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学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
猫と和解せよ
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猫と和解せよ 解決編

 せっかくマサキに反感が集中していたのに。

 あの馬鹿王子南野(みなみの)陽向(ひなた)とでっかい女が話題をかっ攫ってしまった。なんてことだ。もう少しだったのに。もう少しで女王さまは地に堕ちたのに。

 でも、これでおしまい。

 暗くなった花壇にしゃがみ込み、リコは唇を舐めた。



 ねえ、おまえたち。

 どうしてそう思った?



 にゃーにゃー。

 にゃーにゃー。

 バッグから子猫の鳴き声が聞こえてくる。バッグに手をかけると、子猫が外に出ようと圧力をかけてきた。それを別の手で押さえつけ、バッグの中からポーチを取り出す。

「これはだめ。これはおまえたちにはあげられない」

 防水のポーチに入れておいたのは猫缶だ。

 蓋はない。

 もう砒素を混ぜてある。

 ぐるぐる巻きにしておいた養生テープを剥ぎ取り、二重にかけておいたラップを剥がし、猫缶だけを花壇の中に置く。テープにラップは使い捨て手袋ごとポーチに入れる。

 これでいい。さあ、帰ろう。

 にゃーにゃー。

 にゃーにゃー。

「ねえ、その子猫、あなたの子猫?」

 はっと振り返ると、この高校の制服を着ている長身の少女が振りかぶっていた。鉄パイプを手に。

 私は悲鳴をあげた。



 どうしてそう思った?

 私が殴り返さないなんて、なんで思った?



 その声は暗い校庭にとつぜん聞こえてきた。

「なくしたと思っていた私の生徒手帳、こんなところで見つけちゃった。どうしてだろうね、リコ」

 跳ね上がるようにして立ち上がったリコの目に映るのは、すらりとした人影だ。手にしているのは、さっき花壇の中に置いたはずの生徒手帳。

「そうやって殺したんだ」

 その人影が言った。

「あなたが。毒餌を置いて。猫も、犬も。あなたが殺したんだね」

 リコは悲鳴をあげた。



 夜の五十嵐浜高校に悲鳴が響き渡った。

 それに反応したのは、笈川真咲を守るとかっこよく宣言するつもりがその宣言を奪われた上になぜかキスまで奪われて、しかも笈川真咲本人にまかれてしまって、この時間まで校門でむすっと真咲が出て来るのを待っていた色男。

 そして、今日も居残り稽古で全校退校時間ぎりぎりに昇降口を出てきた袴姿の生徒。

 二人はそれぞれの方向に走り始めた。



「あの先輩が言っていたペット殺害犯って、あなたなのね、リコ」

 笈川真咲が言った。

 リコは蒼白な顔でガチガチと震えている。

「写真に撮った……!?」

「なにを?」

「私が――猫缶を置いてるところ――とかさ……!」

「なんでそんな面倒くさいことしなきゃなんないの。あなたなんかのために」

 はっ!とリコは笑った。

「ばっかじゃないの。証拠がないのに誰が信じてくれるって言うのよ。あんたはもう女王さまじゃないんだよ。五十嵐浜じゃ、あんたのが立場悪いんだよ」

 笈川真咲は顔を歪めた。

「もう、そういうのやめてくれない?」

 笈川真咲はリコに近寄った。立場(ヒエラルキー)は逆転している、そう確信しながら、やはりリコはすくんでしまう。

「あたしじゃないからね……!」

「なにが?」

「ペット殺害犯人とか。あたしじゃないから。ていうか、親猫だってあたしじゃないから……!」

「でも、これ、毒入りなんでしょ」

 真咲は猫缶を拾い上げた。

「それは――あそこに落ちてたから、なんか面白そうだから。だって、あんたが急に冷たくなったから、あんたが付き合い悪くなったから」

「付き合い悪くなったら、猫殺しをなすりつけるんだ。生徒手帳まで使って」

「――ごめん!」

 謝ってしまった。

 負けた。リコは思った。

「ごめんね、マサキ! でも、あんたが悪いんだよ! これからも遊ぼうよ、みんなで遊ぼうよ、ね、これから万代(ばんだい)まで行ってさ、みんなを呼んでさ!」

「ねえ」

 と、リコの言葉を無視するように真咲が言った。

「私が怒っているとでも思った? 私が殴り返すとでも思った? 私が復讐するとでも思った? あなたなんかに? とんでもないわ、うぬぼれないで」

 ダメだ、やっぱりこの子は女王さまだ。

 リコは唇を噛んだ。

「この毒猫缶、砒素がはいってるんだって。混ぜられている量によっては、人も死ぬよね?」

「なにを言って――」

 しかしリコは言葉を継ぐことができなかった。

 リコができたのはまた悲鳴をあげることだけだった。毒入り猫缶を眺めていた真咲がそれを顔の上に掲げ、そして口を開いたのだ。

「簡単に死ねるかな」

 真咲が言った。



「逃げないでよ。頭かち割れないじゃない」

 長身の少女は鉄パイプをぶんぶんと振り回している。

「おまえが母猫を殺したの」

 それは先に聞けよ。

 しかし男は声を張り上げた。

「そうだ! 野良猫はいなくなるべきだ! 消えてしまうべきだ!」


 かわいがっていたんだ。

 野良猫でも分け隔てなくかわいがってあげていたんだ。

 でもおまえたちは、人嫌い猫嫌いの気難しいうちのおばあちゃん猫を円形脱毛症に追い込んでくれたね。丹精込めた私の庭をおまえたちの糞尿で酷い匂いにしてくれたね。


 ねえ、おまえたち。

 どうしてそう思った?


