8.ミレイナ、魔獣係を解雇される(1)
「ふふっ、可愛い……」
ペンダントを外して眺めるのは、これで何度目だろう。
浮き彫りにされているのは美しい白い竜、カメオの背景はジェラールの瞳を思わせるような鮮やかな水色。
魔力を帯びているのを感じるので、材質は魔法石だろうか?
見ているだけで惚れ惚れとしてしまう。
[ミレイナー! 見て、かっこいいでしょ?]
ひとりペンダントトップを眺めてにまにまとしていると、走り寄ってきたエミーナが得意げに頭を上げて金の首飾りを見せつけてきた。
[ええ、とっても素敵ね!]
ミレイナはにこりと微笑むと、エミーナは嬉しそうに尻尾をブンブンと振ってまた外の遊び場へと遊びにいく。今朝から何回も聞きにくるのだから、嬉しくて堪らないようだ。
(そういう私も、大して変わらないか……)
ミレイナは眺めていたカメオを見つめ、苦笑する。
そして、それを首の後ろで留めると、メイド服の下に大切にしまった。
(それにしても、今日は賑やかだなぁ)
ミレイナは魔獣舎から外を眺める。今日は、王宮の中はいつになく賑わっていた。ミレイナがいる魔獣舎からも、庭園の向こうで華やかに着飾った複数の女性達が歓談しているのが見える。
「ジェラール陛下と踊れるかしら?」
「ああ、楽しみだわ。少しでもお話しできればいいけれど」
耳を澄ますと、彼女達の会話が微かに聞こえてきた。
今日、王宮では大規模な舞踏会が開催されるという。リンダによると、国内の独身貴族令嬢のほとんどが招待されているらしい。
(舞踏会って、どんな感じなのかなぁ……)
ミレイナが想像する舞踏会は、華やかな衣装で着飾った男女が手を取り合ってダンスを踊り、恋が生まれる場所だ。
小さなときは絵本で、大きくなってからはロマンス小説での描写を見たことがある。それに、前世では映画でも見た。中近世ヨーロッパを思わせる、おとぎ話の世界。
少し羨ましく思ってそちらを眺めていると、すぐ近くから「ミレイナ!」と声を掛けられてミレイナはハッとした。声のほうを向くと、メイド服姿のリンダが柵の向こうから手を振っている。
「リンダ。どうしたの? 今日は魔獣係をする日じゃないわよね?」
「なんか、メイド長がミレイナを呼んでいるわよ」
「え? 何かしら?」
ミレイナは首を傾げる。
「さあ? その間、仕事替わってあげるから行ってきなよ」
リンダは用事の内容までは知らないようで、肘を折って両手を空に向ける。ミレイナは、呼ばれる心当たりがなくて戸惑った。
「すぐに行くわ。伝言ありがとう」
ミレイナはリンダにお礼を言うと、すぐにメイド長の部屋へと向かった。
「失礼します。ミレイナです」
ミレイナはメイド長の部屋へと向かうと、ノックをしてから入室する。なにかの書面を眺めていたメイド長は、ミレイナが入ってくるとゆっくりと顔を上げた。
「急に呼び出して悪かったわね」
「いいえ。大丈夫です」
ミレイナは謝罪するメイド長に首を振ってみせる。
「あなたの働きぶりは私の耳にも入っています。魔獣達は最近、人を威嚇することもなくなったそうね。先日は、クレッグ様を見つけ出したとか」
「はい」
魔獣達を褒められて嬉しくなったミレイナは、はにかんだ笑顔で頷いた。メイド長はそんなミレイナを見つめ、両手を机の上で組んだ。
「そこであなたに提案するわ。明日から、行政区の侍女役に任命します」
「え?」
ミレイナは、言われたことが理解できず、メイド長を見返した。
「私、なにか不手際をしましたでしょうか?」
「配置換えよ。今日で魔獣係はお終いで、行政区の侍女役。悪い話じゃないわ」
メイド長は静かに答える。
メイドには役務によって暗黙の了解の上下関係がある。
一番上がジェラールを始めとする皇帝やその側近がいる皇宮区の侍女役で、その役務に当たるのは全員が貴族令嬢だ。メイド達の中でも憧れの立場といえる。
一方、一番下が清掃係で、全員平民出身者で構成されている。そして、魔獣係はさらにその下、誰もやりたがらない外れの仕事とされてきた。
今メイド長から提案された行政区の侍女役は、王宮の外郭にある各種行政機関でお茶汲みや雑用をする仕事であり、貴族令嬢もいれば平民出身者もいる。
ただ、清掃係のように汚れることはないしエリートの文官と知り合える機会が多いので、魔獣係よりは遥かに人気がある職場であることは確かだ。
「せっかくのお話ですが、私は今の職場が気に入っております」
ミレイナは首を横に振る。
メイド長はそれを聞くと、はあっと息を吐いた。
「実はね、あなたが魔獣の世話に便乗して、陛下やクレッグ様、それに陛下の側近の方々に取り入っていると苦情が出ているの。それに、以前には無関係の下男に魔獣係の手伝いをさせていたとか」
「そんな……。私、そんなことしていません」
ミレイナは聞き間違いかと思い、呆然とメイド長を見返す。
確かに、ジェラールやクレッグが最近魔獣舎にくることが格段に増え、それに従いジェラールの側近も訪れることがあった。
会話は楽しんでいたけれど、取り入っているだなんて全くの誤解だ。
それに、下男と聞いてミレイナはすぐにそれがケープを被ったジェラールのことだと悟った。けれど、それを打ち明けることはできないし、打ち明けたところで信じては貰えないだろう。
「私もそう思うわ。けれど、相手が悪いのよ」
メイド長は小さく首を振ると、ミレイナから目を逸らした。その態度から、誰かしらの地位か権力のある人が裏で動いていると感じた。
「あなたの働きぶりは私も高く評価しているの。わかってちょうだい」
メイド長に諭すように語りかけられ、ミレイナは途方に暮れた。
それはつまり、この異動を受け入れないのならば、その苦情に対して対処しきれないのでメイドはくびだと言っているのだ。
きっとメイド長なりに気を利かせ、穏便にことを済ませるためにこのような人事にしたのだろう。
「……。かしこまりました」
それ以外に、答えようがない。
ミレイナは悔しさから顔を俯かせ、唇を噛んだ。




