表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園ミステリ 空き机の祥子さん  作者: 長曽禰ロボ子
猫と和解せよ
26/42

猫と和解せよ 6

「ほぅ」

 お茶を手に保健室の窓から満開の桜を眺め、吐息を漏らしたのは美芳(みよし)千春(ちはる)先生だ。

「今年は早いですね~…」

 視線の先には授業中というのに校庭を歩き回っている生徒がいる。繁みのなかをのぞき込み、スカートも構わずしゃがんだり。

「子猫がいなーーい!」

「あの双子の子猫はどこにいったのよーー!」

 たまに吠える。

「ユニークな子が出て来るのは、例年ではゴールデンウィーク明けなのですけどね~…」

 ほぅ。

 と、もうひとつ吐息を漏らした。



「なんだか物騒なことが書いてあるみたいだけど」

 陽向(ひなた)が、コロッケパンを持つ方の手で空き机の書き込みを指差した。もう片手では器用に牛乳パックにストローを差している。

 陽向から空き机の書き込みに反応するのは珍しい。

 裕美(ゆみ)もお弁当箱のハンカチを解きながら覗き込んだ。


 猫を殺したのは誰?


「猫を殺したのは誰?」

 声に出して読んだのはオカメインコ高橋(たかはし)さんだ。

 注目されるのに耐えられないと空き机から撤退した高橋さんなのだけど、相変わらず好奇心は旺盛だ。陽向が反応している書き込みがあるらしいとお弁当箱を手に確認に来たようだ。

 あれっと陽向は思った。

 書き込みが読み上げられたのだから、いつもならすぐに反応があるはずだ。でも誰も立ち上がらない。手も上げない。なんだかクラスの雰囲気が重い。

「たぶんですが……」

 高橋さんが言った。

「校庭で猫が死んでいたそうなんですよ。その事じゃないでしょうか……」

「猫が?」

「その……毒の入った猫缶を食べさせられたらしくて……」

 えっと陽向は思った。

 太刀川(たちかわ)先輩の愛犬の龍馬ちゃんは、道端に置かれていた砒素入りの毒の餌を食べて死んでしまったのだという。そんな事件がこの町で頻発しているらしい。この学校でも起きちゃったのか。

「それで……」

 高橋さんの言葉は続いていたようだ。

「ええと……」

 クラスの雰囲気だけじゃない。あのマシンガントークの高橋さんの口もさっきから重い。声まで小さくなり、陽向と裕美にだけ聞こえるようなささやき声でそれを言った。

笈川(おいかわ)真咲(まさき)さんが犯人だという噂が流れているようです……」

 高橋さんは、トトトと後退るように委員長林原(はやしばら)さんが待つ机と戻っていった。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()



 うそ、いま注目されてんの、あたしだよね?

 マサキじゃなくてあたしだよね?

 まるで逃げるように(と、リコは思っている)笈川真咲が立ち去った朝の渡り廊下。リコは自分に集まる視線にドキドキしている。

「今のどういうこと?」

 よっちゃんをとりまいていた生徒の一人がリコに迫ってきた。

「あなたたち、猫にいったいなにをしたの!?」

「やだ、あたしは関係ないでしょ。マサキが言ったんじゃん」

「マサキって、笈川さんのこと? 笈川さんはなんて言っていたの!?」

「だからー」

 あのとき、あんたたちもいたじゃないの。

 聞こえてなかったのならしょうがないけどさ。

 正確になんて覚えてないけど、でもまあ、だいたいこんな感じ?

「野良猫なんてみんな死んじゃえばいいって――」

 あっ!と、みなが息を呑んで固まった。

「……」

 ぞくりと。

 リコは体が震えるほどの快感を覚えた。



 笈川真咲が階段を踏み外した。

 廊下に出ていた陽向と裕美は、たまたまそれを見ていた。高橋さんと林原さんもいた。リコもそれを見ていた。

 踏み外したわけじゃない。

 押されたんだ。

 押した生徒もわかっている。まだそこにいる。だけど彼女は少しも悪びれていない。得意そうにすら見える。彼女のまわりにいる生徒も彼女を責めていない。


 笈川真咲さんが犯人だという噂になっているようです……


 陽向は駆け出そうとして、でもその足を踏み出せなかった。

 一歩が出ない。

 林原さんが先に走り出し、それをきっかけに陽向もやっと走り出すことができた。階段の踊り場に真咲が手をついて倒れている。まわりには教科書やノート、筆記用具が散らばっている。

「怪我は?」

 林原さんが声をかけた。真咲を押した生徒たちがすぐ近くにいるのに。林原さんは階段を駆け下りた。すごい、と陽向は思った。

 陽向と見上げる真咲の目が合った。

 陽向は目を逸らしてしまった。

「だいじょうぶ」

 髪を払い真咲が言った。

 真咲は散らばった筆記用具を拾いはじめた。林原さんも手伝っている。いつの間にか、真咲を押した生徒たちはいなくなっている。

 共振だ。

 陽向は思った。

 誰も乗ってないブランコが動くように、あいつはいじめてもいいらしいぞって共振が人を動かしてしまうんだ。そしてそれはどんどん大きく振れてしまうんだ。中学でカーストの頂点に君臨した女王さまだって、その共振から逃れられないんだ。

 裕美が手を握ってきた。

 冷たい。

 付き添いの申し出を断り、お礼だけ言って階段を下りていった真咲を見送って林原さんが階段を昇ってきた。そして、陽向を見上げてホっとした笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

 なぜ?

