やかましい。三回目のキスをした陽向」

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」

 校内にスパイ網を構築しているという生徒会長も、地獄耳の保健室のおばさんにも、たぶん校長先生も知らない。だけど光学機器を駆使するこののぞきのプロには見られしまったようだ。でもたしか、この人も毒餌(どくえさ)事件の犯人を捕まえていたところだったはずなのだが。

「作業できる格好で来い。拒否したらキスのことを裕美にばらす。月曜の朝に写真入りビラをばらまく」

 写真にまで撮られたらしい。

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」

「裕美にはおまえから連絡するか?」

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」

「よし、私から連絡しよう。あの頭良さそうなのとオカメインコみたいなのも呼ぼう。じゃあな」

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!」



「裕美は知らないよね?」

「なにをです?」

「いや、なんでもない」

 陽向はカーゴパンツにトレーナーのラフな格好だ。裕美も似たようなものだ。

南野(みなみの)(うじ)ー! 佐々木(ささき)(うじ)ー!」

 オカメインコ高橋(たかはし)さんが、バス停で待つ陽向と裕美を見つけて無邪気に手を振ってきた。委員長林原(はやしばら)さんもいっしょだ。高橋さんは半ズボンにリュック姿で、私服の彼女は小動物系に磨きがかかっている。そして嬉しそうに駆け寄ってきた高橋さんはいきなり泣き出してしまった。