 私が殴り返さないなんて、なんで思った?


 残念でした。

 私は怒っています。おまえたち野良猫に復讐します。覚悟しなさい。


 ガシッ!

 少女の鉄パイプが舗道のタイルをえぐった。

 相当な衝撃だろうに、少女はひるみもせずにさらに鉄パイプを振り回してくる。狂っている。殺される。

 砒素入りの猫缶。

 あれはもういい。回収されてもなんの証拠にもならないだろう。あのバッグ。そうだ、あのバッグだけは。子猫たちがいるんだ。

 にゃーにゃー。

 にゃーにゃー。

 しかしバッグは目の前で少女に取り上げられてしまった。

「そのバッグだけは返してくれ!」

 男が言った。

「その子猫たちは特別なんだ! 毒餌を食べて苦しんだ親猫が、子猫には食べさせまいと追い払ったんだ! 必死で追い払ったんだ! 美しいだろう、なあ、美しい姿だろう! そんな美しい物語を背負う猫は生きるべきだ! 私が野良から救ってやるんだ! さあ、返せ!」

「こいつはまずい……」

 少女――森岡祥子は嫌な汗が混じる苦笑を浮かべた。

「ほんとにブチ殺したくなってきたぞ……」

 駆けてくる音が聞こえる。

 街灯で視認できるのは袴姿の人影だ。

「本人が認めた!」

 祥子が叫んだ。

「こいつが毒餌事件の犯人だ! 証拠の毒餌もある! 生き延びた子猫は確保した!」

 駆けてくるのは太刀川(たちかわ)琴絵(ことえ)先輩だ。

 すでに竹刀袋から竹刀を抜いている。

「キエアーーあエーーん!」

 太刀川先輩が声を張り上げた。

 今のはたぶん「(めん)」と言っている。ぜったいそうは聞こえないが、そう言っている。男の脳天に竹刀が叩きこまれ、男は崩れ落ちた。



「やめて、やめて、やめて!」

 リコの叫びと悲鳴が続いている。

「やめて欲しいのはこっち。勝手にグループ作って人を巻き込んで。猫殺しまで私のせいにされて。もういい。どうでもいい。めんどくさい」

 真咲は毒入り猫缶に舌を伸ばした。

 その猫缶が真咲の手から叩き落とされた。

「馬鹿ッ!」

 闇の中から飛び出してきたのは陽向だ。

「なにしてるんだッ!」

 きゃあきゃあと叫びながらリコは走っていく。真咲はその後姿を見て、そして転がる猫缶へと視線を落とした。

「あーあ……」

「あれには砒素が入っているんだぞ! 死んじゃうかもしれないんだぞ!」

「陽向に関係ない」

「関係ないことないだろっ!」

「関係ないっ!」

 なんにでも愛想がない笈川真咲がぐいぐいと押してくる。陽向は戸惑ってしまう。

「私を守るんじゃなかったの。それなのにちっとも守ってくれないじゃない。それどころか私の目の前でキスまでしてるじゃない!」

「ちょっと待てよ、おれは――」

「だいたい、なんなのよ、その『おれ』って!」

「おれは――」

「同じ高校になったのにいつもよそよそしいし! 笑っても返してくれないし! ねえ、なんなの。いったいなんなの、陽向! どうしてそんなこと思った!? 私が怒らないとでも思った!? 私が殴り返さないとでも思った!? 私が――」

 笈川真咲がこんな早口だったなんて。

 そして、またしても陽向は思った。

 やっぱり剣道を続けておくべきだった。そうであれば、こんな無様なことにはならなかったろう。


 笈川真咲は両手で陽向の顔をつかんだ。

 そして唇を押しつけてきたのだ。陽向の唇に。


 真咲は陽向を突き飛ばした。

 呆然としている陽向を睨み付け、背を向け、歩いていく。桜の木の下に置いたバックを拾い上げ、一度も振り返らずに歩いていく。

 校門を出たところでパトカーがすれ違っていった。

 それにも振り返らず、笈川真咲は桜舞う夜の国道を歩いていった。


 残されたのは、石像のように動かない陽向ひとり。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


田崎真佐子 (たさき まさこ)

一年六組。真咲と同じクラス。あだ名がよっちゃん。


リコ 

中学校時代の笈川真咲の取り巻きの一人。


工藤志津子 (くどう しづこ)

裕美や陽向と同じ一年三組。「夢キス」事件の書き込みをした人。


龍馬

太刀川先輩の飼い犬。柴犬。道端に落ちていた毒の餌を食べて死亡した。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりカッコいい太刀川先輩(●´ω`●) そして再びキスされてしまう陽向。 手握って照れた太刀川先輩にされれば喜ぶんだろうか(*ФωФσ)σ
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