「南野さんが見てくれているからできたの。きっと守ってくれると思ったから」

 消えてしまいたい。

 陽向は思った。



『えーそれひくわ』

『マジでマサキが!?』

『わかんない。でもウチの学校じゃすごい噂になってる』

『まあ、マサキってちょっと怖いところあったからなー』

 すごくない!?

 ねえすごくない!?

 女王さまだって、あっという間だよ!?

 リコの快感は止まらない。



「あっ」

 放課後の生徒玄関で素っ頓狂な声をあげたのは裕美だ。

「裕美さんは忘れ物に気づいてしまいました。すっ飛んでとってきますから、ちょっくら待っててください!」

 裕美が駆けていく。

 その後ろ姿を見送って、陽向も言った。

「やばい、おれも先輩に呼び出されていたのを忘れてた。裕美が来たら、おれを待たないで先に帰って。説教だったら長くなるだろうからさ」

 良かったと思うのは、高橋さん、林原さんという友達を得たことだ。

 このふたりに任せておけば、裕美は大丈夫。

 おれはこのふたりからも距離をとろうとしていたんだ。それでいて今は友達として頼っているんだ。虫がいい。ほんとうに。



 裕美が一年三組の教室を飛び出していった。

 廊下のロッカーの影からそれを確認し、陽向は教室の中に入った。

 ほんとうに忘れ物だったのかもしれない。それならいい。でも、空き机の天板の裏に何かを書き込んだのなら。裕美は、空き机の天板の裏で自分と文通しているのがおれなのだと知らないはずだ。それなのに見てもいいのだろうか。

 とくに――今日は。

 裕美が「しょうこさん」を相手に、本音を語っているかもしれないじゃないか。中学の頃、自分をいじめた笈川真咲がいじめられていることへの本音を。

 陽向は教室に誰もいないのを確認して空き机に近づき、スマホを差し入れた。

 ほんの数日前にも同じ事があって、陽向は泣いてしまった。

 そして今、画像を確認した陽向の眼にあふれるのも涙だ。


 しょうこさん

 真咲ちゃんを助けてあげてください


 涙が止まらない。

 ああ、幸せだ。

 昔から泣き虫だったけど、高校生になってからはもうなんだかおかしいよね。でもいいじゃない。泣いたっていいじゃない。こんなにも幸せなんだから。

 裕美と幼なじみでよかった。

 裕美と友達でよかった。

 裕美を大好きでよかった。ほんとうによかった。



「あの子、今度はなにを見つけたのかしら~…」

 ほぅ。

 保健室の美芳先生がつぶやいた。

 消えては現れて校庭を探し回っているユニークな生徒が繁みに顔を突っ込んだまま動かない。そして拾い上げたのは細く長い鉄パイプのようだ。

 ぶん。

 ぶん。

 ぶん、ぶん、びしっ!

 生徒は鉄パイプを振り回しはじめ、やがてなりきってしまったようだ。

「あーーちょぉおーー!」

 ユニークにもほどがありますね~…。

 美芳先生はお茶をすすった。


■登場人物

佐々木裕美 (ささき ゆみ)

県立五十嵐浜高校一年三組。小動物。安楽椅子探偵。


南野陽向 (みなみの ひなた)

県立五十嵐浜高校一年三組。態度はふてぶてしいがかわいいものが好き。裕美の保護者。


藤森真実先生 (ふじもり まさみ)

県立五十嵐浜高校教師。二八歳独身。


美芳千春先生 (みよし ちはる)

保健室の先生。藤森先生の友達。


森岡祥子 (もりおか しょうこ)

裕美や陽向のクラスメートなのだが、一度も登校してこない。そして裕美と陽向にとっては知っている名前でもあるらしい。謎の存在。


林原詩織 (はやしばら しおり)

一年三組暫定委員長。裕美や陽向と同じ中学出身。中学時代には成績トップだった。


高橋菜々緖 (たかはし ななお)

裕美や陽向と同じ中学出身。本を読むのが好きでおとなしかったのだが…。


笈川真咲 (おいかわ まさき)

裕美や陽向と同じ中学出身。華やかで美人で、ヒエラルキーのトップに君臨した女王。


太刀川琴絵 (たちかわ ことえ)

五十嵐浜高二年生。中学生の頃から県大会常連の剣士。生徒会副会長だが立候補した覚えはない。


田崎真佐子 (たさき まさこ)

一年六組。真咲と同じクラス。あだ名がよっちゃん。


リコ 

中学校時代の笈川真咲の取り巻きの一人。


工藤志津子 (くどう しづこ)

裕美や陽向と同じ一年三組。「夢キス」事件の書き込みをした人。


龍馬

太刀川先輩の飼い犬。柴犬。道端に落ちていた毒の餌を食べて死亡した。



南野太陽 (みなみの たいよう)

陽向の兄。ハンサムだが変人。


林原伊織 (はやしばら いおり)

林原詩織の兄。ハンサムだが変人でシスコン。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