10.ミレイナ、竜王陛下と再会する(5)
◇ ◇ ◇
調印式はアリスタ国の宮殿の、舞踏会などが開催される大ホールで行われた。
周囲にはアリスタ国とラングール国の関係者が多く集まっており、ミレイナはその末席に並んだ。
(あ、ジェラール陛下だわ……)
ミレイナは久しぶりに見るジェラールの姿に、表情を綻ばせる。
式典用の正装だろうか。
中央に立つアリスタ国王と並び立つジェラールは、豪華な飾りが付いた貴族服を着ていた。そして、何かを探すようにゆっくりと周囲を見渡していた。ミレイナはその様子をじっと見守る。
ジェラールがこちらを向いたとき、その秀麗な顔の口元に笑みが浮かぶ。
(こっちを見て、笑った?)
気のせいかもしれない。
けれど、ミレイナはジェラールに反応するようににこりと笑って見せた。
調印式は、和平について書かれた書類について両国の国王がサインするというものだった。
つつがなく進んでいく様を、ミレイナは端に控える文官達に混じって見守る。
「和平の証に、ジェラール陛下はアリスタ国民を妻に所望しておられる」
事前に新聞で報じられていたとおりの情報に、ミレイナはぎゅっと手を握った。
ミレイナはジェラールの姿をじっと見つめる。
ジェラールの隣に女性が立っているのを見るのは辛いけれど、気持ちを整理するためにはしっかりと見ることが必要だと思ったのだ。
「その者は──」
アリスタ国王がゆっくりと言葉を続ける。
「西部トルカーナ地方在住、ウサギ獣人のミレイナ」
アリスタ国王の宣言により、周囲にざわっとどよめきが起きる。
その場にいた多くの人が王女の名が呼ばれると思っていたので、予想外だったのだ。
(うそ……)
確かに聞こえたその名前に、ミレイナは信じられない思いでジェラールを見つめる。アリスタ国王が頷き、片手を上げる。
ジェラールはこちらを振り向き、真っ直ぐにミレイナに歩み寄ると片手を差し出した。
「ミレイナ。手を」
ミレイナはその手を取っていいのかわからず、ただただジェラールを見つめる。
「王女殿下とご結婚なさるのではないのですか?」
ジェラールはミレイナを見返した。
「和平の調停を無事に締結したのだから、政略結婚の必要はない。その話は断った。俺が妻にしたい者の名を今アリスタ国王が言ったのが、聞こえなかったのか?」
「でも……、私は獣人です」
「そうだな」
「半分人間で、半分獣です」
ジェラールはミレイナの言葉に、何が問題かわからないと言いたげに首を傾げる。
「俺は竜人だ」
「はい」
「半分人間で半分竜だ。ミレイナは、気味が悪いと思うか?」
「いいえ」
ミレイナははふるふると首を振る。気味が悪いなど、一度だって思ったことはない。むしろ、雄々しく神々しいと感じていた。
「俺達は姿を変える。俺は竜、ミレイナはウサギ。何も変わらないだろう? 何の問題がある?」
ミレイナは驚いて目を見開いた。
マノンの言葉が甦る。
──ミレイナが好きになるくらいの人だから、獣人だとかそんなこと、きっと気にしないんじゃないかなー。
(本当に、そうだったわ)
不意に涙がこぼれた。
自分は獣人だから、きっと獣人の男性以外との恋などできないと思っていた。けれど、本当はありのままで受け入れてくれる人がいてくれたらと、ずっと願っていた。
ジェラールはミレイナの頬に指を走らせて涙を拭うと、ミレイナを真っ直ぐに見つめる。
「俺には千の宝石より、着飾った高貴な女より、価値があるものがある。ミレイナ、お前が傍にいることだ」
そして、ミレイナの視線の高さに合わせるように膝を折って跪いた。
「ミレイナ、愛している。俺と共にラングール国に来てくれ」
「はい。私もあなたと一緒にいたいです」
ボロボロと涙を流して頷くミレイナを、立ち上がったジェラールが優しく抱き寄せる。ゆっくりと顔が近付き、優しく唇が重なった。
ふわふわとした夢心地の感覚の中、辺りから盛大な拍手のようなものが聞こえた。
このことがアリスタ国とラングール国の両国で『世紀の一大ロマンス』として大々的に広まり、赤面のあまりにミレイナが文字通り穴を掘って逃げ込むのは数日後のこと。




