魔王 一
「う、うおおおおおお!」
地の裂け目を避ける間もなかった。源龍らはたまらず地中に落下してゆき。龍玉はとっさに虎碧を抱きしめた。
が、落ちたたと思ったら、すぐに背中を打ってしまった。龍玉は虎碧をかばって自らの背中を打った。幸いそれほど痛みもなく、源龍は素早く得物を握って立ち上がれば。
「……な、なんだあこりゃあ」
歯を食いしばり。視線の向こうにあるものを睨みつけた。
龍玉は虎碧を支えながら立ち上がり、同じように、視線の向こうにあるものを見て驚きを隠せなかった。
地面の裂け目から落ちたのだから、光の届かぬ地中にいるはずなのに、周囲は光苔でおおわれているのか、岩盤はほのかに光り周囲を照らし出していた。
そこは洞窟のようだったが、上を見上げてみれば自分たちが落ちたはずの裂け目がない。いったいどこからこの洞窟の中へといたったのか。
という不思議よりも、三人は視線の先にあるものに目を奪われていた。
洞窟の奥に、誰か人が人がいる。よく見れば、人は岩盤に吸い込まれるようにその身の後ろ半分が埋もれて。一見すれば彫刻のようでもあった。しかしそれでも、彫刻にしては異様だった。
その肌は緋色で、頭からは山羊のような角が生え、かっと見開かれた目は黒一色にして鼻は鷲の嘴のように下へ垂れ、口は耳まで裂け、耳もまた鋭く尖り。人とは思えぬ禍々しさを感じさせられる。
誰が何のためにこのような彫刻を彫ったのか。
「サタン……」
虎碧がぽそっとつぶやく。源龍は「ちっ」と舌打ちしながら虎碧をいぶかしそうに見据えた。
「サタン? なんだそりゃ?」
「魔王のことです。神も人も、天上天下あらゆるものを破滅させる魔王だと、母が言っていました」
「おふくろさんが?」
龍玉は虎碧をささえながら、サタンという名に悪寒を感じていた。
「はい。私は物心ついたころから、このサタンの肖像画を見せられ。我らが神であると教えられました」
この地下に落ちて、記憶がまたひとつ蘇ったようだった。虎碧の身体は小刻みに震えて、それが手から伝わり龍玉は支える手に力を込める。
「お母さんは、私をサタンにささげる生け贄と……」
「この不気味な彫りもんの生け贄に……」
「見たか」
耳に飛び込む声にはっとして、声の方を向けば、第六天女に香澄、白虎女、デーモンの四人。
第六天女の持つ反魂玉はこの洞窟にあって一段と光り輝いて。香澄は七星剣を握り、デーモンも大剣を手に持ち、その剣先は地面に接しているが。ことあらばすぐに攻めかかるのは全身から発せられる殺気でわかった。
「これぞ我らが盟主、サタンである」
「この彫刻を拝んでいるのかお前ら」
源龍が一歩進み出て龍玉と虎碧をかばうように背に回す。
「ふん。我らをそこらの邪宗門と一緒にされては困る。サタンは生きておわす。西方にあって神に追われ東方にあって、仏に封印され。忌々しいことに、あのようなおいたわしい姿に」
「ふざけるなッ!」
間髪を入れず源龍は大剣を振るい第六天女に襲いかかった。大剣はうなりをあげて第六天女の脳天めがけて振り下ろされたが、そのはるか手前で止まった。大剣を受け止めたのは、金の髪に碧い目のデーモンであった。
己の大剣をもって源龍の大剣を止めたのだ。
「くそが!」
とっさにデーモンの足首めがけて蹴りを見舞うが、動きを察してすばやく跳躍し、宙から源龍を見下ろしざまに大剣を振り下ろし。源龍これを大剣で弾けば火花散り、同時に素早く後ろに下がって構えを整えなおす。
着地したデーモンも第六天女の前に進み出て大剣を構え。その横に七星剣を構える香澄。
「あいかわらず単純な男じゃな」
「第六天女、この男にオリハルコンの剣をさずけたのか」
大剣と大剣のぶつかる手ごたえからデーモンは何かを察したらしい。
「そうじゃ。いっとき弟子にしてやったことがあるが。わらわの見込み違いであったな。死人を蘇らせる反魂玉の力を見せてやったら、怖じ気ついて逃げてしもうたわ」
「だが剣の腕は確かのようだな。死人にして蘇らせて屍魔の剣士にするつもりだったのか」
「ふん。おちぶれても人でありたいなど、愚かなことをぬかしおってな」
「それでも生き延びるとは、たいしたものだ。よし、オレが殺してやる。ならば屍魔の剣士にできよう」
「頼むぞ」
源龍は話を聞きながらも口を出さずに、黙って大剣を構えていた。構えながら、オリハルコンという言葉が引っ掛かった。
「オリハルコンの剣。天上界の鉄で鍛えられた剣」
「なんだと?」
虎碧のつぶやきを耳にし、源龍はいぶかしげに聞き返す。
「天上界の鉄、だと?」
「人の世の天下にない、神仏の天上界でとれる鉄、それがオリハルコンであると、母から聞いたことがあります」
もうひとつ記憶が蘇ったらしい。それにしても、虎碧はどれだけのものを知っているというのか。それを教えた白虎女は、相当魔道にまはりこんでいるということだ。
「香澄の七星剣も同じオリハルコンでできていますが、北斗七星をかたどる珠は龍の瞳だそうです」
「けっ、ごたいそうなこった」
「龍お姉さん、私は大丈夫。青龍刀をとって。これから三人死力を尽くして戦わねば、天上天下が滅ぼされてしまいます」
「う、うんわかった」
虎碧に言われて龍玉は手を離しそばに落ちていた青龍刀をとって構える。
岩盤に埋もれる眠れるサタンを審判にするように、三人と四人は対峙し。ひんやりとした空気はにわかに熱をおびたようだった。