「うっうっ。私、私、休みの日に友達と出かけるのって、物語の中にしかないって思ってましたっ。うっうっ」

 よしよし。

 これからはいつでもできますからね。

 ほんのみっつ先のバス停でバスを降り、みんなで向かった大きな家。山門のような大きな門に長身の少女が立っている。

 長い髪に黒い野球帽。

 まぶしい。

 陽向は眼を細め、また眩暈を起こしそうになった。

「しょーーこさーーん!」

 そして今度は裕美が駆け出した。

「裕美! そうだ、しょうこだぞ!」

「しょーーおおーーこさーーああーーん!」

 高橋さんより激しく泣いている。

 子供のように泣きながら、裕美は森岡祥子の胸に飛び込んだ。

 いじめられてた頃の白馬の王子さまだものな。

 いつもは感情表現が独特な裕美のあけすけな喜びように、やはり陽向はちりっと胸が痛んでしまう。でもしょうがない。自分では守りきれなかったのだから。

「やあ、よく来てくれた」

 太刀川先輩は今日も和服姿だけど、たすき掛けで臨戦態勢。

 先輩と一緒に出てきた()()()()()()()()()よっちゃんも、先輩の家で着換えたのか上下スエット姿。今日は、太刀川先輩の家でなにかあるらしい。



 実はこの課外活動。

 例の双子の子猫が絡んでいるという。



 双子の子猫は一度は毒餌事件の犯人にお持ち帰りされたようなのだが、さすがに彼に今後をまかせるわけにはいかない。

「この子たちをお願い」

 祥子から子猫を託されたのは太刀川先輩だ。

「私は飼えない。私はもうすぐ消える幽霊なのだから。お願い」

「安請け合いはできない。だが、努力する。それだけは約束する」

 とりあえず先輩が立ち向かわなければならないのは、太刀川家当主の父親だ。厳格であり、古武士のようであり、最大で最強の壁なのだ。

「お願いがあります」

 太刀川先輩は父親の部屋を訪い、正座して頭を下げた。

「あの子たちを私に飼わせてください」

「龍馬の代わり、か」

 父親が言った。

「否定できません。龍馬の死に責任がある私が、すぐに次の動物を飼いたいと言い出すのはあまりに軽薄だとお考えでしょう。でも私は、後輩にあの子たちを託されました」

「だめだといえば、どうする?」

「飼ってくれる家を探すしかありません。でも私があの子たちを託されたのです。飼い主としての責任を果たす機会を、もういちど私にください」

 父親は黙りこんだ。

 太刀川先輩は、頭を下げたまま少しも動けない。

 龍馬。

 力をくれ。

「費用は出す」

 父親が言った。

「猫を飼っている家を知っている。障子がとんでもないことになる。おまえが家中の障子をプラスティック障子に張り替えろ」

 弾かれたように太刀川先輩は顔をあげた。

「一人でやれ。家の者はだれも助けんぞ」

「はい!」

「勉強や剣道も休むな」

「はい!」

 目に涙が浮かび、太刀川先輩はまた頭を下げた。

 うちの娘はまともに甘えることもできないのかね。父親は思っている。

 あなたこそ素直に許すことができないのですか。猫の飼い方の本を買ってきたり、猫を飼っているお宅に話を聞きに行って「プラスティック障子というものが必要らしい」と大騒ぎしていたのはあなたでしょうに。襖の向こうで話を聞いている母親も思っている。



「さあ、はじめようか!」

 なぜか仕切っているのは森岡祥子だ。

 長い髪をさっとシニヨンにまとめ、そういえば今日はメガネをかけていない。

「このだだっ広い家の障子を全部張り替えるんだぜ、野郎ども!」



「おれは一人でやれと言ったんだがな」

 広い庭に障子を運び出している祥子たちを母屋の縁側から眺め、父親は渋い顔だ。

 なんだあの長身の娘は。

 だだっ広くて悪かったな。

 いや、悪意はあっても貶されたわけではないが。

「家の者はだれも助けない。そうおっしゃったのです」

 母親が言った。

「むう」

「それに、助けてくれる友達がこれだけ集まってくれるというのは、私たちの育て方が間違っていなかったということでございましょう?」

「むう。ところで、ひとりだけ男子がいるようなのだが」

 しかも色男なのだが。

「なにを心配なさっているのです。あの子は剣道部の後輩です」

「ふむ」

「母親としては娘の将来が多少心配ではありますが」

「ふむ?」

「先週も茶室で二人っきりでしたし」

「ふむ???」

 障子に水を撒き、障子紙を破る作業が始まると、なんだか子供のように楽しくなってしまう。みんなできゃっきゃと歓声を上げているところに、掃きだし窓を開けて母親が声をかけた。

「おつかれさま、みなさん。お昼はお寿司をとりましょうね」

「はーい!」

「はーい!」

「ありがとうございまーす!」

 えっ。

 人数を数え、ちょっとドキドキしてしまう古武士の父親だ。

「私、お弁当作ってきちゃいましたけど、どうしましょうっ」

 高橋さんのリュックの中身はお弁当だった模様。

「それも食えばいいじゃん」

「人数分なんですっ。よっちゃんさんもいるのは知らなかったので足りないかもしれませんがっ」

「あっ、ごめんなさいっ! 私、勝手に押しかけたのでっ!」

「あっ、私こそごめんなさいっ! おにぎりとおかずなのでどうとでもなりますからっ! 私こそハイキングかなーとか勝手に思ってごめんなさいっ!」

「だから、みんなで両方食えよー。特上寿司もおにぎりもー! あーっはっはっは!」

「特上寿司とはいってない」

「あなた」

「どうやら人数分揃える必要もなくなったぞ。半分くらいでいいだろう」

「あなた」



 空を見上げたのは太刀川先輩だ。

 空には雲ひとつない。

「龍馬、元気か」

 心の中で呼びかける。

「元気でやっているか、龍馬」



 庭から見える葉桜につぶやいたのは森岡祥子だ。

「桜も終わったな」

 裕美がそんな祥子を見上げた。



 先輩の部屋のベッドの上では、双子の子猫が寄り添って眠っている。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


田崎真佐子 (たさき まさこ)

一年六組。真咲と同じクラス。あだ名がよっちゃん。


リコ 

中学校時代の笈川真咲の取り巻きの一人。


工藤志津子 (くどう しづこ)

裕美や陽向と同じ一年三組。「夢キス」事件の書き込みをした人。


龍馬

太刀川先輩の飼い犬。柴犬。道端に落ちていた毒の餌を食べて死亡した。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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